第08章
「皆様、お待たせしました。これより演舞を行います!」
司会者の宣言と共にリングからキノンを除いたアイドル達が待避していく。
「演目は、つらら割り。
ヴィカラーラに伝わる伝統芸能のひとつで、その昔、刀匠が冬場の試し切りに身近に手に入る氷を用いた事が始まりとされています」
司会者のアナウンスと共にリング中央に氷柱が運ばれてくる。
氷柱は、1本辺り、幅2メートル、奥行き20センチ、厚さ15センチ。
それが計10本。氷柱と氷柱の間には高さ5センチほどの隙間をもうけてある。
すべて会わせると、約2メートル。
「さて、この氷。見た目通りそれなりの重量の物体を上からぶつければ簡単に砕け散ります」
司会者が指した先には、鉄の固まりと言っても過言ではない様な金棒がおいてある。
「では、なぜ、このような演目が伝統となっているのか?
それは、ひとえにカタナの存在が大きいでしょう。
カタナは、割ると表現されることが多々ありますが、基本は断つ事を目的として作られています。
このつらら割りでは、10段すべて断つ事ができて、1人前。
さらに、氷の断面が美しければ美しいほど、練度が高いと言われています。
さて、キノン選手は、一体何段断つ事ができるでしょうか?その断面はどのようなものになるのか!
こうご期待!」
リング中央に儲けられた氷柱の塔、通称つらら重ね。
その前に立つキノン。
つらら重ねとキノンとの距離は2メートルと言ったところだろう。
キノンの緊張感が会場中に広がったのか観客はだんだんと静まり返っていく。
腰に差した胴太貫を鞘なりの音と共に抜き放つ。
その胴太貫をゆっくりと頭上へと、いわゆる上段の構えである。
ただ、いくつが違う点がある。
まずは足元。右足はベタ足。左足は右足の踵に沿うように爪先立ち。
両肩と顔は正面を向き背筋はピンと伸びている。
両手は緩く頭上へ。左手は束頭を持ち、右手は束の縁を親指と人差し指の付け根で挟むようにして握り混んではいない。
右手はあくまでバランスを取るためにただ添えられているようにも見てとれる。
キノンは浅く呼吸を繰り返し、神経を研ぎ澄ませていく。
そんなキノンの心に師アリスの声が響く。
「いいキノン。私たちが使うヤトバライ理心流はね。物事の真理を理解する事を旨とするわ。
例えば、薪を割るときに、どのように斧を降り下ろせば小さな力で綺麗に割ることができるのか?
そういう事を理解し実戦で扱える様に修行を積む。大切なのは理解すること。
こうすれば、ああなる。原因があって結果が伴う、いわゆる因果関係ね。
我々理心流ではそれを一番大事にするわ。
キノン。あなたはその理心流の教えを体現できる目と技を持ち合わせているわ。
まぁ、まだまだ甘いのだけど、つらら割り10段位なら十分こなせる実力はあるわ。
だから、自分に自信を持って、そのカタナを打った刀匠を信頼なさい、そうすれば必ず成功する」
キノンの瞳には、10段のつらら重ねを断つべきポイントが縦に一直線に見えてきた。
それは、理心流の極意の体現まだまだ、達人の域には達しないとは言え、今のキノンの最大値である。
「ヤトバライ理心流・天 ダイセツザン!!やーーーーー」
気合いの掛け声と共に、前に倒れ込むように胴太貫を降り下ろす。
スムーズな右足の運びによる重心の移動、重心移動により加速した鋒をさらに自らの技で加速させる。
ヤトバライ理心流・天は、主にスピードを重視した技が多い。
特にダイゼツザンは静から動へと瞬時に移行する技。
達人の域に達すれば剣を振り上げた姿を見たときにはすでに降り下ろされている。
そんな状況を作り出すことができるらしい。
達人の域に達していないとは言え、キノンも十分に速い。
アイドル達にはある程度見えたかも知れないが大半の観客にはキノンが降り下ろしている途中の姿は写らなかったかもしれない。
・
・・
・・・
キンッ
ピシッ
キノンは降り下ろした胴太貫をゆっくりと引き抜き鞘に納める。
チンと、鞘に納める時の金属音が響くと・・・
まるで止まっていた時が動き出すようにつらら重ねの氷柱が割れていく。
その数10段。キノンはつらら割りを成功させたのである。
「ワーーーーーーーーーーー」
会場中から歓声と拍手の渦が巻き起こる。
「ふぅ・・・なんとか・・・できた・・・」
緊張感から解き放たれたキノンの目にVIP席にすわるアリスの姿が目に入った。
アリスの目は「できたらどうすんだったかしら?」と言っている。
キノンは一つ頷くと右手を高らかに振り上げて
「ヨッシャ~~~!!!」
と咆哮をあげた。
それにつられる様に観客からも溢れんばかりの称賛の声と拍手が巻き起こる。
「興奮覚めやまない状況ですが、これにてキノン選手の演舞は終了となります。
次の、ベイキャント選手の演舞の準備に入りますのでしばらくお待ちください」