#41 世界から、もっとも遠い場所で
#41 世界から、もっとも遠い場所で
朝は、唐突にやってきた。
光も、音も、違和感もない。 ただ――目が覚めた。
良太は、天井を見上げていた。
見慣れた部屋。 見慣れた白い天井。 壁に掛けた時計は、正確に時を刻んでいる。
――カチ、カチ。
昨日までと、何も変わらない。
……はずだった。
起き上がろうとした瞬間、 体の内側に“余白”があることに気づく。
空腹でもない。 疲労でもない。
言葉にできない、 所属していない感じ。
「……」
良太は、静かに息を吐いた。
スマートフォンを手に取る。
通知は、ある。 ニュースも、天気も、未読のメッセージも。
だが―― 自分に向けられた“圧”がない。
監視されていない。 注目も、警戒も、計測も。
世界が、 こちらを見ていない。
それは、自由だった。
同時に―― 少しだけ、寒い。
ニカも、同じ朝を迎えていた。
アガルタの居住層。 だが、彼女の部屋は、どの層にも属していなかった。
公式記録上、 彼女の居住区分は――空白。
光壁に触れる。
反応は、鈍い。 拒否はされないが、歓迎もされない。
(……端っこ……)
ニカは、苦笑した。
アンリフィスの光は、 彼女を“照らさない”。
正確には―― 照らせない。
それでも、朝は来る。
光が差し、 時間が流れ、 心臓は、規則正しく動いている。
通信が、ふっと繋がる。
雑音も遅延もない。 だが、回線表示は――未定義。
「……おはよう」
良太の声。
ニカは、少しだけ安心して、答える。
「……おはよう」
沈黙。
だが、居心地は悪くない。
「……変な感じだね」
良太が言う。
「うん…… 世界に、見落とされてる感じ」
「……怖い?」
少しだけ、間を置いて。
「……少し」
正直な答え。
「……でも」
ニカは、続ける。
「……縛られてない」
良太は、ゆっくり頷いた。
「……俺も」
地上・関東広域観測センター。
新しい報告が、淡々と処理されていく。
《対象:千間良太》 《状態:存在確認不可》 《異常値:検出されず》
「……エラーですか?」
技術者が問う。
スーツの男は、首を振る。
「……エラーじゃない」
「……仕様外だ」
「追跡は?」
「無理です。 “いない”わけじゃない。 ……でも、どこにも居ない」
男は、画面を見つめる。
「……世界の端……か」
アガルタ・光議会。
議題にも上がらない名前。
ニカは、公式には存在しない。
だが―― 記録から消すことも、できなかった。
レオンは、独り言のように呟く。
「……消えない例外ほど…… 厄介なものはない」
昼。
良太は、街を歩く。
誰とも、ぶつからない。 視線も、特別には向けられない。
だが―― 妙なことが起きる。
店の自動ドアが、一瞬だけ反応しない。
改札が、わずかに遅れて開く。
誰かが、 「……今、何か……」 と呟いて、首を振る。
世界が、迷っている。
ニカの側でも、同じ。
光導路が、 ほんの一拍だけ、遅れる。
制御光が、彼女を避けるように流れる。
それでも、壊れない。
世界は、 彼らを排除しない。
ただ―― 扱いあぐねている。
夕方。
二人は、境界層で“会う”。
物理的な距離ではない。 感覚の重なり。
「……ここ……好きかも」
ニカが言う。
「……誰にも、邪魔されないね」
良太は、少し考えてから答える。
「……でも」
「……うん」
「……何か、起きそうだよな」
ニカは、静かに笑う。
「……例外は…… いつも、そう」
遠くで、かすかな“揺れ”が生じる。
条件で局所化されたはずの影響。
だが―― 世界は、完全には切り離せていなかった。
記録には残らない。
警告も、まだ鳴らない。
だが確かに、 余波が、芽吹いている。
良太は、ニカの手を取る。
「……端っこでも」
ニカは、握り返す。
「……一緒なら」
世界の中心から、 最も遠い場所で。
二人の“日常”が、静かに始まった。
そして―― それは、決して無害ではなかった。 #42へ続く




