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第5話:迦具伊加土神(かぐいかづちのかみ)

 年齢は晴よりも少し年上ぐらいだろうか。

 青年のような、少年のような、どこかあどけない雰囲気の残る顔立ち。


「きみは……」

「あなたは……?」


 二人の声が重なる。


「あっ、えっと……」

 晴がどうしたものか迷っていたら、相手の方が先に口を開いた。


「僕は、迦具伊加土神(かぐいかづちのかみ)


「かぐいかづちのかみ……」

 神様みたいな名前だ……。


「そ、そうだ……!わたし、龍神様の生け贄としてここに来たんです。このままだと、村が滅ぼされてしまうから。あの……龍神様って、どこにいらっしゃるんですか……?」


「龍神様……。それなら、目の前にいるこの僕が、龍神だけど」


「あなたが龍神様……!?」


 さっきまで空にとぐろを巻いていた禍々(まがまが)しい黒い龍と、目の前の綺麗な人が、同じ存在とはとても思えなかった。


「じゃ、じゃあ……その……私えっと……」


 なんと説明したらいいのだろう。

 『身を任せろ』と言われたけど、何をどうしたらいいのか分からない。


 どうも思っていたことと勝手が違う。


 ここへ来たら、恐ろしい龍神様が現れて、一思いに食べられてしまうのだろうと思っていたのに……。


「そうか……瑞守(みずもり)の人間がここに(つか)わされたと言うことは、黒龍が蘇ったと言うことだね」


「黒龍……?黒龍って……空に現れたあの真っ黒な龍神様のこと?」


 それじゃあ、龍神様は二人いらっしゃるのかしら。


「黒龍は龍神ではないよ。龍神になり(そこ)なった荒御魂(あらみたま)さ。龍神になりたくて、人を食らう。そんなことをしても、余計に(けが)れを集めるだけなのに……」

 

 かぐいかづちの神様は、身を起こそうとして、「う……っ」と痛みに耐えかねるような顔をした。


「いかづちの神様……怪我をしているの……!?」


 晴は慌てて彼の身体を支えた。


 その背中を見てぎょっとする。

 巨大な(つめ)に引っ()かれたような、深い傷跡(きずあと)があった。

 傷跡の部分だけ、着物もざっくりと引き裂かれていて、肌が露出していた。

 血は止まっているが、()んだような赤黒い(あざ)がじくじくと残っている。


「痛そう……。私、手当てしますね!」


 晴は迷わず羽織っていた被衣(かつぎ)を引き裂き、包帯を作ると、着物をはだけさせ、傷跡に巻いてやった。


 佐知子お嬢様や屋敷の使用人達が怪我した時にもよく手当てをしてやっていたから、こんなことはお手のものだった。


 いかづちの神様は、ふう……と深い吐息をついた。

 なんだか、とても気持ちが良さそう。


「助かった……。()(がと)う。……千年。千年、ずっとこの傷みに耐えながらここで眠っていたんだ。きみのおかげでやっと目覚めることができた」


「かぐいかづちのかみ様。千年も、眠っていたのですか……」


「『白夜(びゃくや)』でいいよ。呼び名は白夜(びゃくや)というんだ。迦具伊加土神は神格を現す名。ヒトで言うと、苗字と名前みたいなものだね」


「白夜様……」


 ぴったりの名前だと思った。

 白銀色の髪と、透き通るような白い肌は、明け方に白みはじめた空のようだ。


「ご主人ーーーーっ!!」


 その時。突然、どこからともなく真っ白な蛇が現れた。


 蛇の背には小さな羽が生えて、(ちゅう)を飛んでいる。


 と、飛んでる……!?

 しかも、喋ってる……!?


 蛇は、嬉しそうに白夜様の周りを飛び回っていた。


「瑞守の姫巫女(ひめみこ)様、感謝いたします……!千年ぶりですよーーーー!ご主人の傷が癒えたおかげで、霊力が戻って、ワタシもまた喋れるようになりました……!」


「え、えっと……あなたは……?」


「申し遅れました。白夜様の神使(じんし)、名を(さく)と言います。どうぞ、さくちゃん、とお呼びください……!」


「さ、さく、ちゃん……?」


()れ馴れしいぞ、さく」


 白夜様は(とが)めるように言う。


「それより、浮き世に行くよ。黒龍が蘇った」


 白夜様ははだけていた着物を整えると、すっと立ち上がった。


「お、お待ちくださいご主人……!まだ傷が癒えていませんし、その……(にえ)の姫巫女様との『あれこれ』もまだですし……」


 姫巫女様とのあれこれ……?

 やっぱり、贄としてのあれやこれやがあると言うこと……!?


 晴は聞き捨てならない言葉にどぎまぎした。


 白夜様は振り返り、翡翠色の瞳で、静かに晴を見詰めた。


 綺麗な人だ。


 こんな綺麗な人と、これから『あれやこれや』をすると言うの……?


 晴も今年で十七になるが、瑞守家で虐げられて育ったから、誰かに恋をする機会なんてなかった。

 誰かとそういうことをするなんて、想像したこともない。

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