第7話:初めてのくちづけ
「さすがですご主人……!!晴様、ご主人は、その名のとおり雷の神様なのです。本来は天候を操り、雷や雨を降らせるのはご主人のお仕事なのですよ……!」
さくちゃんは誇らしげに言う。
ところが、黒龍は怒り狂ったように暴れながら、鎌首をもたげて白夜様に襲い掛かってくる。
――ぬるい。ぬるいわ……このような雷、痛くも痒くもない……!
あの爪……!
あの爪だ。きっと、白夜様の背中にあれだけの深い傷を負わせたのは。
白夜様は大地を駆けて黒龍の爪を避けた。
その身のこなしは、やはり人間離れしている。
人間みたいなか弱そうな姿はしているけど、やっぱり神様なんだわ。
晴はハラハラした。
黒龍の爪は白夜様を追い掛けて次々と襲い掛かってくる。
白夜様はその度に避けているけど、今にも捕らえられてしまいそうだ。
巨大な黒龍の身体と、人間と同じ大きさの白夜様では、どう見ても力の差を感じてしまう。
あんなに小さな身体でどうやって黒龍を倒すと言うのだろう。
「晴様。お願いです。ご主人は姫巫女様を食していないので、本来の力を出せないのです」
さくちゃんが晴の傍を飛びながら言う。
「霊力が足りないので、雷の力も充分に使えておりません。このままでは、いづれは黒龍にやられてしまいます……!姫巫女様のお力さえあれば、あんなやつ、簡単に倒せてしまうのですから!」
「えっとその……だからね、さくちゃん。姫巫女を『食す』って、いったいどう言うことなの?私は何をしたらいいの……?」
「そ、それは……分かりますでしょう?可愛らしく見えるかもしれませんが、ご主人もあれで『男』であらせられます。男が女を食すと言ったら、ひとつしかありませんでしょう……?」
う……っ。
さくちゃんの生々しい言葉に、晴は思わず顔を赤らめてしまう。
白夜様も『男』……。
でも、村の男たちみたいに、雄々しいところは全然なくて、綺麗な女の子みたいな白夜様が、そう言うことをしてるところ、どうにも想像ができないのよね……。
そもそも、さっきから、食べてくれる気なんて全くなさそうなのに、どうやったらその気になってもらえるのか、晴には検討もつかない。
こんなこと、今まで誰も教えてくれなかったし……。
どうしたらいいの……?
でもこのままじゃ、白夜様がやられてしまう。
それに、村が滅ぼされてしまう。
黒龍は人を食らうと言っていた。
村人が食われ、お母さんだって、どうなるか分からない。
その時……。
黒龍の爪が、ついに白夜様を捕らえた。
とっさに身を庇った白夜様の右腕が、肩から肘にかけて鋭い爪に抉られ、血飛沫が上がる。
「白夜様……っ!!!」
「ご主人……!!!」
晴とさくちゃんの悲鳴のような声が重なった。
――なんとも情けない。こんな弱い奴が『神』を名乗るとは……!これで俺がお前を倒し、瑞守の巫女の力を得れば、俺がこの地の神だ……!
晴はなりふり構わず、白夜様の元へ走った。
今にも爪を振り下ろそうとする黒龍から守るように、白夜様の身体を抱き締める。
流れる血が自らの着物を汚そうとも、お構いなしだった。
「はる……隠れていてと言ったのに……」
苦し気な声が晴の耳に届く。
「隠れていることなんてできません!白夜様。私、覚悟はできているんです。村には母が居ます。母を、そして、村のみんなを守らなきゃいけない。そのために私の力が必要なら、どうぞ使ってください。お願いですから……」
晴の言葉に、白夜様は目を見開いた。
「はる……」
顔を上げた白夜様の、蒼く美しい瞳が目の前にあった。
綺麗……。
晴は目を閉じて、その形の良い綺麗な唇に、自分の唇を重ねた。
胸がどきどきと鳴っている。
晴にとって、生まれて初めてのくちづけだった。
その途端、ふわりと身体が浮くような感覚がして、白く淡い光が白夜様の身に宿ったように見えた。
白夜様の白銀色の髪が風を受けたように靡き、艶やかな光を放った。
「はる……感謝します」
白夜様はしっかりとした足取りで立ち上がると、再び印を切った。
「『迦具伊加土』」
白夜様の涼やかな声が響く。
晴は思わず再び目を瞑った。
まさに神の怒りのようだった。
先ほどの雷とは、比べ物にならないくらいの、辺りを明るく照らす稲光と、耳をつんざく轟音。
巨大な雷に貫かれ、黒龍が空から地に墜ちる。
朝の地震の続きのような大地の揺れとともに、黒龍が地面に強か叩き付けられた。
――おのれ……。瑞守の力……必ず、俺が手に入れてやる……
捨て台詞のような言葉を残して、黒龍は逃げるようにいずこかへ消えていった。




