第10話:朝餉
白夜が次に目を醒ました時、そこは柔らかい布団の上だった。
「また、手当てをしてくれたのか……」
身体を起こすと、腕の傷にも、晴の衣を引き裂いて作った包帯が巻かれていた。
傷みはない。
「ここは、かくりよか」
千年ぶりに帰ってきたかくりよの棲み家だった。
朝餉のいい匂いがしてくる。
「あ!晴さまーーー!ご主人が目を醒ましましたよーーー!」
いつも通りの朔のやかましい声が響く。
「朝からうるさいなあ朔は……。もうちょっと静かにできないの?」
「静かにしてる場合じゃありませんよ!晴様が、ご主人のために朝ごはんを準備してくれたんですよ……!!朔は感激です……!さあさあ、早く食べに行きましょうよ……!」
白夜は仕方なく身体を起こして食事の間へ向かった。
以前は、朔の用意する適当な供物を口にしていただけで、料理らしい料理など食べてはいなかった。
そもそも、龍神に人間と同じような三度三度の食事など、必要がないのだが……。
「あ……、おはようございます!白夜様。具合はどうですか?」
食事の間に行くと、てきぱきと朝餉の準備をする晴がいた。
朔が準備したのか、昨日の白無垢とは違う桜色の小袖を着て、たすき掛けをしている。
「うん……」
昨日の口づけを思い出してしまう。
あんなことがあった後だから、居心地が悪いなあと思いながら、白夜は晴と目を合わせないように席に着いた。
「ありがとう。おかげで、もう大丈夫だよ」
「そうですか…!良かった。心配したんです。急に倒れられたから」
晴の用意してくれた朝餉は、とても美味しそうだった。
ここに居を構えてから一度も使ったことのなかった箱膳に供された、菜っぱの味噌汁と卵焼き、焼き魚とつやつやな白ご飯。
「さくちゃんと一緒に買い物にも行ったんです。かくりよって、すごいですね……!大きな街みたい。神様もたくさん住んでいらっしゃって……」
白夜は思わず微笑んでいた。
村から無理矢理連れてこられたと言うのに、明るくはしゃいでいる。
本当に、不思議な少女だ。
「美味しい……」
白ご飯って、こんなに美味しいんだ。
熱い味噌汁とともに口にした白米の甘さに、白夜は驚いてしまった。
「良かった。白夜様のお口に合ったみたいで。瑞守の家ではいつも私が食事を作っていたので、料理は慣れているんです」
「そうなの……?」
白夜は首を傾げた。
瑞守の巫女と言えば、村の中でも厚待遇で、下女も居て、着るもの食べるものにも困らないような生活をしているはずなのだが、自ら食事を作ったりもするのだろうか。
そう言えば、傷の手当ても随分手慣れている様子だった。
「晴も食べて。人間は、食べなければ死んでしまうんでしょう?」
「え……ご一緒して良いのですか?」
晴は戸惑っている様子だった。
「もちろんだよ」
家族みたいだ。
ずっと朔と二人きりだった白夜は、こんな生活はしたことがなかった。
人間の夫婦も、こんな風に朝に夜に一緒に食事をして、眠るんだろうか……。
そんな風に想像したら、なんだか人間の暮らしにも憧れるような気持ちがした。
「でも、晴。本当に、浮き世に帰らなくていいの?村や家族が恋しくはない……?」
「そうですね……」
晴は悩むような素振りをした。
ほら、やっぱり……。
晴だって本当は村に帰りたいはずだ。
晴にだってきっと、晴を待つ人たちがいるはずなのだから。
「……ご主人、晴様は村ではあまり良い扱いをされていなかったみたいなのです。晴様の手を見てください。あかぎれだらけで……。お着替えを手伝った時にも、お身体には打たれたような跡が……」
白夜は驚き、顔をしかめた。
伊与の時と同じだ……。
人間は、いつの世も同じような愚かなことを繰り返しているのか。
「それは……いいのです。過ぎたことですから。それよりも、ひとつだけ、お願いがあるのです」
晴は箸を持つ手を止めると顔を上げ、白夜を見詰めながら言った。
「母のことなんです」
晴の声は、切実だった。
「実は私、ここに来る時に村の人や瑞守家の当主様に言われていて……勤めを果たさなければ、母に危害を加えるって……」
「なんだって……?」
晴の口にした言葉は、衝撃的だった。
それじゃあ、やっぱり晴は、無理矢理連れてこられたんじゃないか……。
母の命と引き替えに連れてこさせるとは、相変わらず人間は卑怯なことをする。
そして同時に、深い落胆と寂しさも覚える。
村を守るため、と覚悟を決めたあの言葉も、身を投げ出すような口づけも、すべては母を人質に取られていたため……。
やはり自ら望んでしたことではないのだ。




