第20話:晴ばっかりずるいわ
ところが、宴が終わって屋敷が静まってからも、白夜様は寝所に現れなかった。
どうして……。
晴は少し寂しい気持ちで、眠れないまま空っぽの寝具を見ていた。
***
――同じ夜。浮き世にて。
瑞守家の屋敷では、晴の腹違いの妹、佐知子が寝支度をして、布団に入るところだった。
最近、面白くないことばかりだわ。
晴はあの綺麗な龍神様の寵を受けているみたいだし。
本当なら、そんな待遇を受けるべきなのは、瑞守の正式な跡継ぎである自分のはずではないか。
――私だって、見目麗しい旦那様に愛されたい。晴ばっかりずるいわ。
そんな風に悶々と考えていた時……
庭に面した障子を叩く音がした。
はじめは風の音かと思ったが、どうやら人影が見えるような気がする。
佐知子はぎょっとした。
こんな夜更けに……?
「頼む……開けてくれないか……」
低く、艶のある男らしい美声だった。
何かひどく、苦し気な様子だ。
佐知子は美しいその声に惹かれて、思わず障子を開けていた。
「きゃ……っ」
思わず声が出る。
見たこともないような、美しい男性が、濡れ縁に倒れこむようにしなだれていたからだ。
烏の濡れ羽色のような漆黒の髪は乱れて顔に張り付き、首筋と胸に大きな傷があった。
「だ、誰か……」
人を呼ぼうとして、「し……っ」と男に止められる。
「どうか人は呼ばないでくれ。瑞守の姫巫女であるそなたと二人きりで話がしたい」
『瑞守の姫巫女』……。
佐知子はそんな風に呼ばれて、自尊心をくすぐられる思いだった。
「俺の名は徨夜と言う。本来は、この地の龍神となるべき力ある存在だ。……だが、あの晴とか言う女のせいで、力を奪われ、格下の神に地位を奪われたのだ」
男は骨張った男らしい手で佐知子の手を握り、美しい切れ長の目で佐知子を見詰めながら言った。
「正当なる瑞守の姫巫女となるべきはそなたであろう……?そなたこそ神の妻となるに相応しい方だ。
そなたの力があれば、白夜と晴を懲らしめることができる。あいつらを倒せば、この地は俺たちのものだ。そなたもこの地の神の妻として、もっと大きく立派な屋敷で一生幸せに暮らすことができるぞ……?」
正当なる瑞守の姫巫女……。
そうよ。晴みたいな賤しい出自の人間じゃなく、自分こそが神様の妻になるべきよ。
それにこの方、よく見れば晴の隣に居た男より、ずっと背も高いし、顔立ちも男らしくて素敵だわ。
村の男たちとは比べることもできないぐらい、綺麗な人……。
私の旦那様に、相応しい方ね。
佐知子はうっとりと徨夜と名乗ったその男性の瞳を見詰めた。
男の身体がゆっくりと佐知子に近づき、唇が重ねられる。
がっしりとした腕の中に閉じ込められて、佐知子は完全に、美しいその男に心を奪われていた。




