第14話:神様って、みんなこんなに頭が固いものなのかしら。
土蔵の重い扉を開けると、母は布団の上にうずくまっていた。
「お母さん……!」
顔を上げた母の顔は、涙に濡れてやつれきっていた。
その姿を見たら、母の心痛がどれほどのものだったかが伝わってきて、思わず涙が溢れそうだった。
あの時は、母を助けるために必死で、遺される母の気持ちにまで思いが及ばなかったのだ。
自分の命と引き換えに、娘を生け贄に差し出さなければならなかった母の思いは、どれほどのものだっただろう。
「お母さん、ごめんね……!」
晴は母の傍らに駆け寄り、その痩せ細った体をしっかりと抱き締めた。
「はる……?ほんとうに、晴なの……?」
母は信じられないものを見たように、呆然としている様子だった。
「うん。晴だよ。晴だよ、お母さん」
晴は抱き締めた肩越しに、しっかりと答えた。
「だけどどうして……?もう、二度と会えないものかと……」
母は確かめるように何度も晴の顔を見ながら言った。
「ここにいらっしゃる龍神様――白夜様が、助けてくださったの」
晴は母から体を離し、後ろで二人を見守っている白夜様を示した。
「龍神様……?このお方が……なんと、畏れ多いこと……」
母は頭を深々と下げて震えていた。
「顔をあげてください、晴の母君。僕はこの地の氏神であり、この地の山河を司る迦具伊加土神です。晴を贄として遣わしてくれたこと、心から感謝します」
「これから、また一緒に暮らせるんだよ。『かくりよ』という神様の住まう場所にある、白夜様のお屋敷で、お母さんも一緒に住まわせていただけることになったの」
「まあなんと有難いことでしょう……こんな……夢のようなこと……」
早く母を、お屋敷に連れて行きたかった。
今までみたいに、冷たい土蔵の煎餅布団で震えながら眠る必要はないのだ。
滋養のあるものをお腹いっぱい食べさせてあげられる。
ちゃんとした食事と温かい寝床があれば、弱った母の身体も癒えるはずだ。
かくりよへの入り口のある龍神様の祠へ向かう道々、昨夜の出来事を母に説明した。
食事もろくに取っていない母は弱り切っていたので、さくちゃんを変身させて負ぶってもらったら、目を白黒させていた。
「……母のこと、本当にありがとうございます。あの家に暮らしていた時は、こんな日がくるなんて、思いもしなかった」
「でも晴、本当にいいの?母君と一緒に、浮き世で暮らしてもいいんだよ。晴は人間なのだから、浮き世で相応しい相手と結ばれた方が幸せかもしれない」
「この期に及んでまだそんなことを仰るのですか、ご主人は……!」
さくちゃんが憤慨する。
「でも晴は、母君を人質に取られていたから、嫌々生け贄にされたんでしょう?母君を返してもらえたなら、もう生け贄になる必要なんてないのに」
神様って、みんなこんなに頭が固いものなのかしら。
頑なにそんなことを言い続ける白夜様に、晴は頭を悩ませた。
「じゃあ白夜様。こうしましょう。私は生け贄ではありません。私は、白夜様のお力になりたい。私は、白夜様のお力になるために、自分の意志であなたのお傍にいるんです。あなたのお傍に居たいから、居るんです」
「僕の傍に居たい……?本気で言っているの?晴」
表情の薄い白夜様が、少しだけ顔を赤らめているのが、なんだか愛らしかった。
「もちろんです、白夜様。白夜様のお傍にいて、白夜様をお助けしたいんです」
「……分かったよ。じゃあ、黒龍を倒すまで。僕が黒龍を倒すまでだよ。そうしたら、晴は浮き世へ帰ってもらう。君は、人間と結ばれて、幸せになるべきなんだから」
晴は思わず微笑んだ。
それでもかまわない。
今はただ、この方のお傍にいたい。
晴は隣を歩く白夜様の手を取った。
晴は気軽な気持ちでその手を取ったのに、白夜様には激しく振り払われてしまった。
「だ、だめ、晴。やめて……」
拒絶されたのかと思ったら、白夜様の顔は真っ赤だった。
「その……は、恥ずかしいから……」
可愛い……。
そんなに可愛い顔をされると、ますます手を握ったり、抱き締めたりしてあげたくなってしまう。
さっきまであんなに恐ろしかったのに、まるで別人みたいだ。
「だめだよ、本当に、だめ……!」
「ふふふ……なんともいじらしいお二人ですね、母君。なんだか、うまく行きそう。晴様は、素敵な娘様です」
晴と白夜様の後ろを歩くさくちゃんが、背中の母にこっそり呟くのが、晴にも聞こえた。




