表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/48

#33 最初に恋を観た者たち

#33 最初に恋を観た者たち

 それは、まだ“観測者”という役職が

 罰でも、呪いでもなかった時代の記録。

 光議会の最深部。

 現在は封鎖され、誰も立ち入ることのない《原初観測層》。

 そこに残された記録は、

 光でも映像でもなく――声だった。

     ◇

 地上。

 昭和の初め、山あいの小さな町。

 夜勤明けの校舎裏。

 若い教師・千間良一は、井戸の縁に腰を下ろしていた。

 疲労で足が動かず、

 ただ、暗闇を見下ろしていた。

 「……誰か、いるのか」

 独り言だった。

 返事など、期待していなかった。

 だが――

 ――ザ……。

 耳元で、確かに揺れた。

 「……っ?」

 次の瞬間、

 柔らかく、しかしはっきりした声が響いた。

 『……聞こえる?』

 女の声だった。

 若くも老いてもいない、不思議な響き。

 「……誰だ?」

 『驚かせてごめんなさい。

  私は……シラ』

 それが、

 地上とアガルタが初めて“対等に”触れた瞬間だった。

     ◇

 アガルタ。

 当時、シラはまだ若い研究者だった。

 アンリフィスの“共鳴理論”を提唱した張本人。

 彼女は、光の揺らぎの中に

 偶然、人間の声を拾ってしまった。

 本来なら遮断するべきだった。

 報告し、封印すべきだった。

 だが――

 『あなたの声……とても、寂しい音をしていた』

 その一言で、

 良一は笑った。

 「……そうかもしれないな」

 それから、二人は話した。

 互いの世界のこと。

 見たことのない空の色。

 地上の雨の匂い。

 地下の光の温度。

 声だけで。

 姿も知らずに。

 それでも、

 心だけは、確かに触れていた。まだ、アガルタが「閉じた世界」になる前のことだった。

 光は今よりも自由で、

 アンリフィスは監視装置ではなく――

 耳だった。

 地上の音を、地下へ運ぶための。

    

 深夜の研究区画。

 シラ・エルフェリアは一人、光導卓の前に立っていた。

 《地上音響位相・試験接続》

 表示は不安定。

議会はこの研究を「不要」と判断していが、

彼女はやめなかった。

    

 それは、恋だった。

 だが――

 恋は、世界にとって未知の現象だった。

 アンリフィスは反応した。

 単なる音ではない。

 感情を伴った共鳴。

 光が、揺れた。

 観測装置が、初めて異常を記録する。

 《位相重なり発生》

 《対象:シラ・エルフェリア/地上個体》

 光議会はそれを――

 「危険」と定義した。

     

 「君は見てしまったんだ、シラ」

 議会の中央で、若かりしガルドが言った。

 「世界と世界が、

  感情で繫がる瞬間を」

 「それの何が悪いの?」

 シラは、はっきり言った。

 「争いじゃない。

  支配でもない。

  ただ……想っているだけ」

返ってきたのは、ガルドの冷たい沈黙だった。

 「だからこそ危険なのだ」

 恋は、制御できない。

 理屈で止まらない。

 境界を、無意味にする。

 光議会は決定した。

 《地上交信、全面封鎖》

 《記憶削除》

 《感情干渉事例、封印》

     

 良一の声は、突然途切れた。

 どれほど呼びかけても、返らない。

 シラは、初めて泣いた。

 そして――

 良一との記憶の一部が削除された。

 もう二度と、

 恋が世界を壊さないように。

 だが、同時に彼女は知ってしまった。

 恋は、

 壊すために生まれるのではない。

 世界が、閉じすぎていることを教えるために現れるのだと。

     

それから数十年。

シラは出来る限り覚えている記録を残し、封印した。

 議会に従うふりをしながら、

 “揺れ”を待ち続けた。

 そして――

 ニカと良太が出会った。

 声が重なり、

 光が揺れ、

 再び世界が観測を始めたとき。

 シラは、確信した。

 「……また、始まったんだね。

  今度こそ、本当に」

 観測者とは、

 監視する者ではない。

 恋を見てしまったがゆえに、

もう否定できなくなった者たちの名前だ。

     

 良一とシラの記憶は、失われた。

 だが、その恋は消えなかった。

 形を変え、

 世代を越え、

 再び――

 世界の境界に、問いを投げかけている。

 > 「それでも、切り離すのか?」

 光は、もう答えを知っている。       

#34へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ