短編 なつかしの海(1.5話)
「さて、今日はお店も定休日だし、どこか行こうかな」
そうつぶやいたのは、雪見カフェ店主、奇浪雪美だった。
「もう秋だし・・・・・そうだ。海にでも行こうっと」
そう言って彼女は、店の戸締りをしてから表通りに出たのだった。
第1.5話 なつかしの海
雪美が霊々峰に向かって歩いていると、店の常連客、啓昌が話しかけてきた。
「あれ、雪ちゃん、どっか買い物にでも行くの?」
雪美は
「ううん。これからいったん外に出て海にでも行こうかな~って思ってるの」
と答えた。
「ほぉ~。面白そうだな。僕もついていっていい?」
「私はかまわないよ」
そうして海へ向かうのが二人になった。
「海なんて久しぶりだな~」
啓昌がそう言った。
「ほんとね」
と雪美がかえす。
そうしているうちに、霊々峰に着いた。
すると、来た二人を見つけ
「あれ?なんか買いに来たんですか?」
と、偶然店にいた律が聞いてきた。
「ええ。これから海に行くのよ。あなたも来る?」
雪美が答えた。
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて。でも、外に出るんなら役員(天界冥界の役員)の同伴が義務づけられてるらしいですよ。だれか同伴者いるんですか?」
と、律が言った。
「同伴者?」
雪美は知らなかった。これでは海に行けない。そのとき啓昌が
「こう言うときにアイツを使えばいいんだよ」
と言った。早速「アイツ」のところへ向かった。
(この間にいろいろあって・・・・・・・・・・)
「え?海に?魚釣りに?」
彼岸が聞いた。
「ん?まあ、魚釣りはアカの自由だけど、とにかく海に行きたいからいっしょに来て」
雪美が言った。ちなみに彼岸花の色が赤なので彼岸はアカと呼ばれることがある。
「まあいいよ。ちょうど暇だったとこだし」
こうして、海メンバーは、
雪美、啓昌、律、紀慧(彼岸に会いに行く途中で合流)、舞、映次(この二人も同じく)、彼岸ということになった。
そうして団体となった彼らは、霊々峰に向かって歩いていった。
「こんな団体で外に行くの?」
そう聞いてきたのは、霊々峰の主、久遠尊だった。
「そうよ」
雪美が答えた。
「ふ~ん。ま、別にいっか。じゃあ、霊々洞を通る際の諸注意、聞いてね。まず、外では魔術、霊術、妖術等は一切使わないこと。次に、外の世界の誰かに見られてるかも知れないから、いつも人間らしく振舞うこと。いいね?」
尊はそう言ってから、みんなに念を押した。
「じゃあ、あの~役の方、どなたですか?」
と尊。それに対し
「あ~、わしです~」
と彼岸が答えた。
「なんだ、お前か。じゃあ、皆の安全はお前が守るんだぞ。いいな?」
「分かってるって。ミコっちゃんは用心深過ぎるんだよ」
「用心するに越したことは無いからな。まあいいや。じゃあ皆さん、快適な旅をどうぞ。ちなみに帰ってきたい時には、全員で来てね。霊々洞の外側に確認符が貼ってあるから」
そう言って尊は封印を解き、結界をはずして通行できる様にした。
「じゃ、いってきま~す」
一行は外へと向かった。
「あ、ちなみに自分の安全は自分でね」
という彼岸の声が小さく聞こえた。
「へ~。外の世界の森ってあんまりこっちの森と変わんないんだね」
外へ出て少ししてから舞が意外そうに言った。
「そっか、舞はここら辺に来るのは初めてだったんだっけな」
映次が言った。
「え~っと・・・海はどっちだったかしら?」
雪美が言った。
「え?もしかして海に行ったこと無いんですか?」
律が聞いてみた。
「あら、そんな訳無いじゃない。百年前と六十年前に来たことあるわよ」
「六十年前って・・・・僕たち人間組はまだ生まれる遥か以前の事じゃないですか!?」
律が驚いたように言った。
「六十年か・・・・・。そう言えば雪ちゃんって、今いくつくらい?」
彼岸が聞いた。
「外にいた時(雪美は外からこっちに移ってきた)のも合計する?」
「もち」
「そうするとね・・・・・・え~っと・・・・まあ、五百十九くらいね」
「五百十九か・・・・・・ってことは、啓昌より少し年上か」
「へ~、そうなんだ~。そう言えばあなたはいくつなの?」
逆に聞かれて彼岸は少し困った。
「う~ん・・・・いくつだろうな・・・・・。分かんないほど無駄に生きてるからな~・・・・・・」
「大体でいいから」
「う~ん・・・・確か外で関ヶ原の戦いというのを見たな・・・・・・・旅行で・・・・ああ。聖徳太子。聖徳太子に会った。それ以前の記憶は無い。きっと。だから・・・・・まあ、ざっと千四百才くらい?」
彼岸が答えた。
「千四百才って・・・・どんだけ生きてんすか!?」
律が驚く。
「う~ん・・・・でも、厳密に言えば途中五百年くらい眠ってたからなぁ・・・・・・・・・活動期間は九百年ぐらいだ」
彼岸が言った。ちなみに事件の無い日は寝てたので本当はもっと活動日数は少ない。
ああ、話がそれてきた。と言うわけで、律が
「まあ、その話しはおいといて、雪美さんは海に一体何をしに?」
と、内容の軌道修正をした。雪美は
「えっとね、外の世界が見たくなったのがひとつと、あとは、小さい魚を取るためかな。貝とかも」
と言った。
ああ、彼女は要するに食材の秋を楽しみに来たんだな、というふうに映次は理解した。
「この中で海への道知ってる人手ェあげて~」
雪美が言った。
「東京なら分かる」
と舞。
「昔のことすぎて覚えてない」
そう言ったのは啓昌。
要するに皆知らない(覚えていない)らしい。
「仕方ないな~・・・一番近い海でいい?」
そう言って彼岸はため息をついた。
歩きながら、律が
「そう言えば異空苑の中って湖無いんですか?」
と聞いた。
「何言ってんの?湖くらいあるさ」
啓昌がそう答えた。
「あの湖大きくてきれいだけど魚が大きすぎるのよね」
雪美がつけたした。
「え?何?雪は魚をカフェのメニューにいれる訳?」
と聞いたのは、紀慧だった。
ここで説明。大森紀慧とは、雪美の店の隣に住んでいる半人半妖である。ちなみに魚が大嫌い。
「あら、そういえば紀慧は魚が嫌いだったわね。カフェのメニューに魚か・・・・裏メニューとしてはウケるかも」
笑いながら雪美が言った。
列の少し後ろのほうで映次が舞に外の世界のいろいろなことを教えている。その後ろでは啓昌が(彼にとって)珍しい物を拾っていた。蝉の抜け殻とか。
それから少しすると、ほんのり潮の香りがしてきた。
「そろそろ海じゃ」
彼岸がそう言うと、皆は喜んだ。
一面に広がる水。太陽の光をあびてきらきらと水面が光っている。
「これが海なのか~」
舞がうれしそうに言った。彼女は異空苑の海も外の海も見たことが無かったようだ。
「おお、船だ。船が浮いちょる」
彼岸がそう言った。実は嘘だ。
「えっ!どこどこ!?」
舞が懸命に探している。彼岸はそれを見て不気味に笑っていた。
「ああ・・・・・・・久しぶりの海ね・・・・・前来たときはあの人も一緒だったなぁ・・・・」
雪美が何年前のものか分からないような思い出にひたっている。
「えっと・・・・・・ここは洞窟からああ来てるから・・・・・・きっと日本海だな」
映次がつぶやいた。
「今は秋だから、秋刀魚が旬だな」
啓昌が言った。
「じゃ、秋刀魚釣りに行こうか」
笑い終えた彼岸がそう言った。
そんな話をしていたら、一隻の小さな漁船がこちらに向かってきた。
漁船は岸に船付けし、中から漁師らしき老人が出てきた。
「ここら一帯は立ち入り禁止のはずじゃ。お前サンたちはどうやってこんなところまできおったんか?」
老人が聞いてきた。そうすると啓昌が
「まあちょっとですね、洞窟から・・・・・・あ。それより僕たちどういう風にみえますか?」
と、答えになってないどころか、逆に質問した。老人は
「え~と、まあ、はっきり言うたら幽霊と妖怪と人間じゃな。ここいらをうろついとるということは異空苑から来たのじゃろ」
と言った。どうやらこの老人は妖怪と幽霊の見分けがつくようだ。すると舞が
「異空苑のこと知ってるんですか?」
と、驚いたように聞いた。
「知ってるも何も、ここらに住んどる連中はみんな一度は異空苑に行った経験あるんじゃよ」
老人はそう答え、昔異空苑に行ったときの話しをした。異空苑グループは大体がそれに聞き入っていた。
「そんでなぁ、その異空苑の人たちをみかけたらもてなすというのがここいらの風習じゃ。と言うわけでお前サンたちに何か海産物を分けてやろう。秋刀魚などはどうじゃ?」
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて頂戴いたします」
なんか出来すぎているな~と思いつつ、彼岸が受け答えした。
その後も老人との、今の異空苑の風景や日本の現状、京都はいいとこだとか東京は人があふれてるだとか、そんな話しをした。
「おっと、そろそろ港に戻らねばならんな。なんせここからだと遠いからのぅ。では妖怪の皆さんごきげんよう。またご縁があったらそのときはまた」
そういって老人は船に乗り込むと、港へと戻っていった。
「なんかいい人だったね」
舞が言った。
「ああ」
映次も同感の様だった。雪美は
「こんなに秋刀魚もらっちゃってどうしよう」
と少し困っていた。
結局、秋刀魚の六割を雪美、四割を残りの人たちで分けることになった。
そして一行は、特に何もせず霊々洞まで帰ってきた。
「え~、じゃあ全員いるね~」
彼岸が言う。
「お~」
皆がかえす。
彼岸は確認符に手を当てて霊々洞を開き、そこを通って霊々峰に帰ってきた。
「どう?外は面白かった?」
尊が聞いてきた。啓昌は
「う~ん・・・・まあ面白かったかな」
と答えた。
その後一行は霊々峰を後にし、解散となった。
「じゃ、早速お店に帰ったら秋刀魚を料理してみましょ」
雪美が言った。
「店?・・・・・あ、そうだ。電熱器が壊れたから買いに行こうとしてたんだっけ」
そう言って律は霊々峰へ引き返した。
「さ~て、明日は出かけるし、源三郎も暇してるだろうしさっさと帰~ろ」
啓昌は自宅への帰路をとった。
「今日はいい思い出になったな~。じゃ、俺も帰るとしますわ」
そういうと映次は発動させた魔法陣の中に入ると、たちまち姿を消した。
「うっわ~・・・・アイツいつの間にあんな魔法発明したんだろ?まあいいや。じゃあ、私も帰ります~」
舞は魔法使いらしく帚にまたがって空を飛んでいった。
そしてだんだんと皆帰っていった。
「あ、雪美!魚いらないからあげるわよ」
紀慧が言った。
「ん?ああ、私はいらないわよ」
「じゃあこの魚どうすんのよ」
「どうすんのよって・・・・食べれば?」
「あたしが魚嫌いなの知ってるでしょ!」
「あ、じゃあわしがもらって帰るわ」
彼岸が割って入り、問題は解決した。
「じゃあ、そう言うことで」
彼岸は闇を呼び寄せ、その中へと入っていった。
「それにしても便利ね、あの術」
紀慧が言った。
「あら。なら習ってくれば?」
「別にいいわよ。さ、あたしたちも帰りましょ」
紀慧と雪美は一緒に表通りに向かって行った。
「おう」
彼岸が言った。
「ん?またお前か。何しに来たんだ?」
男が返す。
「魚を届けに来た」
「お、秋刀魚か」
「見なくても分かるのか?」
「当たり前だろ。何たって俺は・・・・・グべァ!!」
男はまたでかい烏にぶつかられて木からおっこちた。
「まったく、いつになったら避けられるようになるんだか」
烏が言った。彼岸が
「でもお前はわざと避けられないようにぶつかってるだろ」
と言った。烏は
「まあね」
と答えた。
「ったく、いつになったらドつくの止めんだよ」
男は言った。
また、いつもと変わらない夕日と光景が彼岸の目に映っていた。
「魚こんなにあるし、みんなを呼んで秋刀魚パーティーでも開くか」
と言った。それにしてもあの老人には昔会った事があるな。彼はそう思った。
完