表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/48

#46 名づける側の論理

#46 名づける側の論理

 

 観測網が、静かに再起動した。

     

 光議会・副層観測室。

 そこは本来、

 「異常が確定した後」にだけ使われる部屋だった。

     

 だが今夜――

 確定していないものが、呼び出されている。

     

 「……再現性は?」

     

 白い卓の向こうで、記録官が答える。

     

 「あります。

  感情位相、夢領域、現実干渉。

  三点すべてが一致」

     

 「対象は?」

     

 「未命名個体。

  分類不能。

  ただし――」

     

 一瞬、言葉が詰まる。

     

 「……“呼ばれない名前を望む”という応答を返しました」

     

 室内に、わずかなざわめき。

     

 議員の一人が、低く嗤った。

     

 「……感情的反応だ。

  子どもだろう?」

     

 「はい。

  推定年齢、十代前半」

     

 「なら問題あるまい」

     

 別の声が重なる。

     

 「名前は、世界の安全装置だ」

     

 誰も反論しない。

     

 「名を与えれば、定義できる。

  定義できれば、管理できる」

     

 「未定義は、自由ではない。

  危険だ」

     

 論理は、完璧だった。

     

 ――かつて、何度も使われてきた論理。

     

 「候補名は?」

     

 光導卓に、文字列が浮かび上がる。

     

 《観測用仮称リスト》

     

 ・E-17

 ・L-観測補助体

 ・境界共鳴体β

 ・感情干渉個体 No.2

     

 「……ひどいな……」

     

 誰かが、無意識に呟いた。

     

 だが、その声は拾われなかった。

     

 「正式名は不要だ。

  呼称があればいい」

     

 「最初は、番号で十分だ」

     

 決定が、下される。

     

 《未命名個体を

  観測対象 E-17 と仮定義》

     

 その瞬間。

     

 遠く離れた現実世界。

     

 少女は、胸を押さえた。

     

 (……息が……)

     

 何かが、内側から締め付けてくる。

     

 名前を呼ばれたわけじゃない。

 でも――

     

 “決められた”感覚。

     

 「……いや……」

     

 声にならない拒否。

     

 廊下の空気が、微かに歪む。

     

 境界層。

     

 ニカが、激しく振り向いた。

     

 「……始めた……」

     

 良太も、すぐに理解する。

     

 「……仮定義……

  番号付けだ……」

     

 ニカの顔が、強張る。

     

 「……一番、残酷なやり方……」

     

 「人格じゃない。

  現象として扱う」

     

 良太は、拳を握る。

     

 「……それで……

  何人の“恋”を潰してきた……」

     

 ニカは、決意したように言った。

     

 「……行こう」

     

 「……今度は……

  “声”だけじゃ、足りない……」

     

 「分かってる」

     

 二人は、境界を越える準備を始める。

     

 現実世界。

     

 少女は、床に膝をついていた。

     

 涙が、止まらない。

     

 「……私……

  何か……悪いこと……した…?」

     

 違う。

 何も、悪くない。

     

 でも――

 世界は、そうは扱わない。

     

 そのとき。

     

 「……違う」

     

 はっきりとした声。

     

 少女は、顔を上げる。

     

 廊下の向こう。

     

 今度は、はっきりと二人が立っていた。

     

 半分、光。

 半分、現実。

     

 「……来た……」

     

 少女の声は、震えている。

     

 ニカは、真っ直ぐ見つめた。

     

 「あなたは、

  何も間違ってない」

     

 良太が、続ける。

     

 「……間違ってるのは……

  名前を先に決める世界だ」

     

 空気が、張り詰める。

     

 「……でも……

  決められちゃった……」

     

 少女は、泣き笑いで言う。

     

 「……番号……なんでしょ……?」

     

 ニカは、首を振る。

     

 「……仮だよ」

     

 「……“仮”は……

  覆せる」

     

 良太が、一歩踏み出す。

     

 「……君が……

  自分で選ぶまで……」

     

 「……俺たちが……

  時間を盗む」

     

 その言葉に、少女は息を呑む。

     

 「……そんなこと……」

     

 「……できる」

     

 ニカは、微笑った。

     

 「……だって……

  もう一度……

  世界は……

  恋を観てしまったから」

     

 遠くで、警告音。

     

 〈境界干渉、検出〉

 〈干渉者識別中〉

     

 観測網が、二人を“見つけ始める”。

     

 良太は、少女に言った。

     

 「……これは、覚えておいてくれ」

     

 「……名前は……

  呼ばれるためにあるんじゃない」

     

 「……帰ってくる場所なんだ」

     

 ニカも、静かに続ける。

     

 「……だから……

  あなたが選ぶまで……」

     

 「……誰にも……

  触らせない」

     

 光が、激しく揺れる。

     

 廊下の景色が、崩れ始める。

     

 少女は、必死に叫んだ。

     

 「……待って……!」

     

 「……また……

  来て……!」

     

 ニカは、振り返らずに答えた。

     

 「……来るよ」

     

 良太も。

     

 「……必ず」

     

 二人の姿が、光に溶ける。

     

 現実だけが、残る。

     

 少女は、胸に手を当てる。

     

 そこには――

 まだ、名前のない鼓動。

     

 そして世界は、ついに知ってしまった。

     

 “名づける側”にも、

  拒否される可能性があるということを。

     

 観測室。

     

 警告が、赤く点灯する。

     

 〈干渉者:

  ニカ/良太〉

     

 誰かが、低く呟いた。

     

 「……観測者が……

  観測を裏切った……?」

     

 それは――

 宣戦布告だった。

                    #47へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ