#49 選ばれた場所
#49 選ばれた場所
世界は、待たない。
光議会・主制御層。
《隔離安定度:臨界以下》
《未定義自己反応、拡大中》
「……判断を」
一段、低い声。
「……“帰還強制”を発動する」躊躇はなかった。
それは、世界を元に戻すための処理。
対象の意思は、考慮されない。
《帰還強制プロトコル起動》
《対象:未命名個体》
《干渉許可:全面》
光が、収束を始める。
隔離空間・内部。
白い空間が、わずかに震えた。
「……っ……」
少女は、思わず身をすくめる。
壁の光が、規則正しく脈動し始めていた。
(……何か……来る……)
観測者の残滓が、即座に顔を上げる。
「……始まったか……」
「……何が……?」
「……君を……“元の場所”へ戻す……」
少女の喉が、きゅっと鳴る。
「……戻る……?」
「……地上か……アガルタか……どちらかに……固定される」
「……選ばせないために」
その瞬間。
空間の奥から、冷たい“意志”が流れ込んできた。
言葉ではない。命令でもない。
ただ――当然だと言わんばかりの圧力。
(……戻れ……)
(……そこに在れ……)
少女は、頭を抱える。
「……や……」
「……やだ……」
観測者が、すぐ
「……ただ……君を“決めない存在”に戻そうとしているだけだ」
「……それ……もっと……怖い……」
その言葉に、観測者は息を詰めた。
――拒否だ。
はっきりとした、世界への拒否。
「……聞け……」観測者は、声を低くする。
「……今から……君は……選べる」
「……だが……時間は……ない」
「……どうやって……?」
観測者は、少女の胸の辺りを見る。
「……君が……“戻りたい”と本当に思う場所を……」
「……拒否しろ」
「……拒否……?」
「……世界の命令ではなく……自分の感覚を……選べ」
圧力が、強まる。
白い光が、少女の輪郭を引き剥がそうとする。
そのとき。
――遠く。
ニカが、胸を押さえていた。
「……っ……!」
「……来てる……引き戻し……!」
良太も、歯を食いしばる。
「……間に合え……!」
二人の想いは、命令ではない。
ただ――存在の呼びかけ。
隔離空間。
少女の耳に、声が“届いてしまった”。
名前ではない。言葉でもない。
――ぬくもりの記憶。
手を握られた感触。怖くていいと言われた声。
守ろうとした意思。
「……あ……」
少女は、涙を浮かべながら笑った。
「……私……」
「……戻りたい場所……
観測者が、目を見開く。
「……何……?」
「……どっちも……“元”じゃない……」
「……だって……」
少女は、胸に手を
「……もう……知っちゃった……」
「……一緒に……怖がってくれる人が……いる場所……」
その瞬間。
帰還強制の光が、
弾かれた。
《帰還処理:失敗》
《理由:対象拒否》
《論理矛盾発生》
光議会・主制御層。
警報が、異常な音程で鳴り響く。
「……拒否……?」
「……命令を……
受け取っていない……?」
「……そんな……
未命名個体が……!」
隔離空間。
少女の周囲で、光が不規則に揺れる。
観測者は、静かに、しかしはっきりと言った。
「……世界は……君を……測れなくなった」
「……おめでとう」
「……君は……どこにも帰らない存在だ」
少女は、涙を拭った。
「……じゃあ……」
「……行きたい……」
「……自分で……決めた場所に……」
その言葉に応えるように。
隔離空間の壁が、大きく――ひび割れた。
世界が、再び“未定義”に引きずり込まれる。
ニカと良太は、同時に顔を上げた。
「……来る……!」
光が、隔離でも帰還でもない形で、動き出す。
それは、第三の座標。
――選ばれた場所。
光議会の誰かが、震える声で呟いた。
「……世界が……命令を……拒否された……」
観測者は、その光の中で、静かに目を閉じる。
「……さあ……」
「……恋の観測は……ここからだ……」
#50へ続く




