#47 私の名前じゃない
#47 私の名前じゃない
世界は、名を欲しがる。
光議会・主制御層。
副層よりもさらに深い、決定だけが存在する場所。
ここでは、議論はしない。選択肢も出さない。
ただ――
「決まったこと」が告げられる。
中央に浮かぶ、巨大な光環。
アンリフィス主幹核。
《干渉事例 E-17》
《観測者逸脱:継続中》
《定義未完了》
「……遅すぎた」
誰かが、冷たく言った。
「仮定義は拒否された。干渉者が介入した」
「なら、次だ」
「正式名を与える」
空気が、わずかに震える。
それは――
最終段階だった。
「正式名は、観測網そのものと直結させる」
「拒否権は?」
「存在しない」
誰も、それを疑わない。
《命名手続き:開始》
光が、収束する。
文字列が、空間に浮かび上がる。
《正式観測名:Ely-017》
「……エリ……?」
誰かが、小さく口にした。
「語感が良すぎる」
別の声が、皮肉を込めて言う。
「番号を、名前に偽装する」
それは、あまりに洗練された暴力だった。
《命名、完了》
その瞬間。
現実世界。
少女は、激しく息を吸った。
「――っ……!」
胸が、焼けるように痛む。
誰かに呼ばれた。はっきりと。
名前で。
(なにこれ?……エリ……?)
知らない。
でも――知っている気がする。
呼ばれた瞬間、世界が、少女を“捕まえた”。
視界が、歪む。
廊下の壁が、数式のように分解される。
〈同期開始〉
〈感情位相、固定〉
「……やだ……」
声が、かすれる。
「……それ……私じゃない……」
だが、世界は聞かない。
「……確定した」
冷たい声。
少女の前に、光の人影が現れる。
観測代理体。
顔はない。声だけがある。
「正式名 Ely-017。あなたは、観測対象です」
少女は、後ずさる。
「……ちが……う」
「この拒否は、異常反応として記録します」
逃げ場は、ない。
――そのはずだった。
「……やめて」
低く、だが確かな声。
空間が、揺れた。
ニカと良太が、今度は完全に現実側へ踏み出す。
光でもなく、記録でもない。
「……それは……“宣告”じゃない」
ニカが、観測代理体を睨む。
「……ここまで…」
良太が、続ける。
「……名前は……世界が与えるものじゃない!」
「……呼び返されるものだ!」
警告音が、重なる。
〈高次干渉、検出〉
〈観測網、再構成不能〉
代理体が、一歩退く。
「……干渉者。規定違反です」
ニカは、少女の前に立つ。
「……そう」
「……だから……止めに来た」
少女は、震えながら聞いた。
「……私……
もう……戻れない……?」
良太は、迷わず答えた。
「……戻れる」
「……でも……前と同じ世界じゃない」
「……選ぶ必要があるんだ」
少女は、唇を噛む。
「……私……怖い……」
ニカは、そっと手を差し出す。
「……怖くていい」
「……でも……呼ばれた名前で生きなくていい」
その瞬間。
少女の胸の奥で、何かが拒否した。
光が、逆流する。
〈同期エラー〉
〈正式名、位相不一致〉
「……何……?」
代理体の声が、初めて揺らぐ。
「……拒否……拒否されている……?」
世界が、躓いた。
少女は、震える声で言った。
「……それ……私の名前じゃない」
「……呼ばれても……帰れない」
沈黙。
その言葉は、観測理論の根幹を壊した。
名前は、呼ばれれば結びつく。
――その前提が、崩れた。
アンリフィス主幹核。
数値が、乱高下する。
「……想定外だ……」
誰かが、震えた。
「……自己定義……内発的命名……」
禁忌の単語。
少女は、ゆっくりと顔を上げる。
「……私……まだ……決めてない」
「……だから…決めさせない」
その瞬間。
観測代理体が、崩れ落ちた。
光が、粒子となって散る。
警告音が、完全に沈黙する。
ニカは、静かに息を吐いた。
「……やった……」
良太は、だが険しい顔のまま。
「……いや……」
「……始まった」
遠くで、重い音。
光議会主制御層が、
次の段階へ移行する合図。
《対干渉“帰還強制”準備》
少女は、二人を見た。
「……私……どうすれば……?」
ニカは、微笑んだ。
「……一つだけ」
「……自分の名前を急がないこと」
良太も、頷く。
「……世界は……急がせる」
「……だから……急がないでいい」
少女は、涙を拭いた。
「……分かった……」
その背後で。
光議会は、ついに“敵”を定義する。
《敵性干渉存在:ニカ/良太》
そして、もう一つ。
《未命名個体:隔離優先対象へ変更》
誰かが、低く言った。
「……世界は……優しくはなれない」
だが――
その“優しくなれなさ”を、
拒む存在が、確かに生まれていた。
#48へ続く




