#55 理由はまだ言葉にならない
#55 理由はまだ言葉にならない
――第三座標。 光は静止していた。揺れない。迫らない。促さない。ただ、入力を待つ“余白”として存在している。
少女はその中央に立っていた。 正確には――立っている、という感覚だけがある。 足元の感触は、まだ決まっていない。
《次工程:理由入力》《形式:未指定》《言語:不問》
少女は唇を噛んだ。 「……理由って……言葉で言わなきゃ……だめ?」 第三座標は即答しなかった。 代わりに、空間の密度がわずかに変わる。拒否でも肯定でもない反応。
ニカが静かに言った。「……言葉じゃなくてもいい、でも“嘘”は通らない」
少女は目を閉じる。 思い出そうとした。生まれた理由。生きてきた理由。ここにいる理由。
――だが、どれも違う気がした。
良太が少女の横に立つ。 距離は近いが、触れない。「……無理に探すな。理由ってのは、思い出すもんじゃない」
少女はかすれた声で聞く。「……じゃあ……どうやって……」
良太は少し考えてから言った。「……今、ここにいる理由だよ」
その瞬間、第三座標が微かに脈動した。
《入力補助:現在時参照》
――地上。 解析車両のモニターに、異常ではないログが流れる。だけど“異常でない”こと自体が異常だった。
「……工程が進んでいない」研究員が呟く。「……でも、止まってもいない……」
主任は画面を睨んだまま言った。「……世界が“待っている”状態だ」「そんな状態……」 「……設計上、想定されていない」
主任は小さく続ける。「……だが今は、必要だ」 ――アガルタ。 光議会は沈黙していた。誰も命令を出さない…出せない。アンリフィスが低い光度でログを投影する。《観測状態:介入不可》《理由:工程優先権=本人》
誰かが呟く。 「……世界が……待たされている……」
レオンは目を閉じたまま、静かに答えた。 「……待たされているのではない。……初めて、待っている」
――第三座標。 少女の胸が、ゆっくり上下する。呼吸が、少しだけ楽になっていた。
「……ここにいる理由……」 視界に、断片が浮かぶ。 誰かの声。拒否された選択。 決められなかった瞬間。 名前を呼ばれなかった記憶。
少女は、はっきりと“分からない”まま言った。 「……私は……決められなかった」 声が震える。 「……決められないまま……ここに来た……」
第三座標は、その言葉を切らなかった。 否定もしなかった。
《入力検証:継続》
ニカが小さく息を吐く。 「……それでいい」
少女は続ける。 「……でも……決められないって……間違いだと思ってた……だから……誰かに決めてほしかった……」
良太が言う。 「……それでも今、ここにいる」
少女は頷いた。 涙は落ちない。 だが、確かに感情は存在していた。
「……だから……理由は…… “決められなかった私が、まだ決めようとしてること”……」
空間が、はっきりと反応した。
《理由入力:受理》 《形式:未完了》 《状態:進行形》
ニカの目が見開かれる。 「……未完了……?」
第三座標は答えるように、光を強めた。 《理由は完結を要求しない》 《継続を保持》
良太は小さく笑った。 「……世界にしては、ずいぶん優しいな」
第三座標は、答えない。 だが、確かに――肯定していた。
――地上・アガルタ・第三座標。 三世界は同時に、新しいログを受信した。
《工程更新》 《名称未定》《理由:進行中》 《世界は引き続き、回答を保留》少女は、初めて顔を上げた。 まだ名前はない。 だけど――存在は、確かに“選ばれていた”。
次に決めるのは、名前ではない。 それを選び続けるかどうかだ…。
#56へ続く




