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コインロッカーでなかったのが幸いだった

作者: xoo
掲載日:2026/09/22

 2026年9月21日の北海道新聞朝刊に、「札幌の乳児置き去り 肉親捜し続け 妹と兄 41年ぶり再会」との記事が掲載された。


 1985年9月7日、札幌駅隣の商業施設・札幌エスタに新生児が置き去りにされた。保護された女児は里親に育てられたが、36歳の時の2021年12月、「実の両親を探したい」との思いを語る記事が新聞に掲載された。札幌在住の男性が12歳当時、出産直後だったと思われる赤ちゃんが1週間だけ家にいたことを思い出して新聞社を通して連絡、DNA型鑑定を実施し2人は兄弟であることが分かった。



 この事件は、私も新聞で読んだ記憶がある。その時、41年前の率直な思いは、「コインロッカーに入れられなくてよかった」だった。


 1970年代以降、子供を捨てる場所が養護施設の門前などからコインロッカーへの遺棄へ変化、遺体となって発見される例が急増した。「何らかの事情で捨てるけど、子供には生きていてほしい」から「目につかないところに行ってほしい、子供が死んでも構わない」に変化した。1971年から1974年の第二次ベビーブームで年間200万人が生まれた団塊ジュニア世代であった(その親の世代は当然、団塊の世代である)。

 命が急激に軽くなった時代だったのだろうか。


 現在41歳の女性は当時、女子トイレのベビーベッドに置き去りにされていた。札幌エスタ10階(食堂街)の女子トイレだったので、発見と保護は最速で行われたと推測される。のちに名乗り出た兄の記憶から、母親は自宅での孤立出産だったと推測される。なお記事には現在の母親については触れられていない。



 もう一つ思い出したことがある。その当時、直前か、札幌市中央区円山西町に児童相談所を新築する際に、地元住民から反対運動が起きた。1984年春頃。反対理由は「地区の環境が低下、不動産価値が下がる」であった。児童相談所は18歳未満の児童の健やかな成長を支援するために児童本人の心と体の問題、育成環境(家庭環境・育児放棄)の問題、などを解決する施設であり、児童本人の非行事案も取り扱うが、本件のような児童遺棄・ネグレクト事案の際に中軸となる行政施設である。北海道中央児童相談所は北海道立心身障害者総合相談所(自立支援法に係る障害者の判定、指導など)と北海道立特別支援教育センター(特別支援教育に係る教員の研修施設)との三施設合築で1987年に開所したが、反対運動があったのは児童相談所のみであり、当時反対していた住民は元教員および元北海道庁職員だった退職者であった。


 同様の(児童相談所開設に反対運動があった)例としては、

2018年から2019年にかけての東京都港区南青山がある。「児童相談所は街のイメージを低下させ、不動産価格の下落を招く」「こんな高級な場所は、貧しい子どもにとって酷」というものだった。港区子ども家庭総合支援センターは2021年4月に開設されたが、周辺地域を含め不動産価格は下落していない(東京都の合計特殊出生率は0.99まで下落したが)。



 小学校や保育所は今や迷惑施設扱いされる時代。「少子化を止めよう」「産めよ育てよ」はノクタにしかないかも。

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