第16話:ご主人は神様としては少し、優しすぎるんです。
部屋に二つの布団が並べて敷かれていた時、白夜はぎょっとした。
無理だ……。
――はあ……。朔のやつ、余計なことを。
白夜は晴を贄として扱うつもりはなかった。
晴には、ただ傍に居てもらえるだけで良いのだ。
それだけで心強く、充分力になるのだから。
別の部屋を用意し直させようか。
明日は絶対に、そうさせよう。
ひとまず、白夜はぴったりとくっ付けてあった布団を引き離すことにした。
「はる、おやすみ」
なるべく晴の方を見ないように、背を向けて布団に入る。
そして、固く目を閉じて耐えていたと言うのに……。
こともあろうに、晴が体に触れてきたのだ。
「だめだよ晴……お願い、僕に触れないで」
白夜は飛び退くように晴から身体を離し、懇願した。
理性が飛んでしまうから、とはとても言えなかったけど。
「かわいい……白夜様」
晴の明るく澄んだ声が、耳をくすぐる。
「失礼だな……かわいいなんて」
「だって本当に、かわいいんですもん。白夜様。お顔が赤いです」
晴の手が頬に触れて、完全に限界だった。
頬に触れる晴の手を掴んで、その身体を引き寄せる。
晴は、身を縮こまらせるようにして、目を瞑っていた。
自分を恐れるかのような晴のその姿を目にして、白夜の心に、ある言葉が蘇った。
——龍神様。私はあなたを許しません。あなたに身を任せるぐらいなら、私は死を選びます。
飛び散る鮮血。
今でもその感触を、まざまざと覚えている。
伊与がわざわざ、自分の目の前で喉を突いて死んだのは、龍神への深い恨みを示すためだったに違いない。
「白夜様……?」
晴の声に、我に返る。
「晴……。やっぱり僕は、嫌なんだ。生け贄の少女と引き換えに村が救われるなんておかしい」
こんなことを、繰り返していてはいけない。
こんなことをしていたら、人間は天災が起きるたびに、生け贄を差し出して、神に祈ろうとするだろう。
――僕は贄の力に頼らず、自分の力で黒龍を倒さなければならない。
晴には浮き世へ帰ってもらおう。
それなりの住処を用意してやって、母君と、そして、誰か晴を想ってくれる人と一緒に、幸せに暮らすんだ。
***
「はあ……」
「晴様、朝からため息ですか?昨夜はいいこと、ありました?」
翌朝、晴はさくちゃんと一緒に台所に立ち、朝食の準備をしていた。
「いいこと……」
昨夜のことを思い出すと、胸がどきどきと騒いだ。
白夜様に引き寄せられて……思わず目を瞑って……次に目を開けた時、白夜様はとても辛そうな顔をしていた。
まるで、泣いているみたいに見えた。
「さくちゃん。千年前、何があったか、聞いてもいい……?」
「千年前ですか……」
さくちゃんもため息をついた。
よほど、思い出したくないようなことがあったのだろう。
「ご主人は何も悪くないんです。ただ……ご主人は神様としては少し、優しすぎるんです」
千年前、荒御魂となってしまった力ある黒い蛇が、黒龍の姿となって村を襲った時。
今と同じように村で霊力のある乙女が生け贄に選ばれた。
乙女の名は伊与と言ったが、彼女には相思相愛の想い人がいた。
伊与を深く愛していた想い人の男は、彼女が生け贄として連れていかれる際、彼女を守ろうと、たった一人村人たちに抗議して、惨殺された。
哀しみにくれた伊与は、生け贄を求めた龍神を深く恨んだ。
「そして、ご主人の目の前で、まるで自らの恨みを見せつけるみたいに、刃物で自分の喉を突いて、命を絶ったんです。優しいご主人は、罪もない少女が目の前で死んでしまったこと、それはそれは哀しんでいらっしゃいました」
「だから……白夜様は、あんなに頑なに、生け贄を拒んだのね。荒御魂に立ち向かうには、姫巫女の霊力が必要だけど、そのせいで犠牲になってしまった命があったから……」
白夜様の気持ちを考えたら、晴は心が痛んだ。
悪いのは、白夜様ではないのに……。
「姫巫女様の力を得られなかった白夜様は、黒龍と刺し違えるように、大きな傷を負いました。そして……呪詛のこもったその傷を、晴様に癒してもらうまで、千年、祠の中で眠ることとなったのです」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!!!
第二章はここで終わりです。
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第3章で、いよいよ完結です。
二人の攻防を、最後まで見届けていただけたら幸いです。




