#42 恋の余波
#42 恋の余波
最初に気づいたのは、
良太でも、ニカでもなかった。
地上・関東圏郊外。
高校の帰り道。 夕暮れの歩道橋で、少女は立ち止まった。
名前は、まだ重要ではない。 彼女は、ただの普通の生徒だった、成績も、友人関係も、平均的。
ただ一つ―― 最近、音が変だった。
風の音が、二重に聞こえる。 遠くの踏切が、違う位置で鳴る。 誰もいないはずの場所で、 会話の“残響”のようなものが混じる。
「……えっ…なに、これ……」
耳を押さえても、消えない。
歩道橋の中央。
その瞬間―― 視界の端が、わずかに“歪んだ”。
誰かが、そこに立っている。
……気がした。
だが、振り返ると誰もいない。
「……私…疲れてるのかな……」
少女は、足早に立ち去った。
だが―― 胸の奥に、小さな熱が残った。
それは、彼女のものではない感情だった。
地上・関東広域観測センター。
深夜帯。 管制室のモニターに、ひとつだけ“ズレた線”が現れる。
《位相雑音:微量》《発生源:未特定》
「……ノイズ?」
オペレーターが眉をひそめる。
「いや……違うな」
隣の解析官が言った。
「これ……“パターン”がある」
「……何の?」
解析官は、少し迷ってから答えた。
「……感情?」
空気が、ぴんと張りつめる。
「対象は?」
「……単一物じゃないです」
「複数地点に、同時発生しています」
「再現条件は?」
「……不明…です」
「ただし……」
解析官は、画面を切り替える。
「中心点が、存在しません」
沈黙。
スーツの男が、低く言った。
「……例外の余波か」
同時刻。
アガルタ・非公式記録層。
アンリフィスの深部で、 “使われていないはずの回路”が、微かに明滅する。
「……あり得ない……」
技術官の声が、震える。
「条件は、守られている。 境界干渉は、局所化されているはずだ」
レオンは、黙ってログを追う。
「……これは……」
彼の視線が、止まる。
「……“反射”だ」
「反射……?」
「直接干渉じゃない。だが――」
レオンは、ゆっくり続ける。
「越えた事象が、世界の内部に残した歪みが、 他者の感情に“映っている”」
誰かが、呟く。
「……侵蝕……?」
「違う」
レオンは、即座に否定した。
「侵蝕なら、制御できる」
彼は、言葉を選ぶ。
「……これは……“共鳴の余熱”だ」
境界層。
良太は、ふと立ち止まった。
「……なあ、ニカ」
「……なに?」
「……誰かに、見られた気がする」
ニカは、すぐに理解した。
(……来た……)
「……直接じゃない」
ニカは、静かに言う。
「……でも…… 私たちの“揺れ”が…… 世界に、滲んでる」
良太は、息を呑む。
「……止められるのか?」
ニカは、首を振った。
「……分からない」
「……だって、これは……」
言葉が、詰まる。
「……私たちが、選んだ“結果”だから」
遠くで、 また一つ、“ズレ”が生じる。
誰かが、 理由のない寂しさを覚え、理由のない温かさを感じる。
恋ではない。 だが―― 恋が通った痕跡。
良太は、拳を握る。
「……なあ」
「……もし……」
ニカは、視線を上げる。
◇
「……これが…… 次の“世界”の始まりだとしたら……?」
ニカは、すぐには答えなかった。
少しだけ、遠くを見る。
「……だったら」
彼女は、静かに言う。
「……もう一度、 “観測される側”になる覚悟が、必要かも」
その瞬間。
境界層の奥で、はっきりとした“視線”が、芽生えた。
それは、光議会でも、地上政府でもない。
恋の余波に触れてしまった“第三の誰か”。
世界は、再び問われ始めていた。
――例外は、
どこまで許されるのか。
#43へ続く




