第3話:何のためにお前たち親子を生かしておいたと思っているんだい……?
激しい揺れだったが、土蔵は無事だった。
中を見ると、収蔵されていた木箱や壺が棚から落ちて、酷い有り様だった。
「これじゃあ、片付けないと生活ができないわね……」
これでは母屋の方もどうなっているか分からない。
様子を見るために母屋へ向かおうとした時だった。
「はる、空を見て……!」
母の怯えた声が響いた。
「え……っ?」
空を見上げると、暗い雲に紛れるように、真っ黒な龍が浮かんでいた。
鈍い銀色の角、金色の瞳、びっしりと生えた鱗は真っ黒だった。
「龍……?」
龍なんて、お伽噺の中にだけ出てくる存在だとばかり思っていたのに。
「言い伝えに聞いたことがあるわ。この村は大昔にも、黒い龍に襲われて、大地震に見舞われたことがあると……。その時はたしか……」
「はる……!はる……っ!!」
母の言葉を遮るように、母屋から走ってきたのは響子奥様と佐知子さんだった。
ぞろぞろと村の長やお偉方を大勢引き連れている。
「晴。お前の出番だよ。お前はこれから、龍神様の生け贄になるんだ」
龍神様の、生け贄……?
響子奥様から厳かな口調で告げられた言葉に、晴は理解が追い付かなかった。
「瑞守家に生まれた者の勤めなのですよ。千年に一度。龍神様が荒ぶった時、龍神様を鎮めるための贄となり捧げられると言うのがね」
「そんな……」
「お父様から、聞かされていなかったのかしら?」
お父様はそんなこと、何も言っていなかった。
母も初耳だったようで、呆然としている。
「龍神様は強い霊力を持つ瑞守の人間しか好まない。お前が行かないと、このままでは龍神様に村が滅ぼされてしまうんだ。村を救うためと思って、辛抱してくれよなあ、晴」
村の長はそう言うと、村人達に命じて、晴を縄で縛り上げた。
「ま、待ってください……!瑞守の人間なら佐知子様だっているでしょう?」
抗議する母も、村人達に押さえ付けられてしまう。
「正妻の子である佐知子が瑞守家を継ぐのだから、晴が贄になるに決まっているだろう?何のためにお前たち親子を生かしておいたと思っているんだい……?そうでもなかったら、お前達みたいな穀潰し、とっくに女郎屋にでも売っぱらってるとこだわ」
響子奥様は凶悪な顔をして晴に詰め寄ると言うのだった。
「晴、お前が素直に贄になると言うのなら、お前の大事なお母様は、これからも瑞守家で面倒を見てやろう。……もし、逃げたりなんかしたらお母様がどんな目に遭うか、考えてごらん?」
それは、脅しだった。
晴が拒めば、母がどんな目に遭わされるか分からない。
響子奥様は初めからそのつもりで、母と晴を生かしていたのだ。
龍神様の生け贄になる時が来た時、晴が素直に従うよう、母を人質にするために。
わざわざ二人を本邸に呼び寄せたのも、晴達が逃げ出したりしないよう、手元で管理するためだったのだ。
晴の心は震えた。
贄になる……それはつまり、龍神様に食べられるということ?
しかし、晴に選択肢はなかった。
「……分かりました。私、生け贄になります」
「晴、だめよ……!そんなこと!もう死ぬばかりの母のことなんて、考えなくていいの。晴は、逃げなさい……っ!」
母は村人達を振りほどこうと身をよじったが、か弱い母にはどうにもできなかった。




