表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/48

#4 秘密の共鳴 ― 二人の距離

#4 秘密の共鳴 ― 二人の距離


 アガルタの空――いや、天井に浮かぶルミナ鉱石は、いつもと変わらず穏やかな光を放っているはずだった。

 だがニカの目に映る世界は、昨日より少し暗く見えた。


 光議会の“審査”が始まった。

 それは一般市民にとって、つまり学生である彼女にとって、決して軽いものではない。


(でも……絶対に知られちゃいけない。良太のことは)


 胸の内で何度も呟きながら、ニカはアカデミア・ネオスの中庭に立っていた。

 朝の光導路はいつも通りの喧騒、友人たちの笑い声、透き通った噴水の水音――

 どれも昨日と変わらないのに、自分だけが別の世界に放り込まれたかのようだ。


 セリアが駆け寄ってきて、小声で言った。


「……ニカ、大丈夫? 顔色悪いよ」


「え、う……うん。だいじょうぶだよ」


 笑ってみせるが、セリアは目を細める。


「昨日より、さらに“光の波”が乱れてる。ブローチの色、落ち着かないまま」


「そ、そうかな……?」


「ねえ、本当に何もないの?」


 その質問に、ニカの胸が痛む。

 本当は全部話したい。

 怖くて、苦しくて、それでも良太の声が欲しくて――そんな矛盾した気持ちごと抱きしめてほしい。


 でも、話せない。

 セリアを巻き込むわけにはいかない。


「……大丈夫。ありがとね」


 ニカはそれだけを答えた。


 セリアは諦めたように息を吐く。


「……まあ、信じるよ。でもね、ニカ。

 ひとりで背負い込むのは、本当に危ないから」


「うん……」


 ニカは曖昧に頷き、教室へ向かう。

 けれど胸の奥で、別の鼓動の方が大きく響いていた。


(……良太と話したい)


 その気持ちが、何よりも強かった。



午後の実技演習


 光理学の実技演習は、ルミナ鉱石の性質を観察し、

 自分の感情でそれをどれだけ変化させられるか測定する授業だ。


「ニカ、次。感情波を安定させてルミナを起動させて」


「は、はい!」


 ニカは練習用のルミナ球に手をかざした。

 普段なら淡い青がふわりと広がるだけの簡単な作業だ。


 ――だが、その光は突然、桃色に弾けた。


「わわっ!? なんでピンク!? 恋の色だよこれ!」


「ニカ、誰のこと考えてるの〜?」


 周りのクラスメイトが騒ぎ出す。


 ニカは真っ赤になり、手を引っ込めた。


「ち、ちがっ……違うから!」


 だがセリアは笑っていなかった。

 彼女は険しい表情で、ニカの肩に手を置く。


「……これ、本格的にまずい。

 “心の共鳴”が授業で出ちゃうなんて、普通じゃない」


 ニカは唇を噛む。


(わかってる……でも抑えられないの)


 良太の声を思い出すだけで、胸の奥の光がどうしようもなく溢れてしまうのだ。


 その背後の観察席で、鋭い視線が光る。


 光議会側の監察官――レオンが、静かにメモを取っていた。


「……感情波、上昇。

 対象の恋愛共鳴、臨界ラインに接近……」


 彼の視線がまっすぐニカへ注がれていた。


放課後 ― 再びエコーホールへ


 授業が終わった瞬間、ニカは教室から飛び出した。


 走りながら思う。


(危ないって、わかってる。でも……話したい。

 声を聞いたら、きっと落ち着くから)


 セリアも追ってこないように距離を空け、

 人気の少ない祠へ飛び込んだ。


 胸のあたりのブローチは、期待と緊張でリズムを乱していた。


 祠の奥にある水面のような穴――

 その前にそっとしゃがみ込む。


「……良太。いる?」


 数秒の静寂。

 そして――


「ニカ? 今日も来てくれたのか」


 良太の声は、変わらず優しい。

 そのだけで涙がこぼれそうになった。


「うん……あのね、今日ちょっと……辛かったの」


「どうした?」


 ニカは迷った。

 光議会のことを言うべきか、言わないべきか。


 悩んだ末に、ほんの少しだけ真実に触れた。


「……アカデミアでね、調子が悪くて。

 でも良太の声、聞いたら安心する気がして」


「……そっか。俺もさ、話したいってずっと思ってた」


 ニカは思わず笑ってしまう。

 この声があるだけで、世界が明るくなる。


「今日、言いたいことがひとつあったんだ」


「え?」


「昨日の話の続き。……文化祭、さ」


 良太は少し照れ気味に続ける。


「もし会えたら……一緒に回りたいな、って。

 二人で写真撮ったり……お揃いのキーホルダー買ったり」


 想像した瞬間、ニカの胸が一気に熱くなり、

 ブローチが強く光った。


「……っ!」


 共鳴穴が震える。

 水面のような光が、いつもより近く感じた。


「ニカ? どうした。今、なんか光ったぞ……?」


「う、ううん! なんでもないの! ただ……すごく嬉しくて……!」


 良太が小さく笑う。


「喜んでくれたならよかった」


 その声に、ニカはどうしようもなく惹かれてしまう。


「良太……会いたいよ」


 言った瞬間、共鳴穴の光が一瞬だけ強くなる。


 そして――


「……俺もだよ。

 会いたい。ちゃんと、目を見て話したい」


 ニカは胸の奥が壊れそうなくらい熱くなる。


 でも――

 その光は、またも議会の観測網に拾われた。


 ルミネア・スパイアの監視室に警告灯が走る。


 《警告:共鳴強度、規定値超過》


 レオンがすぐに立ち上がった。


「……発動条件を満たしつつある。

 間もなく“心の接触”が起こりうるか」


 彼はすぐに長官ガルドへ通信を送る。


「長官。対象の共鳴が急激に上昇しました。

 このままでは、掟に反する“物質接触”の可能性が……」


「……ならば、時を失う前に動くしかない」


 ガルドの声は低く、冷たく響く。


「ニカ・エルフェリアに、“呼び出し”を行う。

 正式な審問準備に入れ」


祠の外 ― 嫌な気配


 井戸越しの会話を終えたニカは、

 胸の鼓動を抑えながら祠を出た。


「……良太」


 名前を噛みしめて呟くと、頬がふわりと熱くなる。


 だが、祠の外に出た瞬間――

 背中に冷たい視線を感じた。


(……え? 誰か、いる?)


 振り返っても、誰もいない。

 光導路の街でさえ、人の気配は遠い。


 でも確かに、何者かの眼差しがした。

 それは昨日の“冷たい視線”と同じ感触だった。


(気のせい……じゃない)


 胸の奥がざわつく。

 けれど怖くても、後戻りはできなかった。


(絶対に、良太とのことは守らなきゃ)


 そう決意した瞬間――

 ポケットのルミ・チャネルが震えた。


《通知:光議会より通達があります。至急、ルミネア・スパイアへ出頭せよ》


「……っ!」


 手が震えた。


(ついに……来た)


 掟を破った者に下される審問。

 最悪の場合――記憶消法(光消し)。


 ニカの足は冷たくなり、呼吸が短くなる。


 でも逃げられない。

 アガルタの人間として、行くしかない。


 震える手で、彼女は返信ボタンを押した。


「……承知しました」


 その声は小さく震えていた。


 しかしその震えは、

 恋をした少女のものだった。


 ――良太の声を守るためなら、どんなことにも立ち向かえる。


 同じ頃、地上の学校裏庭で。

 良太は夕風に吹かれながら、井戸の縁に手を置いていた。


「……ニカ、いつか絶対会うからな」


 囁くようなその声に、

 井戸の奥の光が微かに波打つ。


 それは彼の気づかぬまま、

 アガルタの少女に届こうとしていた。


 ――心の距離が、確実に近づいている。


 だがその光は同時に、

 掟を揺るがす危険信号でもあった。


 ニカと良太の恋はまだ秘密。

 しかし、秘密はすでに世界を動かし始めていた。

#5へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ