第十七話~第十八話 空を往くこと
第十七話 客らを守る、まめなる者らのこと
ある日、男、「旅に行かむ」と、絵図など載りたる旅の書を持ちて翁を誘ひたり。絵図の指す先、ここより遠き南の島なれば、翁、「船にて行くらむ」と問はば、男、窓より空を仰ぎて、いと高く飛びたるものを指し、「あれに乗らむ」と言ひたり。それより幾月の間、男は旅の手立てを、翁は「旅に出るにも、己の身一つとはいかざるか」と言ひつつ身支度など調えたり。やがて、その日になりて、いと大きなる建物に入りて、手筈を調え、大きなる荷など預けたり。
しばしして、手引きに従ひて門の前に着きたり。男、「手に持ちたる荷や金物や板などはそこに置きたまへ」と、籠を指して言ひ、これに従ひて門くぐりたり。
先を行かむとするに、いみじき音鳴りて、振り向くに、まさにくぐらむとする客、まめなる者に留められり。金物などあるやと問はれた客、それに思ひ至りて懐より板など取り出してまたくぐらば、此度は音鳴らざり。
翁、その様を見るに、「なぞ、空を往かむとするのみに、かくも厳しき手筈の要ずるや」と問はば、
男曰く、「事、起こること稀なれど、ひと度、事の起こりなば、忽ち檻となりて逃ぐることあたはず、数多の命散りたり。なれば、「稀なること」を「いと稀なること」「え起こらざること」とするべく、よりまめに、より厳しう守りたり。客らもまたこれに同じうして、瓜田に履を納れるが如き、徒に惑はす様は見せず、まめなる者に従ふ事こそ、やがては己の身を助くる事となれり。」
翁、まめなる者らの、まめたる所以にいと感じたり。
第十八話 空より地、覗くこと
また手引きに従ひてしばし歩かば、窓にこれより乗らむとするものの、その建物の如きの見え、翁、「むべ、名にし負ふるものなり」と、ひとりごちつつ、長き腰掛けに座して待ちたり。
しばしして、手引きの者の呼ぶを聞き、これに従ひて呉橋が如き廊下を渡れば、数多の腰掛けの並ぶ所あり。
翁らもまた、その一つに座して待てば、忽ち数多の腰掛け埋まりたり。
しばしして、手引きの者ら身を助くる術など伝へ会釈するに、翁らの乗りしもの漸動きたり。
翁、窓より、先までの所の遠退くを眺め、「むべ、去りゆく者にはまさに「港」か」と、ひとりごつ。
また束の間止まりし後、いみじき音にて数多の者を持ち上げむと地を疾く駆けたり。その様まさに鶴の如しなり。
やがて、外の景色の下がりゆくを見て、己もまた地を離れたりと知る。
しばしして、やうやう小さくなりゆく窓より覗き、翁、「かくも狭きによろづの民の住みしか」と、驚けり。
しばし窓の外眺むるに、景色の真白に変はるを見て、「これなむ仰ぎて見ゆる雲の内なるか」と、ひとりごつ。
やがてまた景色の白より変はるに、波の如き厚き雲の連なりすらやうやう遠退きたり。
しばしして、頭の上の灯の消え、「腰のもの締めずともよし」と聞くに、男、「これよりおよそ一刻ほどにて、かの地に着きたり。」と言ひたり。
翁、「船で行かば、いか程か」と問はば、
男、「必ずしも「かくあれり」なむ言へねど、けふ発たば、明日の夜に着きたり。」と、答へり。翁、これに「かくも疾く空、駆けたるか」と驚けり。
しばしして、手引きの者より茶を貰ひて、また窓の外眺むるに、遥か下の雲に今乗りしものの影を見て、「かくも高きをゆきたる」と思ひ、また仰げど星の一つも見えぬと知り、「かの者らは、これよりさらに高きに住みたるか」と、ひとりごつ。
しばしして、「雲の上 常世に非ず 現世と 天のあはいの 空の道 覗かば雲の 絶え間より 見ゆるは青き わたの原 仰がば青き 空の他なし」なむ長唄など詠むに、頭の上のもの、また灯りて、「腰のもの締めたまへ」なむ声に従はば、遥か下の雲、やうやう近づきたり。
窓の外、また真白になり、遠くに街並みの見ゆるに、翁、耳にいみじき痛み覚えたり。男にこれを訴ふれば、男、「思ひ鎮まりたまへ」と言ひ、鼻を摘まみて、「まず、口を閉じ、鼻を摘まみたまへ」と言ひ翁がこれに従ふれば、「次に口の内にて息を吐き続けたまへ」と言ひたり。翁、これを試みるに、耳の内、膨らむを覚え、痛みも稍稍に鎮まりたり。
しばしして、地に着きて止まらむと地を駆くるいみじき音を聞くうち、翁の思ひ鎮まりたるを見て、男、「また空より降るる時、予てより口の内にて息吐かば、痛まずともよくなれり。また、飴など口に含むもよろし。」と伝へたり。
翁、これに驚きて、「次もあるや」と問はば、男、息を一つつきて、「帰りもまた、空の旅なり」と、答へり。
こちらもどちらも条件を満たしてますが、続きものですので一括りにしました。




