#51 追跡する者、選択する者
#51 追跡する者、選択する者
目覚めたのは、世界の側だった。
地上の夜空が、わずかに揺れた。
どの国家の観測衛星も、
どの研究施設の測定機器も、
どの宗教機構の占星術も――
意味をつけられなかった。
ただ、異常だけが記録された。
光議会の最上層。
中央の虚空に浮かぶ投影板が、
異なる波形を重ね始めていた。
「……これは……何の座標だ……?」
観測官の一人が声を漏らす。
「地上でも……アガルタでもない……」
レオンが眉を顰めた。
「……第三領域……?」
その言葉が落ちた瞬間、
投影板の中心が震えた。
《未定義領域、再観測開始》
《観測対象:複数》
《識別不能:“逃げた者”を含む》
観測官たちは、血相を変えた。
「……逃げた者……?」
「……まさか……」
レオンは、
薄く唇を歪めた。
「……やはり……匿っていたか……」
彼の瞳に宿るのは、怒りではなかった。
それは――恐怖だった。
「……観測の規則が乱れる……」
「……決定は……遅れを許さない……」
観測官が震える声で問う。
「……追うのですか?」
レオンは、
ゆっくりと目を閉じた。
「――追う」
第三座標――
少女は歩きながら、
何度も後ろを振り返った。
光は追ってこない。
だが追跡は、
音ではなく、波でもなく、
もっと別の形で迫ってくる。
「……ねえ……」
少女は、
歩みを止めて口を開いた。
「……なんで……迎えに……?」
ニカは答えない。
少女は、笑ったような、泣いたような顔になる。
「……私……」
「……邪魔だった……のに……」
良太は、肩をすくめた。
「……邪魔じゃないだろ」
少女は黙る。
良太は、続けた。
「……世界にとっては、邪魔かもな」
「……でも、俺たちにとっては……」
少女は、小さく息を呑む。
良太は、“定義しきらない”ように言った。
「……大事だよ」
少女は、かすかに頬を染めた。
ニカは横目で見つめながら、
小さく笑った。
「……そういうの……世界が一番嫌いだよ」
良太はそれに頷く。
「……だから追ってくる」
少女は、少しだけ怯えたように聞く。
「……捕まったら……どうなるの……?」
ニカは――はっきり答えた。
「……決められる」
少女は目を細める。
「……名前を?」
「……人生を?」
「……終わり方を?」
ニカは頷いた。
「……全部」
少女の手が震える。
良太は、その手とニカの手を
両方まとめて握った。
「……なら……逃げるしかないだろ」
その瞬間。
第三座標の空が、一斉に反響した。
《観測開始→追跡へ移行》
《対象:三》
《優先度:“選択する者”》
少女は顔を上げた。
観測の光は、
もう“見ているだけ”ではなかった。
捕まえに来ていた。
良太は息を吐く。
「……来たな……」
ニカは少女の手を握り直す。
「……行くよ」
三人は走り出した。
第三座標が震える。形を変える。
境界を焦がす。
観測者は、遥か後方で呟いた。
「……世界は……まだ……答えを許していない……」
「……だが……決定は……もう向こう側にある……」
光が迫る。
捕獲でも、排除でもない。
定義しに来た。
三人は、より深い方へ走った。
その先に何があるのか、
まだ誰も知らない。
#52へ続く




