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#3 恋の掟の影 ― ニカに迫る光議会の視線

#3 恋の掟の影 ― ニカに迫る光議会の視線    アガルタの朝は、地上のそれと違って“昇る太陽”がない。

 天井に散らばる無数のルミナ鉱石が、夜の間は眠るように光を弱め、決まった時間になると一斉に輝度を上げる――それがこの世界の“夜明け”だ。


 ルミナ・シティの街路がゆっくりと白銀色に染まりだすなか、ニカはアカデミア・ネオスの大階段を駆け上がっていた。


「やばっ、また遅刻する!」


 青と銀の制服の裾が光の粒を散らす。胸のルミナブローチが跳ねるたびに淡い桃色に瞬いた。最近、心がざわつくせいで色づきやすいのだ。


(だって……昨日も、あの人の声を聞いたから)


 ――井戸の向こうの地上の少年、千間良太。


 顔も知らない、触れたこともない。

 けれど声を交わすたびに、胸の奥で小さな光の羽が震える。

 それは、アガルタで“恋の始まり”と呼ばれる感覚に似ていた。


 駆け込みで教室に滑り込み、席に着いた瞬間。


「ニカ、遅刻スレスレじゃん。……また地上人の声、聞いてたんでしょ」


 隣の席のセリアが、半分呆れたように笑う。

 濡れたような銀色髪がひかり、瞳には心配が滲んでいた。


「えっ……な、なんでわかるの?」


「顔に書いてある。“今日はリョウタって人と話したんだなー”って」


「ちょっ……!」


 ニカの頬がみるみる赤くなる。

 ルミナブローチも、同じように淡い桃色へ染まった。


 セリアが小声で続ける。


「……やめといた方がいいよ。地上との接触は掟で禁じられてる。

 最近、光議会の検査も厳しいし」


「でも……声を交わしただけだよ? 誰にも迷惑かけてないし」


「そういう問題じゃないの。掟は“絶対”って、知ってるでしょ?」


 ニカは言葉につまる。

 わかっている。掟を破ることに、どれほどの意味があり、どれほどのリスクがあるか。

 それでも――あの夜、井戸越しに聞いた良太の一言を思い出してしまう。


 胸が熱くなる。

 掟なんて、関係ないとさえ思ってしまう。


(……こんな気持ち、初めてなんだ)


 セリアはため息をつき、ニカのルミナブローチを指差す。


「ほら見て、めっちゃピンク。完全に恋してる色じゃん」


「……ち、違うもん!」


「はいはい。いいけど、気をつけてね。光議会に目をつけられたら、本当に面倒なことになるから」


 ニカは小さく頷くしかなかった。


 だがその会話を、教室の外から聞いている者がいた。


 光議会情報局の見回りを担当する青年――レオン。

 淡い灰青の外套に身を包み、鋭い目を細める。


「井戸……地上……名前は“リョウタ”……か」


 彼は音もなく去っていった。


 ――この時点で、ニカの日常は静かに崩れ始めていた。



放課後 ― 光る喫水街で


 授業の終わったアカデミア・ネオスの前は、いつも光導路の輝きで満ちていた。

 滑るように人々が移動し、笑い声が響く。

 ニカとセリアも、その光流の中をゆっくりと歩く。


「ねえニカ、今日はどこ行く? 新しい発光飲料の店が……」


「ごめんセリア、今日はちょっと……用事があって」


 用事――それはもちろん、井戸に向かうことだ。


 セリアは察したようにため息をつく。


「やっぱり今日も、声…聞きに行くんだね」


「うん……なんか、最近タイミングがぴったりで」


「それさ、逆に危険じゃない? エコーホールの波長が安定してるってことだよ。議会が気づいたら――」


「大丈夫だよ! ちょっと話すだけだから!」


 ニカは言い切ったが、胸の奥には不安が絡みついていた。


(わかってる……でも、聞きたいの。あの声を)


 セリアはもう止められないと悟ったように、肩をすくめた。


「……じゃあせめて、気をつけて。

 何かあったら、私に絶対言うこと。いい?」


「うん。ありがとう、セリア」


 二人はそこで別れた。


 ニカは繁灯街から少し外れた、静かな小道へ向かった。

 そこにある古い祠の奥――地上と唯一繋がっている“共鳴のエコーホール


 心臓が高鳴る。


「……良太、今日もいるかな」


 光る水面のような穴に、そっと顔を近づけた瞬間。


「……ニカ? いるか?」


「っ! りょ、良太!」


 声が弾ける。

 心の奥まで光が走るような感覚に、思わず両手を胸にあてた。


「今日さ……学校でさ、文化祭の話出たんだ。ちょっと楽しそうで……お前にも見せたくなった」


「文化祭……! よくわかんないけど、すごく楽しそう!」


「写真とか見せられたらいいんだけどな……まあ、姿は見えないんだけどさ」


「うん……でも声だけで十分。すごく嬉しいよ」


 その一言で、良太は少し照れたように息を飲む。


「……あのさ、変なこと聞くけど」


「うん?」


「ニカの暮らしている所って……どんな場所なんだ?」


 ニカは少し考え、言葉を選んだ。


「光があって、春みたいに暖かくて……みんな穏やか……だけど、掟が多くて、生きづらいとこもあるよ」


「掟?」


「……うん。特に“地上の人とは会ってはいけない”っていう掟」


「……そっか。じゃあ俺と話してるの、ヤバい?」


「ちょっとだけ。でも……良太と話すの、やめたくないから」


 沈黙。


 やがて良太が、小さな声でつぶやいた。


「……俺もだよ。会えたらいいのにな」


 その瞬間、ニカの胸が熱くなり、ブローチが淡く桃色に光った。


 ――だが、その微かな光こそが問題だった。


 遠く、木陰の奥で。

 黒い外套をまとった影が、光の変化を観測していた。


「感情反応……確認。対象、地上と接触継続中……」


 レオンが手にしたルミナ水晶板に情報が記録されていく。


「光議会に報告――いや、これは……長官ガルドに直接届けるべき案件だな」


 その瞳が冷たく光る。


「地上人との接触は禁忌。

 掟を破る者は、記憶消法――“光消し”の対象となる…」


 レオンは、ほとんど音を立てずに去っていった。


翌日 ― 光議会内


 光議会の中心塔ルミネア・スパイア

 螺旋状の白金石の壁が淡く光り、広間には重い静寂が満ちている。


 長官ガルドは巨大な円卓の前で、報告を無言で聞いていた。

 背は高く、鋭い琥珀色の瞳がルミナ鉱石のように光っている。


「……アカデミア・ネオスの学生、ニカ・エルフェリア。

 掟を破り、地上との交流を継続しています」


 レオンの報告に、議員たちがざわめいた。


「地上との接触か……あり得ぬ!」


共鳴穴エコーホールは封印されているはずだ!」


「彼女は、シラの孫だろう!?」


 ガルドは静かに手をあげた。それだけで、空気が凍る。


「……レオン。地上の相手の名は?」


「センマリョウタ。日本国の、一般学生と思われます」


「姿の接触は?」


「まだ声のみ。しかし波長安定度から見て――

 物質共鳴の段階に入る可能性があります」


「……なるほど」


 ガルドは目を閉じた。

 その表情には、どこか悲しみさえ漂っていた。


「アガルタを守るため、掟は必要だ。

 地上の“カルマ汚染”を再び招くわけにはいかぬ」


「では――」


「まだだ」


 ガルドはゆっくりと立ち上がった。


「すぐに処罰する必要はない。

 だが、監視は強化しろ。もし二人の“心の共鳴”が進めば――」


「“光消し(メモリー・イレース)”の発動を?」


 議員が問う。


 ガルドは静かに頷いた。


「掟は掟だ。

 ……恋心も、例外とはならぬ」


 その冷たい響きが、塔の奥深くまで反響した。


その夜 ― ニカの部屋


 ニカはベッドの上で丸くなり、ブローチを握りしめていた。

 今日、《ルミネア・スパイア》の視線がいつもより冷たく感じたのだ。


(……気のせいだよね?)


 不安を払いのけるように、イルミランタンのスイッチを落とす。

 部屋が暗くなった時――


 手の中のブローチが、勝手に光った。


「え……?」


 桃色の脈動。

 これは“心の共鳴”が強まったときだけ起きる現象。


「……良太」


 囁いた瞬間、井戸から聞いた声が脳裏に蘇る。

                   《いつかさ、会ってみたい。ちゃんと。直接》


 胸が締めつけられ、呼吸が震えた。


「……会いたいよ。良太」


 しかし、その光は――

 アガルタ全域の観測網にも拾われていた。


 白金塔の奥。


 レオンは淡々とルミナ水晶板を操作し、誰にも聞こえぬ声でつぶやいた。


「……心の共鳴度、危険域。

 ニカ・エルフェリア……君は掟を破りすぎた」


 そして“ある指示”が議会上層に提出された。


 ――それは、ニカに対する“初期審査”の開始。


 彼女の自由は、静かに奪われ始めていた。



 その日の夜。

 地上の学校裏庭で、良太は井戸の前に立っていた。


「……聞こえるか? ニカ」


 返事はすぐに来た。


「良太……今日も話せて嬉しい」


 声だけのはずなのに、彼女が微笑む気配がわかる。

 良太の胸が温かくなった。


「最近……お前、なんかあった? 声が不安そうで」


「え……そんなこと……」


「隠すなって。俺にはわかる」


 ニカはしばらく沈黙し――

 震える声で言った。


「……掟に、触れちゃってるの。

 地上の人と話すだけで、本当はダメなの」


「そんなの……!」


「でもね、良太とは……話したいの。

 声を聞くたびに、心が……光るの」


 良太の喉が熱くなる。


「……ニカ。俺も、お前の声が好きだよ」


 そのとき――ニカのブローチが強く光り、共鳴穴エコーホールが淡く震えた。


 しかし同時に。


 アガルタの監視網に、警告灯が走った。


 《共鳴強度:臨界近接》


 光議会の塔で、長官ガルドが目を開く。


「……始まってしまったか。

 このままでは、掟が……世界の均衡が崩れる」


 そして静かに言った。


「ニカ・エルフェリアを、正式に審査対象とする」


 その瞬間、アガルタの運命が静かに動き始めた。


 ニカの恋と日常は――

 もう、二度と元の形には戻らない。     #4へ続く

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