#36 君の手を離さない限り…
#35 君の手を離さない限り…
光は、もう「境界」として振る舞っていなかった。
分けるためでも、遮るためでもなく――
ただ、在るための揺らぎとして、そこに満ちている。
良太は、足元を見た。
地面はない。
だが、落ちる感覚もなかった。
「……立ってる、のかな」
ニカは、小さく笑った。
「たぶん……“一緒に在る”っていう状態なんだと思う」
彼女の声は、以前よりもはっきりしている。
境界層特有の反響も、歪みもない。
良太は気づいた。
――彼女は、もう“別の世界の存在”として感じられない。
怖さが、胸をかすめる。
だが、それは拒絶ではなかった。
「なあ、ニカ」
「うん?」
「俺さ……正直、よく分かってない」
ニカは頷く。
「私も」
二人は、同時に少し笑った。
世界を越えた。
観測不能になった。
戻る場所はない。
どれも、事実だ。
だが――
それが「不幸」だとは、どこにも書いていなかった。
遠くで、何かが“生まれかけている”気配がした。
音ではない。
光でもない。
概念が、形を探している。
観測者だった存在――良一の片割れは、少し離れた場所に立っていた。
いや、もう「立つ」という言葉も正しくない。
彼は、二人を見ている。
だが、それは記録のためではなかった。
「……名前を、決める必要がある」
静かな声。
「名前?」
良太が聞き返す。
「世界は、名前を持たないものを長く維持できない。
恐れるか、消そうとする」
ニカは、胸に手を当てた。
「じゃあ……私たちは……」
「“世界”ではない」
きっぱりと、しかし優しく言われる。
「“場所”でもない。
“逃避先”でも、“理想郷”でもない」
観測者は、少し考える。
人だったころの癖のように。
「……それは、関係性だ…」
良太とニカは、顔を見合わせた。
「二人が在ることで、
世界の定義が更新され続ける“状態”だ」
それは、どんな名前にも当てはまらない。
「名前がないなら……」
良太が言う。
「無理に、今つけなくてもいいんじゃないか」
観測者は、驚いたように目を見開いた。
そして――
ゆっくりと、微笑んだ。
「……それも、新たなる更新だな…」
――地上。
観測装置は、沈黙していた。
エラーではない。
停止でもない。
ただ、測る対象が存在しない。
「……消えた、わけじゃない」
誰かが呟く。
「じゃあ、どこに?」
返答はなかった。
だが、誰もが同じ感覚を覚えていた。
世界が、ほんの少しだけ――
広くなった。
――アガルタ。
光議会は、結論を出せずにいた。
遮断も、干渉も、意味をなさない。
レオンは、静かに目を閉じる。
「……我々は、本当に…守っていたのか?」
答えは、出ない。
ただ一つ分かったのは――
世界は、完全な管理の中では、決して更新されないということ。
再び、二人の場所。
ニカは、良太の手を握ったまま、言った。
「ねえ……怖い?」
良太は、少し考えてから答える。
「怖いよ。
でも……それ以上に」
彼女を見る。
「これが嘘になるほうが、怖い」
ニカの目が、揺れる。
そして、決意するように頷いた。
「うん……私も」
光が、ゆっくりと脈動する。
それは、鼓動に似ていた。
世界は、まだ完成していない。
この先、何が起こるかも分からない。
だが…
最初に恋を観た者たちが、
最後に残した問いは、今ここで形を変えた。
> それでも、切り離すのか?
答えは、言葉にならない。
だが、確かに存在している。
良太とニカが、手を離さない限り。
世界は、まだ…
続いていく。
#37へ続く




