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エピローグ 境界のない日常

 エピローグ 境界のない日常

 ――1年後。

 朝の光は、昔と同じように差し込んでいた。

 ただ一つ違うのは、

 それが“どこから来ているか”を、誰も気にしなくなったことだ。


 校舎の窓際。

 良太は、頬杖をつきながら外を眺めていた。

 グラウンドでは、いつも通りの風景。

 部活動の声、ボールの音、笑い声。

 だが時折――

 光が、わずかに揺れる。

 それはもう、異常ではない。

「……今日も来てるな」

 小さく呟く。

 その視線の先。

 校舎の端、誰もいないはずの場所に――

 淡い白光が立っていた。

 ニカだった。

 完全に“実体”ではない。

 だが、もう幻でもない。

 彼女は、こちらに気づくと軽く手を振る。

 良太も、同じように手を上げた。

 それだけで十分だった。


 ――アガルタ。

 かつての「閉じた世界」は、もう存在しない。

 光導路は、今も静かに流れている。

 だがその役割は変わっていた。

 監視ではない。

 接続だ。

 アンリフィスには、地上の“音”が流れている。

 笑い声。

 足音。

 風の音。

 そして――

 名前を呼ぶ声。

 ニカは、それを聞きながら歩いていた。

 以前のような制限はない。

 だが、完全な自由でもない。

 違う。

「選べる」という状態だった。

「……今日は、そっち行こうかな」

 小さく呟く。

 すると、空間がやわらかく開く。

 それはもう“侵入”ではない。

 ただの通過。


 ――第三座標。

 かつて“未定義”だった場所は、今もそこにある。

 だが、形は変わっていた。

 曖昧な空間ではない。

 無数の“通り道”が交差する場所。

 人が通るたびに、わずかに形を変える。

 選択の痕跡が、重なっていく。

 その中心に――

 ノアはいた。

「……また増えてる」

 小さく笑う。

 新しい“揺れ”。

 新しい“迷い”。

 そして――

 新しい“選択”。

 ここには、時々誰かが迷い込む。

 名前を決められなかった人。

 選択を押し付けられた人。

 ノアは、ただそれを見ている。

 かつての“観測者”のように。

 だが、違うのは――

「……決めなくていいよ」

 そう、声をかけること。

 干渉ではない。

 否定でもない。

 ただ、“選べる”ことを伝える。


 ある日。

 小さな子どもが、第三座標に立っていた。

 不安そうに、周囲を見回している。

「……ここ……どこ……?」

 ノアは、ゆっくり近づく。

 怖がらせないように。

「……通り道だよ」

 子どもは首をかしげる。

「……どこに行くの……?」

 ノアは、少し考えて――

 そして、答える。

「……自分で決める場所」

 子どもは、少し黙ってから言った。

「……決められないときは……?」

 ノアは、微笑んだ。

 あの日と同じように。

「……そのままでいい」

 光が、やわらかく揺れる。

 第三座標は、何も急かさない。


 ――地上。

 夕暮れ。

 良太は、校舎裏に立っていた。

 かつて井戸があった場所。

 今はもう、封鎖も装置もない。

 ただの空き地。

 でも――

「……来たな」

 空気が、わずかに変わる。

 ニカが現れる。

 今度は、少しだけはっきりと。

 以前より、確かに近い。

「……今日は遅かったね」

「授業長引いた」

 そんな、何でもない会話。

 だが、その間に――

 もう“境界”はない。

 少し遅れて。

 別の方向から、ノアが歩いてくる。

「……二人とも、先に会ってた」

 良太が笑う。

「そりゃな」

 ニカも微笑む。

「通り道、近いから」

 ノアは、その言葉を聞いて、少しだけ空を見上げた。

 地上の空と、アガルタの光が、ほんの少しだけ重なっている。

「……ねえ」

 ノアが言う。

「……これって、普通になったのかな」

 良太は少し考えてから答える。

「……まだ珍しいけどな」

 ニカは、静かに言った。

「……でも、特別じゃなくなるよ」

 ノアは、ゆっくり頷く。

 それは、寂しさではない。

 むしろ――

 望んでいた形だった。


 世界は、もう閉じていない。

 だが、壊れてもいない。

 境界は残っている。

 ただ――

 越えられるようになった。


 名前は、与えられるものではなくなった。

 選択は、押し付けられるものではなくなった。

 そして――

 恋は、もう観測されるものではない。


 それは、ただ当たり前に、

 そこにある。


 ノアは、二人の隣に並ぶ。

 何も決めていない未来。

 まだ続いている理由。

 それでいい。

「……行こうか」

 良太が頷く。

 ニカも微笑む。

 三人は、同時に歩き出す。

 どこへでも行ける場所へ。


 ――世界は、いまも更新され続けている。

 終わりではなく。

 完成でもなく。

 ただ――

 選び続けられるものとして。

 ――終わりの、その先へ…


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