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#37 世界と繋がった朝

 #37 世界と繋がった朝


 最初に戻ってきたのは、音だった。

 遠くで、何かが鳴っている。  一定の間隔で、繰り返される単調な電子音。

 ――スマホの目覚まし時計が鳴っていた。

 良太は、ゆっくりと目を開けた。

 白い靄も、光の層もない。  天井は見慣れた木目で、カーテンの隙間から淡い朝の光が差し込んでいる。  自分の部屋だった…。

「……夢……?」

 そう口にしかけて、胸の奥が熱を帯びた。

 消えていない。  昨日までの、どんな朝とも違う感覚。  心臓の裏側に、確かな“重さ”がある。

 ――いる。

 それは声ではなかった。  視線でもない。  だが、距離という概念を超えた“在り方”として、彼女はそこにいた。

「……ニカ……」

 名前を呼ぶと、胸の奥の熱が、ほんのわずかに揺れた。  返事はない。  だが、否定もない。

 良太は、布団から起き上がった。

 カレンダーを見る。  日付は、昨日の続きだ。  世界は、何事もなかったかのように“進んでいる”。

 それが、なぜか…妙に怖かった。


 一方、ニカは“空”のない場所で目を覚ました。

 いや――  目を覚ました、という表現が正しいのかも分からない。

 境界層は、以前とは明らかに違っていた。  白一色だったはずの空間には、淡い色の揺らぎが混じっている。  地上の朝焼けのような、アガルタの光導路のような、どちらでもない色。

 足元には、感触がある。  だが形は、固定されていない。  歩こうとすれば、応じる。  止まれば、静まる。

「……ここは……」

 言葉は、確かに音になった。  反響しない。  だが、消えもしない。

 胸に手を当てる。  そこにあるはずの“共鳴装置としての感覚”は、もうない。

 代わりに――  もっと直接的な、熱。

 (……良太……)

 名を思い浮かべただけで、世界がわずかに応答した。  光が、ほんの一瞬だけ、彼の輪郭を模した形に揺れる。

 ニカは、息を呑んだ。

 ――見えてしまう。

 見ようとしなくても。  意識を集中させなくても。  彼が、朝の部屋で立ち尽くしている姿が、滲むように伝わってくる。

 嬉しい。  確かに、生きている。  同じ時間を、今も過ごしている。

 でも――

「……近すぎる……」

 これは、正しい距離じゃない。  世界と世界の“間”にいるはずなのに、境界が仕事をしていない。

 祖母シラの声が、記憶の奥で響いた。

 ――近づきすぎれば、世界は選ばされる。


 地上では、異変が“ゆっくり”始まっていた。

 通学路。  信号が一瞬だけ遅れて変わる。  スマートフォンの時刻が、数秒ずれる。

 誰も気にしない。  誤差の範囲だ。  よくあることとして処理される。

 だが、良太には分かる。

 (……揺れてる)

 世界が、確定をためらっている。  まるで、何かを基準に組み直そうとしているみたいに。

 校門をくぐると、視界の端で“光の粒”が一瞬だけ弾けた。  すぐ消える。  周囲の生徒は、誰も気づいていない。

「……やっぱり、俺だけかなのか…」

 胸の奥が、熱を返す。  肯定とも否定ともつかない反応。

 良太は、無意識に井戸の方向を見た。  校舎の裏。  立ち入り禁止区域。

 見えない。  遮断されている。  だが――

 (もう、あそこじゃない)

 確信があった。  “入口”は、場所ではなくなった。


 境界層で、ニカは膝を抱えて座り込んでいた。

 怖い。  正直に言えば、怖かった。

 会えた。  触れた。  選んだ。

 それなのに――  終わっていない。

 世界は壊れていない。  でも、元にも戻っていない。

 (……これが……続き……)

 恋は、成就した瞬間に終わるものじゃない。  世界を越えたなら、なおさら。

 ニカは、胸の奥に問いかける。

 (……良太……これから……どうすの……?)

 返事は、言葉では返ってこない。  だが、確かに届く。

 ――一緒に考える。

 それだけで、涙が滲んだ。


 そのころ、地上とアガルタの“どちらにも属さない場所”で、  記録装置が、静かに再起動していた。

 自動更新ログ。

 《観測対象:未定義》  《境界状態:不確定》  《干渉因子:恋(内部変数化)》

 そして、最後の一文が書き換えられる。

 《観測継続:不可能》  《理由:観測者不在》

 世界は、ついに理解した。

 ――もう、誰も代わりに見てはくれない。

 選ぶのは、  恋をした当事者と、それを内側に抱えてしまった世界自身だ。


 良太は、教室の窓から空を見上げた。

 いつもと同じ青。雲の形も、変わらない。

 それでも、胸の奥で確かに分かる。

 (……始まったんだ)

 これは後日談じゃない。  罰でも、ご褒美でもない。

 ――恋が、現実になった“続き”。

 彼は、静かに息を吸った。

「……行こうか」

 どこへ、とは言わない。  それでも、確かに伝わる。

 境界層で、ニカは立ち上がった。  同じ言葉を、心の中で繰り返す。

 …行こう。

 世界はまだ、形を決めていない。だからこそ…

 これは、終わりではない。

 選び続ける物語の、始まりだった。     #38へ続く

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