わだかまり
もしもこの世界が地獄だとしたら。
と考えた事はないだろうか。大陸各地に点在する人々、はたまたま島国にい至るまで、
どんな言葉を使っていても、似通った話を人々は伝えています。
彼らに死んだらどこに行くのかと聞いてみれば。
皆一応に悪い事をしたなら地獄へ、
良い行いをしたのなら天国へ行くと答え、はたまた無に帰ると言う人々も一定数必ずいるのです。良し悪し、善悪などはその土地によって変わるみたいなのだけれども。そのどれもの話に共通して出てくるのが「魂」なのですよ、人々は皆、魂.意識.精神.呼び方は変われど、ありとあらゆる人々は魂を自分の格、故郷だ考えているです。身体は朽ち、言語は変わり、文化は争いで消えていく。
だが魂だけは、どの伝承でも“不滅”とされている。
それは何故なのでしょうか?
人々は人間は無意識に知っり感じているのです。
この世界がどれほど混沌で、残酷で、
絶望のような痛みに満ちていても──
魂だけはそこから逃れられる、と。
それこそが、天国と地獄の話が
世界中で同時に生まれた理由なのかもしれないですし。
そしてこうも考えられるのです。
もし本当にこの世界が地獄なのだとしたら、
魂という存在は“外の世界”をいまだ忘れていないのだと。
肉の牢獄の奥で、
かつての故郷をぼんやりと覚えている者。
それが、人間と呼ばれる生き物なのかもしれない。
世界中のすべての人間が心をそろえ、
“上へ還りたい”と願いを重ねれば、
魂はこの世界から浮かび、故郷へと帰ることができたのだ。
たったそれだけ。
争わず、奪わず、騙さず、
ただ心をひとつにして祈るだけでよかった。
世界がひとつの意志を持った瞬間、
“下の世界”は終わり、
すべての魂はもとの光へ戻れたと伝えられている。
しかし、それは決して実現しなかった。
なぜか?この世界の人間は、神に作られた存在の中でただ一つ──
“想像し、創造し、神の真似事ができた種族”だったからだ。**
本来、地獄とは罰の場所ではない。
“創造の力を持ちすぎた魂を封じるための隔離層”なのです。
他の世界の魂にはできないことが、
人間にはできてしまった。
想像し、形にする力。
言葉を作り、文化を作り、
道具を作り、都市を作り、
ついには神の領域に踏み込もうとする力。
その力は本来、
天の光の世界でのみ許された特権だった。
ゆえに、一部の魂は堕とされた。
“創造できる魂を、神々は危険視した“のだ。
彼らはこの“下の世界”で互いに争い、
自分たちだけの神を作り、
神の真似をしはじめた。
そうして人間は分裂した。
祈りは一致しない。
願いは揃わない。
世界はひとつの方向を向かない。
だからこそ──
全人類が心を合わせて“上に行く”という唯一の脱出口は、
永遠に閉ざされた。
人は自由であるがゆえに、
創造できるがゆえに、
互いに異なる世界を思い描くがゆえに、
決して一つにはなれなかった。
その力こそが、神に近すぎたゆえの罰だった。
この世界が地獄なのは、人間が“最も神に似た存在”だったからである。**
創造できる力を持つ魂。
変化を起こす力を持つ心。
世界そのものを書き換える想像。
これらを持つ者は、光の世界にいてはいけない。
だから人間はここにいる。
善悪が揺れ、
苦しみが絶えず、
争いが生まれる世界。
それは“地獄として設計された場所”であり、
創造の力を持つ魂が唯一閉じ込められた階層なのだ。
そして今もなお、
人類は心を合わせることができず、
出口の扉は閉ざされたままなのです。




