エピローグ
かくりよにも、お月様はいらっしゃるのね。
晴は一人、縁側に腰掛けて月を眺めていた。
寝所の戸が開き、白夜様がそっと入ってくる。
さくちゃんが準備したのだろうか、白夜様は真っ白な浴衣を着ていた。
白銀色に艶めく髪と白く透き通るような肌に映える翡翠の瞳。
本当に、綺麗な方――晴はその姿に、思わず溜め息をついてしまう。
「晴、寒いでしょう。身体が冷えてしまうよ」
白夜様は、晴の隣に座ると、ふわりと晴の肩を抱いた。
自然、晴は白夜様の肩に頭を預けるような形になる。
さっきから、耳のそばで心臓の音がどきどきと鳴りっぱなしだった。
心臓の音、白夜様に聞こえてしまうのではないかしら。
そう心配に思っていたら、白夜様が反対に、晴の髪を撫でながら言うのだった。
「晴、聞こえる?僕の心臓の音」
白夜様の心臓の音……。
「聞こえます」
確かに聞こえる。白夜様の胸から、晴の耳に伝わってくる鼓動の音。
晴だけじゃなかった。
白夜様も、同じぐらい、胸を昂らせている。
「こんなに、胸がどきどきするのは初めてなんだ」
「白夜様……」
「誰かをこれほど愛しいと思うことなんて、初めてのことだから」
白夜様の言葉に、晴の胸は切ないほどにときめいた。
「私も、同じ気持ちです」
「はる……」
白夜様の震えるような声が晴を呼ぶ。
真っ白な頬を朱に染めて、晴を見詰める白夜様は、例えようがないほどに綺麗だった。
「はる……」
佐知子お嬢様や黒龍の前では、あんなに恐ろしくて冷酷な神様の表情をしていたのに……。
甘えた声で晴の名を呼びながら、幼子のように縋り付いてくる白夜様が可愛くて、たまらなく愛しかった。
――満ち足りて、幸せな夜だった。
どんなに辛い目に遭っても、どんなに惨めな思いをしても、卑屈にならず、顔を上げて前を向いていれば、いつかきっと、幸せがやってくる。
母の言葉が、胸によみがえった。
「白夜様。ひとつだけ、約束してほしいことがあるのです」
空が白みはじめた頃、晴は白夜様の腕の中、わざと強い口調で言った。
白夜様は「え……?」と戸惑った声を出す。
「もう二度と、晴を置いて、一人でどこかへ行ってしまうなんてこと、しないでください」
晴は、昨夜白夜様が一人で浮き世へ行ってしまったことを根に持っていた。
晴は屋敷に取り残されて、とても、寂しかった。
「私たちは、夫婦なのですから。晴は、どんな時も、白夜様のお傍にいたいのです。辛いことも悲しいことも、楽しいことも、全部ともにしたいのです」
「はる……分かったよ。いかなる時も、晴の傍にいると誓う」
白夜様は、晴の頬を両手で挟んで、翡翠色の瞳で晴の目を覗き込みながら言った。
「それなら、僕も晴にお願いをしてもいい?」
白夜様の子どもみたいな愛らしい声に、晴の心はきゅんとときめく。
「なんですか?」
「『白夜様』という呼び名は、他人行儀だと思うんだ」
白夜様のお願いは、意外なものだった。
「夫婦なのに、『白夜様』なんて変じゃない?人間は夫のことを、なんて呼ぶのかな……」
「そうですね……。『ご主人様』……?」
「それだと、朔みたいだな……」
「……あっ……!『旦那さま』……?」
思い付いて口にした言葉に、白夜様は顔を綻ばせた。
「旦那さま」
「はる」
「これから、よろしくお願いいたします」
(了)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
(今朝、思い付いて17.5話を挿入していますので、もしよければそちらもお読みいただければと思います)
和風ファンタジーの龍神様と言えば、かっこ良くて頼りになる美丈夫…そんなイメージが定番ですが、
可愛くて未完成な龍神様もいてもいいんじゃない……?
そんな気持ちで書き始めた本作品です。
あえてさらりと中編に納めましたが、
かくりよでの二人の生活や、白夜様が過去のトラウマを乗り越える編など、続きも書けたらいいかもな……と思ったりもしています。
続きを求む……と言ってくださる方、この作品を気に入ってくださった方、
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