#8 途切れた光路 ― 再び動き出す運命
#8 途切れた光路 ― 再び動き出す運命
翌朝、学校へ向かう途中。
いつもの通学路が、今日はやけに遠く感じた。
沈黙の夜は続いたままだが、昨夜――井戸の奥で揺れた微かな光を思い出すたび、胸の奥がざわつく。
「……あれは、なんだったんだろ」
誰にも聞こえない小さな呟き。
返事なんてあるはずもないのに、耳が勝手に“声”を探してしまう。
――ニカ。
あの一瞬だけの光は、彼女の意思なんじゃないか。
そんな考えが浮かんでは消える。
確証なんてない。でも、確かに“何か”はあった。
竹内が肩を叩いた。
「おい、またボーッとしてただろ」
「や、ちょっと寝不足で」
「最近そればっかだな。……ほんとに大丈夫か?」
竹内の声に優しさが返って、胸が痛くなる。自分の気持ちに素直に慣れないまま時間だけが過ぎて行く。
‐アガルタ‐
ニカは薄い光の通路を歩きながら、深呼吸を繰り返していた。
昨夜、光片をアンリフィスへ流したあと、胸に残った温かさはまだ消えていない。
審問の重圧にも押し潰されず、今はただ――良太の声を思い出す。
そのとき。
「ニカ補佐。光議会より呼び出しだ」
背後から低い声。
振り向くと、レオンが立っていた。光議会直属の“監察官”だ。
ニカの背筋がこわばる。
「……また、審問、ですか?」
「違う。ただの確認だ」
言葉だけは穏やかだが、目は笑っていない。
ニカは歩きながら、胸の中で祈った。
昨夜の行動が露見していませんように、と。
‐地上‐
良太は授業中も集中できず、ノートには落書きのような波線ばかりが並んだ。
(……どうしたら、もう一度話せるんだ?)
地底へ行く方法なんてあるわけがない。
井戸に叫んでも返事はない。
でも、あの光――あれはただの幻覚じゃない。
考えすぎて、ノートにいつの間にか“ニカ”と書いてしまう。
「お、千間。彼女できたのか?」
竹内がからかうように肘でつつく。
「まだ、できてねぇよ」
「じゃあ、その名前はなんだよ?」
「……秘密」
「ニヤニヤしてんじゃねぇよ」
笑いながらも、竹内の表情には心配が残っていた。
本当に良い友人だ。
その分、素直に言えないことが増えていくのがつらい。
‐アガルタ‐
光議会の大広間。
ニカは緊張で指先が振るえていた。
レオンが議員に何か囁くと、老人の議員がゆっくりと顔を上げた。
「ニカ。外界との交信路は現在封鎖中だ。これは知っているな?」
「……はい」
「我々は均衡を保つため、重要な判断をしている。その理解はあるか?」
「あります」
老人は深く頷き、次の言葉を選ぶように続けた。
「お前は昨日――異常な光の揺らぎを観測したのを知っているか?」
心臓が跳ねた。
まさか、光片の共鳴が議会の測定器に引っかかったのか。
ニカは唇を噛む。
「……いえ、存じません」
「そうか。ならよい」
その言葉に少しだけ安堵しそうになった瞬間、老人が続けた。
「だが、この揺らぎは……“地上側から”微弱な同調があった可能性もある」
「……!」
地上から?
良太が――?
そんなはずはない。
彼にはアンリフィスを操作する手段がない。
議員は表情を変えないまま言った。
「ニカ。我々は警戒している。地上側にも“感応者”が生まれた可能性がある。お前の交信が引き金になったとすれば、重大な問題だ」
その言葉は胸を切り裂くようだった。
> 良太が……危険に?
そんなこと、絶対にさせない。
その頃、地上。
良太は放課後すぐに学校の裏庭へ走っていた。
昨夜の光を確かめたくて仕方なかった。
旧校舎の影に隠れるようにして、井戸の前に立つ。
冷たい風が頬をかすめた。
「……また来たよ。ニカ」
沈黙。
しかし――
どこからともなく、ほんの微かな振動がした。
……ザ……ザザ……。
え?
耳鳴りか?
そう思った瞬間、胸の奥が熱くなる。
これは――偶然じゃない。
「ニカ!? 聞こえるのか!?」
叫んだが、声は暗闇に吸い込まれるだけ。
けれど、確かに何かが“動き出した”感覚があった。
良太は拳を握った。
> もう待つだけはやめよう。
> ニカに、もう一度声を届けたい。
> 会えないとしても、繫がりを取り戻す方法を探す。
‐アガルタ‐
アガルタに戻ったニカは、議会の言葉を思いだしながら、自室の扉を閉めた。
良太が感応者かもしれない――
そんな危険視をされれば、次はもっと厳しい措置がとられる。
(わたしのせいで、良太が……)
胸がぎゅっと痛んだ。
「……守らなきゃ」
小さく呟いた。
震えていたが、瞳は強く輝いていた。
> 良太に危険が及ぶ前に、
> わたしが……動かないと。
この世界の均衡がどうとか、光議会の掟がどうとか、今はもう関係なかった。
大切なのは――彼との絆。
ニカは決めた。
沈黙のままなんて嫌だ。
奪われるくらいなら、取り戻す。
地上では、良太が同じように決意を固めていた。
「待ってるだけじゃ、何も変わらない」
井戸の前で、夜風に髪を揺らしながら呟く。
> ニカの世界に触れる方法があるはずだ。
> アガルタに繫がる謎を、俺が探す。
同じ星の裏側で、
同じ時刻に、
離れた二人が同じように覚悟を固めていた。
途切れた光路は、静かに――再び動き始める。 #9へ続く




