#40 恋を許す条件
#40 恋を許す条件
世界は、感情を持たない。
だが―― 無関心でもなかった。
最初に変化が起きたのは、音だった。
良太の部屋に、微かな“ずれ”が生じる。 時計の秒針が、一拍だけ遅れた。
――カチ。
本来、刻まれるはずのない“間”。
良太は、その違和感を見逃さなかった。
「……始まった……」
境界層でも、同時に“密度”が変わる。
ニカの周囲の光が、一定のリズムを刻み始めた。 鼓動に似ている。 だが、生体のものではない。
世界の同期音。
(……来る……)
意味が、直接流れ込んできた。
文字でも、声でもない。だが、逃げ場のない“宣告”。
――存在継続に関する条件を提示する。
地上・関東広域観測センター。
モニターが、一斉に警告色へ変わる。
《位相干渉:自律再構築開始》《因果整合性:再計算中》
「……再構築?」
技術者の声が震える。
スーツの男は、目を逸らさなかった。
「世界が…… 彼らを前提にし始めた」
アガルタ・仮設制御層。
アンリフィスの光が、均一化を失う。 秩序を司るはずの光が、揺れていた。
「……条件提示フェーズ……」
レオンは、誰にともなく呟く。
「世界は、常になにかに代償を求める」
良太の前に、“構造”が再び現れる。
だが、今回は違った。
それは“分岐”だった。
無数の可能性。 無数の未来。 無数の「そうならなかった世界」。
そして、一本だけ強調される。
――現在継続ルート。
ニカの前にも、同じ分岐が広がる。
彼女は、すぐに理解した。
(……これは……選択じゃない……)
制限だ。
意味が、二人に同時に示される。
――条件一。――両個体は、単独帰属を放棄する。
良太は、眉をひそめた。
「……単独って……?」
即座に、補足が流れ込む。
――地上・アガルタいずれにも、――完全には属さない存在となる。
レオンが、低く息を吸う。
「……中立化……いや……」
「……未定義化……」
ニカは、静かに問い返す。
「……それは、追放なの?」
世界は、否定もしないし、肯定もしない。
ただ、事実を示す。
――既存秩序は、二人を収容できない。
良太は、歯を食いしばる。
「……それでも、俺たちの存在は……」
答えは、冷静だった。
――条件を満たせば、保証される。
次の意味が、重なる。
――条件二。――観測不能状態を、恒常化する。
関東広域観測センターが、ざわめく。
「……永久的……観測不能……?」
スーツの男が、静かに言う。
「……彼らは…… 人類の管理外に出るようだ」
アガルタ側も、同じ理解に至る。
「……光議会の光も…… 届かない……」
レオンの声が、わずかに掠れた。
ニカは、ふっと笑った。
「……ずいぶん…… 不器用な世界だね」
だが、条件は終わらない。
最も重い意味が、最後に示される。
――条件三。 ――恋の影響は、局所化される。
良太の胸が、ざわつく。
「……局所……?」
説明が、容赦なく続く。
――両個体の関係性は…世界全体へ直接波及しない。
――奇跡、越境、再定義は、――再現不能となる。
それはつまり。
二人の恋は、特例で終わる。
沈黙が、長く落ちた。
良太は、唇を噛む。
「……俺たちが…… 最初で……最後……?」
ニカは、目を閉じる。
少しだけ。 本当に、少しだけ…迷った。
レオンは、理解していた。
これは罰ではない。妥協なのだ。
世界が、限界まで譲歩した形だった。
スーツの男も、同じ結論に至る。
「……世界は…… 恋を“許す”代わりに…… 拡散を拒んだか…」
ニカが、静かに口を開く。
「……ねぇ…良太……」
その声は、境界を越えた。
良太は、はっきりと答える。
「……うん」
視線は、迷っていなかった。
二人は、同時に言う。
「それでいい」
世界が、一拍、沈黙する。
それは―― 計算ではなかった。
確認だった。
――条件、受理。
――存在継続、承認。
次の瞬間。
世界の“張力”が、わずかに緩む。
破綻しなかった。 拒絶もしなかった。
だが―― 完全な受容でもない。
ニカは、良太を感じる。
距離は、ない。 だが、世界の外縁に立っている感覚。
「……ねえ……」
「……なに?」
「……私たち…… 世界の端っこに…… 二人の家を建てたみたいだね」
良太は、少し笑った。
「……それも、悪くないな」
遠くで。
第三の“視点”が、静かに記録を更新する。
――恋は、封じられた。――だが、否定されなかった。
それは、世界にとっての限界点。
そして…二人にとっての、新しい日常の入口だった。 #41へ続く




