#35 世界の崩壊と二人の決断
#35 世界の崩壊と二人の決断
視界が歪み二人は、別の空間にいた。
それでも――温度だけは、確かにあった。
「……ここ、どこなんだ?」
足元を見ると、床とも空ともつかない透明な層が広がっている。
無数の世界の断片が幾重にも重なって見えた。
学校の屋上。
アンリフィスの光柱。
崩れかけた研究棟。
まだ壊れていない“日常”。
――すべてが、同時に存在している。
「……境界層だ」
ニカが、静かに言った。
良太は彼女を見る。
ちゃんと、そこにいる。
声だけじゃない。
光の像でもない。
初めて、同じ場所で、同じ世界を見ている。
「……手握ってていい?」
恐る恐る手を伸ばすと、
ニカは、迷わずそれを取った。
――温かい。
それだけで、胸が詰まった。
「……ほんとに……会えたんだね」
ニカの声は震えていたが、泣いてはいなかった。
喜びと恐怖が、同時に存在している表情。
そのとき――
世界が、軋んだ。
遠くで、何かが“崩れる音”がした。
音がないはずの空間なのに、
それだけは、はっきりと分かった。
観測者の声が、背後から響く。
「……始まったか…」
二人が振り返ると、
観測者――かつて良一の心の片割れだった存在は、
以前よりも“人型に近い形”をしていた。
「地上とアガルタ。
両方の世界が、お前たちの存在を同時に認識し始めた…」
ニカの胸が、嫌な予感に締めつけられる。
「……一体何が、起きるの?」
観測者は、少しだけ視線を逸らした。
「地上では、“説明不能な現象”として扱われる。
電波障害、重力の揺らぎ、記憶の欠落。
学校も、街も……ゆっくり歪む」
良太の脳裏に、竹内の顔が浮かんだ。
「……みんなに、影響が出るってことか」
「出る。
既に始まっている」
そして、ニカを見る。
「アガルタでは、光が減衰する。
均衡を信じていた者ほど、不安に飲まれる」
ニカは、歯を食いしばった。
「……私たちが、間違ってたって言うの?」
観測者は、はっきりと首を振る。
「違う。
間違いではない」
だが、と続ける。
「代償が伴う」
沈黙。
透明な床の下で、世界の断片がゆっくり回転する。
その中に、良太は見つけてしまった。
――旧校舎の井戸が、封鎖される未来。
――ニカが、光議会に連行される可能性。
――誰かの記憶から、互いの存在が薄れていく分岐。
「……何か選択肢は?」
良太が問う。
観測者は、静かに答えた。
「三つある」
空間に、淡い光が三本、浮かび上がる。
「一つ目。
今すぐ分離する。
境界を修復し、二人の記憶を部分的に失う」
ニカの指が、わずかに震えた。
「二つ目。
どちらか一方の世界に、完全に残る。
残らなかった側は――世界として安定する」
良太は、息を呑んだ。
「……三つ目は?」
観測者は、ゆっくりと目を閉じた。
「世界の法則そのものを書き換える。
恋による境界を、例外ではなく“前提”にする」
それは――
誰も試したことのない選択。
「成功すれば、二人は一緒にいられる。
失敗すれば……」
言葉は続かなかった。
だが、二人には分かった。
失敗すれば、
どちらの世界も、元には戻らない。
ニカは、良太を見た。
恐怖はある。
でも――もう、後悔はなかった。
「……ねえ、良太」
「うん」
「私ね。
声だけのときも、幸せだった」
良太は、静かに頷く。
「俺もだ」
「でも……」
ニカは、手を強く握る。
「今は、欲張りになりたい」
良太は、迷わなかった。
「俺と一緒だ」
観測者が、ゆっくりと目を開く。
そこには、もう“ただの記録者”の目はなかった。
「……理解した」
そして、初めてはっきりと感情を帯びた声で言う。
「では、最終記録を開始する」
光が、境界層全体に広がる。
世界は、静かに息を止めた。
――次に動くとき、
それはもう、元の世界ではない。
#36へ続く




