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#31 世界が歪み始める場所

#31 世界が歪み始める場所

 目を開けたとき、良太は“音が足りない”と感じた。

 鳥の声がない。  遠くの車の走行音も、風の気配もない。

 あるはずの朝の雑音が、すっぽり抜け落ちている。

 「……ここは……?」

 身体を起こそうとして、違和感に気づく。  重力はある。  床もある。  だが――空間の奥行きが、どこかおかしい。

 見慣れた自分の部屋。  ベッド、机、壁。  すべては同じはずなのに、輪郭がほんのわずかに揺れている。  まるで、現実が“確定しきれていない”みたいに。

 そして――

 「……ニカ?」

 声は、部屋の中で反響しなかった。

 返事はない。  だが、胸の奥がはっきりと熱を帯びる。

 (……いる)

 見えない。  触れない。  それでも、“距離がある”とは感じない。

 それは、昨日までの共鳴とも違う。  もっと近く、もっと危うい感覚。

 世界と世界の間に、薄い膜一枚だけが残っている――  そんな状態だった。

      

 一方、アガルタ。

 ニカは、白い空間の中で意識を取り戻した。

 光も、警報も、制御階層もない。  ただ、淡く揺れる“境界層”と呼ばれる中間領域。

 足元は、光のようでいて、確かな感触がある。  空はない。  だが、圧迫感もない。

 「……良太……」

 名前を呼んだ瞬間、胸が熱を帯びる。  それは、彼が生きているという確信だった。

 ――会えた。

 あれは夢じゃなかった。  幻でもなかった。

 視線が交わり、声が届き、同じ空間に立った。  その記憶は、まだ身体の内側に残っている。

 喜びが、遅れて込み上げる。

 (……本当に、会えたんだ……)

 だが、同時に――  胸の奥が、ひどく痛んだ。

 アガルタ全域の光が落ちた感覚。  地上側の“観測”が走った瞬間。  レオンの叫び。

 そして、遮断。

 (……やってしまった)

 世界は、壊れていない。  だが――歪み始めている。

 それが、はっきり分かる。

      

 地上、学校。

 異変は、すでに表面化していた。

 朝のホームルーム。  黒板の文字が、時折“二重”に見える。  教室の窓から見える校庭が、一瞬だけ違う角度にズレる。

 「……なあ、今の見た?」

 「え? 何が?」

 気づく者と、気づかない者がいる。  まるで、世界の感度が人によって違うみたいに。

 良太は、はっきりと“分かってしまう側”だった。

 胸の奥の熱が、ずっと消えない。  ニカの存在が、現実の背後に重なっている。

 (……このままじゃ……)

 授業中、突然――  蛍光灯が、一斉に瞬いた。

 次の瞬間、教室の一角が、ほんの一拍だけ“光の粒子”に分解された。

 悲鳴。  椅子が倒れる音。

 だが、次の瞬間には元に戻る。  何事もなかったかのように。

 教師が動揺しながら言う。

 「い、今のは……電圧の問題だ。落ち着け」

 だが、良太は知っていた。

 (違う……)

 これは、境界が揺れている。  自分とニカが、触れてしまったせいで。

      

 ニカは、境界層の中で、そっと目を閉じた。

 すると――  視界の奥に、“地上の光”が滲み始める。

 校舎。  机。  人々の影。

 良太のいる場所が、ぼんやりと“見えてしまう”。

 (……こんな……)

 喜びがある。  彼が生きている。  同じ時間を過ごしている。

 でも、それ以上に――怖い。

 見えてはいけない。  触れてはいけない。  これは、本来“起きてはいけない重なり”。

 祖母シラの言葉が、胸に刺さる。

 ――繫がりすぎれば、世界は溶ける。

 ニカは、震える声で呟いた。

 「……良太……会えて、嬉しい……」

 涙が浮かぶ。

 「でも……このままじゃ……だめだ……」

  

 放課後。  良太は、無意識に井戸へ向かっていた。

 だが、そこにあったのは――

 封鎖線。

 黄色と黒のテープ。  立ち入り禁止の看板。  そして、見慣れない装置。

 政府のものだ。  はっきり分かる。

 (……もう、隠されてない)

 世界は、気づき始めている。  異常を。  地下からの“何か”を。

 良太は、拳を握った。

 (……やっと、会えたのに)

 喜びがある。  確かに、彼女に触れた。  声だけじゃなかった。

 でも同時に――  会ってはいけなかった現実が、牙を剥いている。

 ニカの世界も。  自分の世界も。

 どちらも、もう元には戻らない。

 それでも。

 良太は、胸の奥に問いかける。

 (それでも……後悔してないか?)

 答えは、即座に返ってきた。

 ――していない。

      

 境界層で、ニカは同じ結論に辿り着いていた。

 怖い。  苦しい。  世界が壊れ始めている。

 それでも。

 (……それでも、あの瞬間が嘘だなんて、言えない)

 初めて視界で見た彼。  同じ空間に立った感覚。  確かに触れ合った存在。

 それは、罪かもしれない。  禁忌かもしれない。

 でも――

 存在を肯定された瞬間だった。

 ニカは、胸に手を当てる。

 「……次は……選ばなきゃ……」

 会い続けるか。  断ち切るか。  それとも――第三の道か。

 その選択が、

 世界の行方を決める。

 そして、二人はまだ知らない。

 この“歪み”を、

 最初に本格的に観測した存在が、

 すでに動き出していることを。

 人類でも、光議会でもレオンでも

ない――

 もっと古い“観測者”が。

#32へ続く

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