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プロローグ

 いつ以来だろうか? これを起動するのは。

 フルフェイス型のネットワーク接続アイテム――ヴァーチャルリアリティを可能とするアイテムだ。これにより従来では体験することのできなかったVRMMOが完成し、販売されていった。

 その中の一本でユーザー数は1万人以上を抱える、今年で5周年を迎えたVRMMO『Babelon-line』を俺は起動した。

 フラッシュアウトしていた画面から一気にファンタジー世界へと意識が移る。

 広大でどこまでも続いているような草原。偽物とは思えない涼しい風が頬を通る。

「あぁ。久しぶりだな」

 風を感じながら目的の場所へ走って行く。普通では考えられない速さで走れるのはゲームだからだ。右手を左から右にスライドし、ステータスとインベントリを久しぶりに開く。

「やっぱり、ほとんど変わってないな」

 変わっていたのはレベルの上限と持っているアイテムだ。上限は120となっており、その横に書かれた自分のレベルは100。当時の上限レベルのままだった。アイテムは当時のまま、それと復帰祝いキャンペーンでもあったのだろう。見知らぬアイテムがいくつかあった。

「経験値UPと……武器強化チケットとか、か」

 他にもあるが目ぼしい物はこの二つだけだった。右手を右から左に動かしステータスとインベントリを閉じる。

「ん?」

 ここで視界右端のカーソルマップに赤い点が3つ表示されていることに気付いた。

「敵か」

 カーソルマップからしか判断できなかったMOBが視認できる距離にまで近づいていた。といってもこちらから近づいたようなものだが。

 背中に掲げている大剣を抜くと同時に薙ぎ払う。神器クラスと言うこともあり一発で獣型MOBを3体同時に倒した。

 視界右に経験値とドロップアイテム表示されていく。ここらにいるMOBのレベルは70と中レベル程度のため、あまり高くはない。無論ドロップしたアイテムのレア度も、だ。

「不味いな……」

 効率があまり良くないため足早に抜けたいのだが、草原エリア『イルス草原』はバベルの中でもかなり広いエリアとして有名だ。ステータスで敏捷性をかなり上げている俺でも最寄りの街に着くのに10分ほどかかってしまう。事実確認をしてしまうとため息がこぼれてしまう。

 




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「あ、陽? 入れた?」

「うん。初期画面? だったかな。そこには入れたよ」

 少女二人がヴォイスチャットを使い話していた。はると呼ばれた少女の視界には一人の女性が立っている。だが無機質な表情から生きているものでは無いと断定できた。

 そう。陽が居るのは仮想ネットワーク内、『Babelon-line』のスタートアップ画面だ。彼女は自分で設定したキャラクターアバターになりきっている。現実の自分とほとんど変わりないが、現実で茶色い髪をこちらでは水色に変えている。

「それで、この勢力? っていうのはどこにしたら?」

「うん。それは右から2番目の『蒼の国』ブラウっていう所を選択して」

 言われた通りに陽は右から2番目を選択した――つもりだった。唐突に襲ってきたくしゃみにより手先がぶれ、その横、右端を押してしまった。

「ようこそ。バベルへ。貴方を歓迎します。新たな力ある者よ」

 無表情だった女性アバターがこれまた機械的に笑うと視界を黒く染め上げていく。その間も友人が声を掛けているが徐々にそれは遠ざかって行った。






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 やっとのことで着いた場所。『翠の国」グリューンは入口からむせ返るほどのガスが充満している。だが有害なわけではない。ただただ視界を悪くする程度。プラス、ゲームマスターが仕様としてむせ返るように設定してあるのだ。

 そんな要らない仕様のため、煙から抜けるのに10m近く歩かなければなかった。

「あっいかわらずだな、ここは」

 煙の先には色々な店が軒並み並んでいた。それでも使われている色合いは全て金属系。それもそのはずだ。このグリューンは『翠の国』とは名ばかりで中身は職人たちの住まう工場地帯のような勢力だ。

 並んでいる店は武具から雑貨まで幅広く扱っている。しかもどの店も特徴があり、品がとても良い。

「ただ……高いんだよなぁ。買えない値段じゃないけど」

 『上位ランク:大剣"フルベール"+5 麻痺7%』こういった職人の強化が入った武器は元の武器より高くなる。しかもここのグリューンでの商品は元の値の5~6倍からなる。ある程度、余裕のあるプレイヤーしかここでは武具を買うことが出来ないのだ。

 そうこうしながら露店を見て回りつつ、目的の場所へと続く路地裏に入って行く。

 路地横にはだらしなく座っているプレイヤーも少なからずいる。今も他のプレイヤーに絡んではカツアゲをしている。

「ハァ……あの子新人だろ? そんなことしても意味ねぇだろうに」

 気づかれぬようにスキル『無音走』で近づき、だらしないプレイヤーの後ろに手刀を当てる。打撃攻撃により発動する、状態異常『睡眠』が決まった。確率100%のため失敗はしない。

 いきなり男達が眠ったことに困惑する新人プレイヤー。

「早く行け」

 横を通る際に忠告し、また進んでいく。

 






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「どうしよう~。亜紀ちゃん~」

「くしゃみして押し間違える奴、普通いる?」

「い、居ると思う……ここに」

 シュンと項垂れている陽に同情しつつも呆れている亜紀。

 陽の居る場所は無勢力の勢力範囲――要は3勢力が獲得していない地域一体だ。その一か所、廃れた廃墟が立ち並ぶ空間に彼女は立っていた。周りにMOBは見当たらないようで、こうして友人と話せているのだ。

 とは言うものの、向こうは『バベル』の機能を使ったフレンドヴォイスチャット。通称FVTを用いて会話をしているため近くには誰も居ない。周りに人が居れば、何独り言言ってんだ? となってしまう。

「はぁ~。んで、今どこよ?」

「えーっと……」

 教えてもらった通りに左手を右から左に動かす。視界に左右対称でウィンドウが2つ開かれた。左のウィンドウはステータスを表す、筋力値(STR)耐久値(VIT)等が書かれていて、右のウィンドウは5×5の四角形状にいくつかのアイコンが埋まっている。

「左がステータス、右がインベントリだったよね?」

「そうそう。その右のインベントリからスクロールみたいな形のアイコンを押してみて」

 言われた通りに押すと、3つめウィンドウが開かれる。そこには白い矢印カーソルと大まかな周囲の地形が描かれている。

「開いた?」

「うん」

「それじゃあ、そこから右上にある検索を使って、私の名前うってみて」

 地図の右から名前検索を押すと、仮想キーボードが出現する。それを使い『アキ』とうつ。

「うったよ」

「そこから『ルート出力』を押して」

 押すと地図の倍率が下がって行き白い矢印から赤い線が伸びていく。

「その赤い線が私の所まで案内してくれる」

「なるほど。……でもこれ大きなお屋敷の中で止まってるんだけど?」

「……え?!」

 陽の向かいに見える一際大きな廃墟に赤い線、もといルートは止まっている。

「と、とりあえず」

「入ってみるね!」

 元気いっぱいに返し、意気揚々と屋敷に入って行った。






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「変わってないんだな……ここは」

 目の前に見える工場――と言うと語弊があるかもしれないが本当に大きな露店兼鍛冶場だ。今だフレンド登録に名前のある1人のプレイヤーが経営する店で、奥地にあるものの人が絶えないほどの盛況っぷり。

 しかも昔より一回り大きくなっているようにも見える。

 感心しつつも中に入って行く。入ればさらに大きく感じる露店スペース。グリューンの中心街にある露店がいくつ入るのか分からないほど広い。

「おい、あいつって」

「嘘? ほんとに?」

「まさかまさか」

「なりきりだろ、どうせ」

 奥に進む度に色んな視線と声が入ってくる。それも全て俺に関係しているようで、正直驚く。

 たっぷり15分ほどかけて奥に着くと『工房スペース関係者以外立ち入り禁止』のホログラムがかかっている扉を見つけた。取っ手を握るとギィと音を立てて開いた。

「まだ登録してくれたのか」

 開けたと同時に体全身で熱風を浴びる。ダメージは無いが熱いとは感じる。蒸しかえる暑さのなかを抜けて行き、1つ場所で足を止めた。

「あ、あ……ああああああああああっ!!!」

 俺を見るなり1人の少女職人が大声を出した。そのせいで周りも反応してしまう。

「うるさいぞ」

 軽く小突き静かにさせる。少女は「うぅ。痛い」と若干涙目になっているがスルーした。

「だって――だって、ソラトが帰ってきたんだよ? これは感極まるだよっ」

「そ、そうなのか?」

 熱く語る少女に少しばかり引いてしまう。

「うんうん。元最強プレイヤーのご帰還だよ? 盛大に祝わないと。なんならグリューン総力上げて――」

「アホか」

 この少女、ラキは察する通り、グリューンではトッププレイヤーだ。その称号『キング』を所持し『翠の国』を統治している。各勢力最強の1人がこう、慕ってくれるのは嬉しいがやることが派手すぎる。総力上げるって……たかだか1人のプレイヤー、しかももう忘れられてもおかしくないプレイヤーに。

 だがラキはやる気満々だったようで断られたことに口を膨らませて不機嫌になっていた。

「俺はもうそんなに強くないし、多分もう忘れているプレイヤーが多いよ」

「いやいやいや。兄貴のことは俺達一同忘れていませんぜっ」

 後ろから声が聞こえ振り向くと、ガタイの良い兄ちゃんが居た。よく見るとタンクトップに作業ズボンとタオルを首に巻いている。

「えっと。誰だっけ?」

 本気で忘れていた為。正直に訊くことにした。

「兄貴忘れてしまったんすか?! グリューン最高の職人ギルド『ペテル』のサブマスター、アシューをっ」

 長ったらしい紹介をありがとう。と言いたいところだがあえて口には出さず、思考する。徐々に思い出していき、

「あ~。思い出したぞ。木星クエで一緒だったな」

「そうっす。思い出してくれたんすね!」

「こっちこそ忘れていて、すまなかったな」

「いえいえ。兄貴ほどになればしょうがないっすよ」

 本気で照れている当たり正直な奴なのだろうと改めて分かる。アシューの後ろにいる奴らも顔だけは思い出していった。

「あ、そうそう。ラキ、頼みごとがあるんだが」

「ソラトのお願いなら何でも聞くよっ! ……エッチなことでも」

 か細い声でそう言うなら最初から言うなと思う。しかも動作も恥じらいがあり駄目なのだが、何故かそれがまたいいと思ってしまう。ラキの身長は150前半といったところで少々小さめな身長だが、そのたわわに実ったメロン大の胸が腕におされさらに強調されてしまう。後ろの男共もにやけ顔でいる。だが決して彼らは手を出しはしないらしい。なんとなくうわさ程度だが鉄の掟と血の結束とやらで自分達のギルドマスター、ラキは愛でる対象のようだ。

「はいはい。ありがとな。それはラキがもうちょっと大きくなってからな」

 頭をなでてやると、ムスーとした感じにある。

「んで、頼みってのは俺が休んでた間に変わったことがあったら教えてほしいんだ」

 撫でる手を退けると不満そうに上目使いで見てくるので困り果てる。が、そこは、すぐに表情を戻し語ってくれた。それと一緒にインベントリから椅子を2つ取り出し1つを渡してくれた。周りの男達も空気を読み仕事に戻っていったみたいだ。

「うん。ソラトが『朱の国』ロートのキングから降りて、抜けたのと、ロードオブチャンピオンシップ3連覇した後からでいいんだよね?」

 俺がこのゲームを抜けたのは約1年前だ。理由は家庭が慌ただしくなったためと色々あるが、こうして復帰できた。そこで、その空白期間に何があったのかを情報通でもあるラキに訊くため足を運んだのだ。

「ああ」

「『朱の国』はソラトが抜けて1か月は、なんだったかな……誰かがキングだったけどその後はスズハがずっとキングで居るよ」

「へー。あいつが」

「そうなの。さらに付け加えるとスズハは現リーグチャンピオンだよ」

 リーグチャンピオンは様々なPvP大会を勝ち抜いていき、期間中の通算勝利数トップが得られる称号の事で、言うなれば『バベル』最強の証だ。実の所、俺もそれを経験している。

「他にもレベル上限が上がったとか」

「ふむふむ」

「それと――1か月前の大型アップデートで神器3つが解放されたよ」

「まじか、よ」

 神器は『バベル』で最もレアリティの高い武器で、ホームページでは全部で12種しかないらしい。昔は7種だったがラキの話から合計10種になったということだ。

「所有者はまだ居ないようだよ」

 それもそうだ。神器は最高レベルダンジョン内、ボスドロップでしか手に入らない。ドロップ確率は1%を切っているとも言われている。そんな武器がたった1か月で手に入ったとなれば驚きだ。

「だよな」





     

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「もしかして……私、絶体絶命中?」

 陽の前には、明らかに今まで出会ったMOBとは比べ物にならないほどの強さを感じ取ることが出来た。

 ほんの数分前。屋敷に入るなり幽霊やゾンビのような敵が陽を見つけるなり襲ってきたのだ。スピードはあまり速くなく、現実では陸上部で自分の足の速さには自信があったため振り切ることが出来た。逃げた先に大きな扉があり、触れた瞬間にいきなり飛ばされたのだ。

 今も尚、威圧感を与えてくるこのMOBはダンジョンボス『ゴースティエンプレス』。2月にあった『バベル』の大型アップデートに追加されたボスで、あまりに理不尽な強さのため追加されて1週間ほどで誰もこのダンジョンに入らなくなった。

 その理不尽な強さと言うのが、

「……え?」

 いきなり目の前に瞬間移動され、その手に持つ大きな鎌を振るう。避けることもできず、ただ無残に胴体を切り裂かれる。ある程度残された痛覚が陽の脳を刺激し、初めて味わう死を直感する痛み。みるみるHPが減っていく。

 これが『ゴースティエンプレス』最大のチートとまで言われる、『死の鎌』。切り裂いたプレイヤーを防御力など関係なく、たった一撃でHPを0にする攻撃。

「うぐっ……う、う。……ハァハァ」

 体を引き裂くような痛みに嘔吐感が上ってくるが気力で耐える。恐ろしいことにこの攻撃は一撃で0にするのではなく、徐々にHPを0にしていく侵食タイプの攻撃。どれだけ回復POTを飲もうが、ヒーラーと呼ばれる回復職に回復してもらおうが絶対に死ぬ。むしろ回復などをすれば痛みが長く続くだけ。

 『ゴーストエンプレス』はあざ笑うかのように、追撃すらせず、陽が絶命するのを待っている。残りHPが100を切った。

「こんの、幽霊が……すご、く……すんごく痛いじゃないのっ」

 痛みに震える足に鞭を打って立ち上がる。腰に付けられた初期武器『ダガー』を抜き、様になってはいないが構える。

 おぼつかない足取りでボスに近づき、微動だにしないそのマントの奥めがけて突き刺した。それと同時に自分のHPが0になったのを陽は見た。







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「ありがとな、ラキ。色々と」

「それならお礼として……ハグ位して欲しいな」

 またもや身長差を利用した攻撃。上目使いが飛んできた。金品では無くこういったお礼なら流石に返してやらないと、今までフレンド登録をしていたままにいてくれたラキに悪いと思い、抱き寄せた。

「あ……あぁ」

 鍛冶場にいるとは思えない、良い匂いがする。柑橘系のさっぱりとした香りだ。

「いい匂いだな」

「そ、そう?」

「ああ。好きだぜ」

「すすっすすす、好きだなんて」

 俺の中で身をよじる。その豊満な胸が押し当てられ、擦られと現実ならばやばかった。

「あんまし動くなよ。くすぐったい」

「ご、ごめん」 

 動きが止まると、服をギュッと掴んだ。

「ソラト……もうどこにも行かないよね? ちゃんと、また、来るよね?」

「ああ。現実の方も落ち着いたしな。多分、毎日INすると思うぞ」






 

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「う、うぅ」

 陽が目を覚ましたのは神殿のようなエリアだ。周りは石柱が陽を囲うように並び立っている。他にもプレイヤーが彼女と同じようにノロノロと立ち上がり、出口へと向かって行く。

「――る……はる……陽っ?」

 神殿内を人波とは逆に進むプレイヤーがいた。陽がそのプレイヤーを認識できたのはそう遅くは無かった。

「亜紀ちゃん」

「良かった。途中からチャットができないって、エラーが出たから」

 あの屋敷は外部からの連絡を遮断するように仕様としてなっている。だが知らない者はバグだと勘違いしている。

「そうだったんだ……」

 











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