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第18話:ひとつだけ

「そうか……それはとても残念だ。自ら俺に身を任せると言えば、母親と一緒に幸せに暮らせたものを……っ」


 黒龍の朱金色の瞳が、怒りに燃え始めた。


「それでは力ずくで食らうまでよ……!」


 黒龍の背の高い大きな体が晴に迫る。


「晴……っ!」

 母の悲鳴のような声が上がる。


 晴はとっさに身をよじって黒龍から身を離し、(ふところ)から護り刀を取り出して(さや)から抜き放った。


「近寄らないで……っ!」

 抜き放たれた刀身(とうしん)は、闇夜を照らす(まぶ)しい稲光を(まと)っていた。


 この光……。

 白夜様の(いかづち)だ……。

 心がふと温かくなる。


「……晴に変なことを吹き込まないでくれるかな。千年前、あれだけの罪なき人を喰らって、(けが)れに(けが)れた荒御魂(あらみたま)が神になんかなれるわけがないでしょう」


 男性にしては少し高い、凛とした鈴の()のような涼やかな声。

 真っ白な(いかづち)のような、美しい人が目の前に立っていた。


「白夜様……!」


 晴は思わずその胸に飛び込んでいた。


「会いたかった……」

 恋しい人の胸に飛び込んで、涙が溢れてきた。


「晴。僕もだよ。僕も、晴に会いたかった」

 白夜様は、しっかりと晴を抱き締めてくれた。


「白夜……貴様の目の前で贄を(くら)って、貴様の息の根を止めてやろう……」


 本性を現したように、黒龍は禍々(まがまが)しい龍の姿に形を変えた。


「晴。護り刀を貸してくれる?」

 白夜様が晴の耳元に(ささや)く。


「はい……!」

 晴は手にしていた刀を渡した。


 白夜様が手にすると、刀身に(まと)った(いかづち)が大きく輝きを増した。


 白夜様は黒龍に相対し、地を()った。


 ひと(なぎ)で、首筋に大きな傷が入り、黒龍は悲鳴のような(うな)り声を上げた。

 その姿は美しい閃光のよう。前回黒龍と闘った時とは全く違う、力強さを感じる。


「ご主人、晴様に想われて、神格が上がっています。『愛の力』、と言うやつですね……!」


 白蛇姿のさくちゃんが、晴と母のそばで飛び回りながら、嬉しそうに言う。


「そ、そうなの?」

 晴は顔が赤くなるのを感じた。


――喰わせろ。人間を、喰わせろ……!


 手負いの黒龍は、怒り狂いながら、晴と母の元へ襲い掛かってきた。


 白夜様は軽い身のこなしで晴の前に割ってはいると、さらに一太刀、黒龍の肌を縦に切り裂いた。


――なぜだ……贄を喰らってもいないのに、なぜそんな力が……!


「諦めろ黒龍。……最後だ」


 白夜様は駄目押しのように、印を切った。


「『迦具伊加土(かぐいかづち)』」


 轟音とともに、天から柱のような(いかづち)が降り、黒龍を脳天から(つらぬ)いた。


 黒龍は激しくのたうち回った後、再び空へと逃れて行った。


――くそ……まだだ。まだ、終わりではないぞ白夜……たとえ幾千年掛かっても、俺は神の力を手に入れてやる……!


「諦めの悪いやつですね、ご主人……」


「次に会うのは千年後……かな」

 白夜様は空を見上げて呆れたように言った。


「まったくもう……ご主人がさっさと晴様を食べちゃわないからこう言うことになるんですよ……!ご主人が元の姿を取り戻せばあんなやつ、簡単に倒せるのに……!」


(さく)、母君を前にそういう話をするのはどうなのかな……」


 晴は思わず顔を赤らめていたが、母は涼しい顔をしている。


「僕は晴を贄にするつもりはないと何度も言ってるのに」


「あの、白夜様、そのお話なのですが……」


 晴には、心に決めたことがあった。

 いざ本人を目の前にすると、胸がどきどきしてしまうけど……。

 

「今までは、村を救うため、瑞守家に生まれた者の勤めとして、白夜様にお(つか)えし、白夜様のお(そば)に居なければと思っていました。でも……気付いたんです」


 晴は、白夜様のその白く綺麗な手を取った。

 白夜様の翡翠色の瞳を真っ直ぐに見詰めて、告げる。


「私は、白夜様が好きです。誰よりも優しくて強い心を持った白夜様が好き。大好きだから、あなたの隣にいたい。あなたのお傍に居られないことが、何より私には辛いんです」


 白夜様への想いが溢れて、涙が止まらなかった。


「白夜様が、哀しい気持ちを抱えているのなら、私にもそれを分けてください」


 泣いているみたいに、哀しく辛そうな顔をしていた白夜様の顔を思い出したら、(そば)にいて、少しでもその気持ちをやわらげて差し上げたかった。


 気付けば晴は、白夜様に力強く引き寄せられて、すっぽりとその腕の中に収まっていた。


「晴……」

 晴を求めるような白夜様の声が、耳元に響く。


「ありがとう」

 白夜様は少し首を(かたむ)けるようにして、晴に唇を重ねた。

 初めて、白夜様からもらった口づけだった。

 晴の胸が、(いと)しい気持ちでいっぱいになる。


 すぐ目の前で、白夜様の瞳が宝石みたいに輝いていた。


「晴……ありがとう。僕も晴が好き。晴に傍に居てもらいたい。でもそれは……」


「ご主人、気付いていらっしゃるんでしょう?晴様とご主人が結ばれ、なおかつご主人がこの先、永久(とこしえ)に生け贄を必要としなくなる方法が、ひとつだけあること」

 さくちゃんが、白夜様の傍らを飛びながら言う。


「ご主人のことだから、晴様を縛ることのないよう、あえて言わなかったんでしょうけど……」


「え……っ?」

 そんな方法があるの……?


「晴様が、ご主人と正式に婚姻され、夫婦(めおと)となればいいのです。そうすれば、晴様は迦具伊加土神(かぐいかづちのかみ)の妻として、神格を得ることができます」


「神格を得る……?それってつまり……」


「そう。神様になるってことです。心の清らかな晴様ならきっとなれます。その代わり、覚悟が必要ですけど……。この先千年、万年、幾年月(いくとしつき)も、白夜様に添い遂げる覚悟が……」


 この先千年、万年、幾年月も添い遂げる……。


 優しい白夜様は、だから晴にあえてその方法を言わなかったのね……。


「晴。僕ももう、迷うのはやめる」

 白夜様は、再び晴に向き合うと、晴を真っ直ぐに見詰めて言った。


「この先千年、万年、幾年月が経ってもずっと、僕は晴と一緒にいたい。はる……僕の妻に、なってもらえませんか?」


 白夜様は、一言ひとこと、丁寧に(つむ)ぐように言った。


「白夜様……。私も、あなたの妻になりたい。千年、万年、幾年月が経っても、ずっとあなたのお傍にいます。あなたを支えます……!」

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