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#5  揺れる心と禁忌の選択

#5  揺れる心と禁忌の選択


 アガルタ中央都市ルミナ・シティ。

 その中心にそびえる白光の塔――光のルミネア・スパイア


 ふだんは市民が近づくことすら畏れる、権威と禁忌の象徴。

 その地下階層の奥深くに、ニカはひとり連れてこられていた。


 「……ここ、どこ……?」


 足元には淡く光る石畳。

 壁面に埋め込まれたルミナ鉱石が、脈拍のようにゆっくりと光を明滅させている。


 緊張のあまり、呼吸が浅くなる。


 すぐ横には、呼び出しの使者としてついてきた補佐官レオンが、無表情で立っていた。


 「ニカ・エルフェリアこれより、光議会ルミア・カウンシルによる審問を受けてもらう…」


 「し、審問って……なんで私が……」


 「お前が地上との《共鳴》を疑われているからだ」


 レオンの声は冷たい氷そのものだった。


 (良太の声が……議会にバレた?

  どうして……? あの井戸は、誰も知らないはず……)


 胸の奥がざわつく。

 けれど、否定する言葉が出ない。


 だって、確かに――彼との《共鳴》は、この世界の掟を破る行為だったのだから。


 扉が、音もなく自動で開いた。


 そこは、白光に満ちた広い円形の部屋だった。

 段状に並ぶ席に十数名の議員たちが座り、その最上段には、光議会の長官ガルドが鎮座している。


 白銀の髭、鋭い瞳。

 その存在感だけで、空気が張り詰めた。


 「……入れ」


 小さく響いた声なのに、鼓膜が震えるほどの重みがあった。


 ニカはゆっくり歩き出す。

 足が震えているのが、自分でもわかる。


 中央に立つと、光の柱がすっと降りてきた。

 それは拘束ではなく、“真実を見るための光”と呼ばれる議会の儀式装置だ。


 (嘘は……つけない……)


 ニカはごくりと唾を飲んだ。


 ガルドが立ち上がる。


 「ニカ・エルフェリア……お前は《地上との接触禁止》の第一条を破った疑いがある」


 「……っ!」


 「質問に答えよ。

  お前は《地上人の声》と接触したか?」


 胸がぎゅっと締めつけられる。


 嘘をつけば、光が反応する。

 けれど、本当のことを言えば――良太に危険が及ぶ。


 「私は……」


 言葉が喉に詰まる。


 議会の誰かが呟いた。


 「時間がかかりすぎる。やはり“黒”か」


 「若い者は地上に幻想を抱く。愚かなことだ」


 「破壊の病(カルマ汚染)が再び広がる危険性もある」


 責めるような声が、冷たい光の空間に反響した。


 ニカは拳を握りしめる。


 ――でも、良太は危険なんかじゃない。


 むしろ彼の声は、

 地上への憧れや、優しさや、未来への希望をくれた。


 その記憶が胸を満たす。


 そして、彼の声が脳裏で響いた。


 『ニカの世界、どんな場所なんだろうな』


 ただの質問だった。

 でもそれは、互いに歩み寄ろうとする言葉だった。


 (……大切な人の声だ)


 ニカはゆっくり顔を上げた。


 「……はい。声が、聞こえました」


 部屋の空気が揺れる。


 ガルドの目が細くなる。


 「やはり、接触していたか」


 「でも……でも違うんですっ!

  私から話しかけたわけじゃなくて、突然、井戸から声が――」


 「井戸?」


 議員たちがざわつく。


 「“共鳴のエコーホール”か?」


 「まだ存在していたとは……!」


 「シラ・エルフェリア……の血筋……やはり彼女が鍵を」


 ——祖母の名前が、議場を走る。


 ガルドが手をあげると、ざわめきが止まった。


 「ニカ。

  お前は地上人と“私的な会話”を交わしたのか?」


 「……はい」


 嘘はつけない。


 光が瞬く。


 ガルドの瞳は氷より冷たく、しかしどこか哀しみを帯びていた。


 「ならば、その地上人は……お前にとって何だ?」


 ニカの心臓が跳ねる。


 良太の声。

 笑い声。

 不器用で優しい返事。

 夜の井戸越しの、秘密の会話。


 胸の奥が熱くなる。


 嘘はつけないのだ。


 そう思うと、逆に言葉が素直にこぼれた。


 「……大切な人、です」


 議会が一瞬、静寂に包まれた。


 そして次の瞬間――


 「禁忌だ!」


 「地上人と心を交わすなど!」


 「前例はある、だが許されぬ!」


 「感情が暴走すれば、共鳴暴発の危険も……!」


 怒号が渦巻き、光の柱が揺れた。


 ニカは目を見開く。


 (良太を……彼を危険扱いなんて、そんなの……)


 反論しようと口を開いたそのとき、ガルドが言った。



 「静粛に」


 そのひと言で、議場は凍りついた。


 ガルドはゆっくりと段を降り、ニカの正面へ歩み寄る。


 背が高く、影が覆いかぶさる。


 「ニカ・エルフェリア……

  お前は今日より“監視対象”となる」


 「……!」


 「さらに、井戸を通しての地上人との交信は一切禁止とする」


 心臓がぎゅっと縮む。


 良太との夜の会話。

 それが全部奪われる。


 だが、ガルドの言葉はさらに続いた。


 「加えて……その地上人の“記憶消去”を検討する」


 ニカの顔から血の気が引いた。


 「や、やめてください!!」


 叫んでいた。


 「彼は……彼はなにも悪くありません!

  ただ、偶然声が通じただけで!」


 「だが地上人がアガルタの存在を知ることは重大な掟破りだ」


 「消さなくていい!

  私が、もう会わなければ……!」


 「ニカ・エルフェリア……感情が暴走する可能性がある」


 ガルドの瞳は、まっすぐニカを刺していた。


 「地上人を想えば想うほど、共鳴は強くなる。

  最悪、世界間の歪みを引き起こす」


 「そんな……そんなこと、ない……!」


 だが本能が告げていた。

 ニカの共鳴体質は強い。

 良太と心が繋がったとき、ルミナ鉱石が眩しく光った。


 ——危険性は、ある。


 だからこそ、議会は良太を脅威と見なした。



 「ガルド長官……彼を守る方法は……ないんですか」


 ニカは震える声で尋ねた。


 ガルドは少しだけ視線を逸らした。


 彼もまた、祖母シラの過去を知っている。

 地上人と恋に落ちたアガルタの女性が、どんな結末を迎えたか。


 「ひとつだけ、ある」


 ニカの心臓が跳ねる。


 「お前自身が、その地上人への想いを“断ち切る”ことだ」


 「……!」


 「共鳴が完全に途切れれば、彼の記憶を消す必要もない」


 「そ……そんなの……」


 心を、切り離す。


 そんなこと――できるはずがない。


 良太の声が、夜の井戸の底から響く。


 『ニカって、なんか面白いよな』


 『今日さ、ちょっとだけ……声聞けなくて寂しかった』


 『また話そうな』


 全部胸に残っている。


 それを消せと言うのか。


 ニカは首を振り、涙をこぼした。


 「わ、私……そんなこと、できません……!」


 その瞬間、議場がざわつく。


 ガルドの目が揺れた。

 それは長官としてではなく“ひとりの人間”としての表情だった。


 「……ならば、審問は続けられぬ」


 彼は静かに告げた。


 「処遇は――後日決定する」


 ニカの膝から力が抜ける。


 (良太……どうしよう……

  あなたを守りたいのに、どうして私は……)


 光の柱が消え、レオンが彼女の腕を取った。


 「連れていけ。

  自宅軟禁だ。議会からの監視をつける」


 ニカは力なくうなずき、連れて行かれながら心の中で叫んだ。


 (良太……聞こえないよね……

  でもお願い。どうか無事で……)


 彼女の想いは揺れ、傷つき、しかし決して消えなかった。


 その夜、井戸越しに声は届かない。

 沈黙だけが、二人を隔てていた。


 ——禁忌の恋は、いよいよ動き始めたのだ。

#6へ続く

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