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路地裏―いつかの君に…

作者: 柳夕雨

それは、幼い自分がであった不思議な青年の物語。






アイツはまだ生きているだろうか。

フッと思い出した、ある人物の顔を何時の間にか思い浮かべていた。

青白い顔でいかにも病人のようなアイツ。妙に目立つ白髪頭にはっきりとした鮮やかな碧色の瞳。歳は二十代だというが、あの白髪頭だ。後ろから見れば老人にしか見えない。

 アイツは唯一の親友だ。

いや、言い方からして親友だとは思えないのかも知れないがアイツは友達で在って友達じゃないそんな存在だった。

 とにかく不思議なのだ。だから『親友』。


 出会いは突然でとてもヘイボンだった。


「―出逢った記憶、忘却の夢。色無き世界にキミが色をつけた。ボクは希望を知った…―」

「ヘタ!」

細い路地裏から聞こえるギターの音とお世辞にも上手いとは言えない歌声。

 勿論聞いてくれる人など居ない。

男は一人歌っていた。いつもと同じ時間に・・・。

同じように毎日通るその道で初めて男に感想を言ってやった。はじめは驚いていたくせに次第に顔が紅潮し出した。

「ありがとう!」

男は嬉しそうに微笑みながら言った。どうやらこの男は頭が『イカレテル』らしい。

大体、罵倒した相手に対し感謝の言葉を言う奴が居るだろうか。

「感想言ってくれた人なんて今まで居なかったから嬉しいなぁ。」

男はギターを片手に上機嫌で言った。

少しばかり考えを改めた方が良い様だ。この男が言ってる事が本当なら多少の罵声などは気にせず、初めての感想なのだから喜びながら感謝するのは当たり前だ。

つまり、この男は『正常』なのだ。

「そんなに嬉しいなら大通りでやったらどうだ?こんな所でするよりも沢山感想言ってくれるんじゃないのか。」

呆れながら言うと、男は細く笑って答えた。

「それじゃダメだよ。こんな場所だからこそ聞いてくれたら嬉しいだろ?それこそ君みたいに感想を言ってくれたら格別嬉しい。」

男はそう言うと自慢げに笑った。

「ふ〜ん。物好きだな・・・。」

説明を聞いてもやはり呆れてしまう。多分顔に出ているだろうけど、男は気にしていない様でまだ笑っている。

「君っていつも此処通るよね。一度も立ち止まってはくれなかったけど・・・」

「聞いていても面白くないし、何より下手だ。」

男は軽いショックを受けたのか顔が歪んでいる。それでも薄い笑いを浮かべているのはこの男の習慣なのだろうか。何気に商いの心得は知っている様だ。

「君は学生?」

「当たり前だ。この姿で分からないのか、それとも眼悪いのか?」

少しばかり冗談を言ってみた。男はこれでもかと言うような声で笑っている。この男は本当に良く笑うものだと今更だが思った。

「冗談キツイね。ちょっと聞いてみただけだよ。」

当たり前だ。制服姿をしているのに学生じゃなければ変人だ。

「それにしても君の言葉は特徴があるね。」

「あぁ。祖父譲りなんだ。」

何気ない話をしても退屈ではなかった。いつもなら退屈ですぐ立ち去るのに・・・。

憂鬱な日々、何かと期待してくる大人の社会。全てがうっとうしい。その中で奴だけが毎日楽しそうに歌っていた。何がそんなに楽しいのか疑問だった。だからこの男にちょっかいを出したくなったんだ。


「・・・さっきの歌って何って言う題名なんだ?」

突然の問いかけにも男は動じずに聞いている。

「『モノクロの色』。悩み多い青年がある少女に出逢って変わっていくと言う詞なんだ。ロマンチックだろ?」

「よくわかんない。」

そっけなく答えたもののその詩には共感できた。この男をはじめて見た時、自分の中で何かが変わり始めていることに気が付いていた。最初は戸惑い、何度も葛藤を繰り返した。でも分かったんだ。変わっていく事の嬉しさに・・・。こんな感情は初めてだ。

不思議な感じ、だから思う。こいつが『親友』。言葉を交わす事はおろか顔をはっきり見たことも無いこの男を直感で感じた。


初めて交わした言葉は罵声だったのに、言葉を重ねるごとに昔から知っている友人のように会話していた。時間を忘れるくらいに。


いつの間にか日は暮れ淡いオレンジの光が路地裏に差し込んでいた。


「もうこんな時間か。こんなに楽しかったのは初めてだよ。ありがとう。」

 今日何度目か分からない『ありがとう』の言葉に少しくすぐったい想いをしながら自分よりも頭二つ分高い男の顔を眺め、言葉を紡いだ。

「久しぶりに笑った気がする。此方こそありがとう。それと・・・すまない。感想があんな言葉で。」

「えっ?良いよ。感想言ってくれただけで僕にとっては嬉しい事だったんだから。」

笑った顔が鮮やかで太陽みたいだと思った。


別れを告げた路地裏の空には満点の星が輝きを放ち照らしていた。

久しぶりに見た夜空だった。


あれから男は路地裏に来なかった。毎日と言って良いほど居たあの男がだ。最初は気になっていた。でも良く考えると学校でも仕事でもないただの路地裏に毎日絶対に来ることなどあり得ない事なのだ。違う場所に移る可能性だってある。だから何日か経つ頃にはあの男のこと等など気にもしなくなっていた。

それから数年後、路地裏は跡形も無くなくなった。

もう出逢う事は完全になくなったしまった。


 幼かった自分と出逢ったのは真っ直ぐな眼をした青年だった。


あれから何年も過ぎた。

だから思う。アイツはまだ生きているのかと。名も知らない。たった数時間しか言葉を交わさなかった。一方的な『親友』。

 時々分からなくなるアイツは幻だったんじゃないかって・・・

 もし、もう一度逢えるなら今度こそ本当の感想を言おう。

 ―お前の歌好きだよ―


静かな路地裏にギターの音と歌声が聴こえた気がした・・・


                                      完



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