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#38 観測されない異常

 #38 観測されない異常


 異常は、数値として最初に現れた。


 地上・関東広域観測センター。

 深夜帯にもかかわらず、管制室の照明は落とされていなかった。  巨大なモニターに並ぶグラフが、すべて同時に“揺れている”。

「……またズレてる」

 若い技術員が、低く呟いた。

 地磁気。  重力波。  地下空洞反射。  量子通信誤差。

 どれも単体では誤差の範囲だ。だが――同時に、同じ周期で揺れる理由がない。

「原因は?」 背後から、落ち着いた声がした。

 スーツ姿の男。この施設の責任者ではない。  そのさらに上。

 技術員は一瞬、言葉を選んでから答えた。

「特定不能です。地点は……旧校舎地下を中心に、半径数キロ。 ですが――」

「ですが?」

「……観測対象が、存在しません」

 男は、わずかに眉を動かした。

「“いない”のではなく?」

「はい。“定義できない”という表現が、正確です」

 沈黙が落ちる。

 男は、モニターを見つめたまま言った。

「……観測不能域が、固定されている」

 それは、最悪の兆候だった。


 同じ頃、アガルタ。

 光議会・仮設制御層。

 アンリフィスの光は、以前よりも弱く、そして不安定だった。  制御卓に映るログは、次々と赤に染まっていく。

 《境界定義:失敗》  《位相差:測定不能》《観測者座標:消失》


 誰かが、掠れた声で呟く。

 レオンは、無言で立っていた。  その視線は、ログではなく――  空白を見ている。

「……“観測者”がいない」

 それは、アガルタにとって致命的だった。

 光議会は、観測と制御によって存在してきた。  だが今――  制御すべき“境界”そのものが、消えている。

「……恋を、事象として扱ったのが間違いだったのか……」

 誰も答えない。

 答えは、すでに出ている。だが、認められないだけだ。


 朝の教室。

 良太は、窓際の席でノートを開いていた。  だが、文字は一行も頭に入らない。

 黒板のチョークが、わずかに“二重”に見える。  教師の声が、ほんの一瞬遅れて届く。

 (……昨日より、近い)

 胸の奥の熱。それが、はっきりと形を持ち始めている。

 ニカの“位置”が、分かってしまう。  距離ではない。方向でもない。

 ただ――  同じ時間の、すぐ裏側。

 (……これ以上……)

 良太は、拳を握った。

 選んだ。 後悔していない。

 だが、世界はまだ何も知らない。  知らないまま、静かに壊れ始めている。


 境界層。

 ニカは、空間の“端”を見つめていた。

 以前は存在しなかった、薄い亀裂。  そこから、地上の光が漏れている。

 (……広がってる……)

 触れなくても分かる。この歪みは、自然発生ではない。

 ――私たちのせいだ。

 胸の奥で、良太の存在が応える。  否定しない。 慰めもしない。

 ただ、一緒に“感じている”。

「……観測されてないのに……」

 ニカは、震える声で呟いた。

「……見つかってる……」

 その瞬間。空間が、微かに“振り向いた”。


 地上・関東広域観測センター。

 警告音が、初めて鳴った。

 《未分類干渉反応》  《知覚影響:限定的》  《対象:特定個体》

「個体?」

 男が、即座に画面を見る。

 そこに映し出されたのは…  一人の高校生の名前だった。

 千間良太。

「……特定された……?」

 技術員が、青ざめる。

「ですが……対象は“発信源”ではありません。   むしろ……」

「むしろ?」

「……“結節点”です」

 男は、ゆっくりと息を吐いた。

「……つまり……」

 誰も言葉を続けられない。

 世界が、彼を通して歪んでいる。  いや――  彼の“内側”に、世界が触れてしまっている。


 同時刻、アガルタ。

 レオンの前に、新たなログが表示された。

 《地上個体:千間良太》  《境界干渉:持続》  《切断:不可能》

 レオンは、目を閉じた。

「……彼らは、もう“例外”じゃない……」

 光議会の誰かが、震える声で言う。

「……では……どうする……?」

 レオンは、ゆっくりと目を開いた。

 その瞳には、決意があった。

「……接触する」

 ざわめきが走る。

「観測ではない。制御でもない」

 彼は、はっきりと言った。

「…“対話”だ」


 良太は、放課後、校舎裏で立ち止まった。

 立ち入り禁止のテープの向こう。井戸は、もう見えない。

 それでも、確かに分かる。

 (……見られてる……)

 視線ではない。  敵意でもない。

 世界そのものが、こちらを“理解しようとしている”感触。

 胸の奥が、静かに応えた。

 ――逃げない。

 ニカも、同じ瞬間に理解していた。

 これは、追跡じゃない。排除でもない。

 世界が初めて、恋を“対象”ではなく、相手として扱おうとしている。


 どこにも属さない場所で、最後に残された記録が、自動で更新される。

 《観測不能事象》  《再定義:接触事象》  《対象:二世界間個体》

 そして、追記。

 《注意:本事象は、排除不可能》  《理由:世界の内部に定着済み》


 良太は、空を見上げた。

 ニカも、同じ“空でないもの”を見ていた。

 世界は、もう二人を無視できない。  だが――  どう扱えばいいのか、まだ分からない。

 それでも。

 これは、対立ではない。逃走でもない。

 恋と世界が、初めて向き合う前夜だった。

 #39へ続く

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