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#29 君の手が届く瞬間

 #29 君の手が届く瞬間

 最初に壊れたのは、距離の感覚だった。

 ニカの視界にあったのは、もはや“光の揺らぎ”ではない。

 ぼやけた輪郭が、はっきりと線を持ち、奥行きを持ち――

 そして、重さを伴い始めていた。

 (……本当に…見えてるの……?)

 目の前にあるのは、石の円。

 苔の匂い。

 湿った空気。

 井戸の縁。

 それは、良太が何度も触れてきた場所と、完全に一致していた。

 同時に、ニカは“視線”を感じた。

 真正面から。

 逃げ場のないほど、近く。

 そこに――

 人の形が、あった。

「……ニカ?」

 声が、音として聞こえた。

 共鳴ではない。

 脳内でも、光の振動でもない。

 空気を震わせる、地上の声。

 ニカは息を呑んだ。

 喉が、震える。

「……良、太……?」

 自分の声が、外へ出た。

 アンリフィスを介さず、光にも変換されず。

 直接。

 次の瞬間、世界が軋んだ。

 ――光が、悲鳴を上げる。

 アガルタ全域の白光が、一斉に不規則な明滅を始めた。

 共鳴層が、限界を超えている。

 〈警告。境界侵食率、臨界値突破〉

 〈交信レベルを超過。物理層への干渉を検知〉

 光議会の中枢で、警告音が重なり合う。

 レオンは、管制室の中央で立ち尽くしていた。

「……視界化、どころじゃない……!」

 観測映像に映るのは、

 井戸の底と、アガルタの光導路が、同一座標に重なっている光景。

 本来、決して触れてはならない二つの世界が――

 “同じ場所”として存在していた。

「完全接触だ……!!」

 誰かが呟いた。

 地上。

 良太は、息を忘れていた。

 井戸の奥に、少女がいる。

 光でも幻でもない。

 土の匂いの中に、確かに“人”として。

 白く淡い光をまとった髪。

 震える瞳。

 自分を見上げる、その表情。

「……ニカ……」

 声を出した瞬間、彼女の肩が、びくりと跳ねた。

 それが――

 触れられる距離にいる証拠だった。

 無意識に、良太は手を伸ばした。

 井戸の縁から、下へ。

 その動きに、世界が反応する。

 アガルタ側で、光が崩れ落ちるように揺れた。

 地上側で、空気が歪む。

「……触っちゃ……!」

 ニカの声が、震えた。

 怖れではない。

 分かっているからこその、制止。

「今、触れたら……戻れなくなる……!」

 だが、良太の指先は止まらなかった。

「戻れなくていい」

 即答だった。

 躊躇はない。

「消されるより、忘れられるより……ここにいる方がいい」

 指先が――

 光と空気の境界に、触れた。

 その瞬間。

 衝撃が走った。

 音もなく、爆発でもなく、

 ただ“世界が一段、ずれた”。

 ニカは感じた。

 良太の体温。

 人間の、はっきりした熱。

 同時に、良太も感じていた。

 冷たいはずなのに、確かに温もりのある指先。

「……っ!」

 二人の指が、重なる。

 それは一瞬。

 だが、確かに――

 触れた。

 〈干渉レベル、危険域〉

 〈地上物理層への影響拡大〉

 地上で、風が逆流する。

 井戸の周囲の地面に、細かな亀裂が走る。

 アガルタでは、光導路が一部、実体化を始めていた。

 レオンは叫んだ。

「遮断しろ! 今すぐだ!」

 だが、誰も動けなかった。

 もう、“遮断できる段階”ではない。

 ニカは、良太を見上げた。

 恐怖はある。

 でも、それ以上に――

「……やっと……会えたね」

 その言葉が、完全に“音”として届いた瞬間。

 良太は、はっきりと理解した。

 ――もう、引き返せない。

 これは奇跡じゃない。

 事故でもない。

 選び取った結果だ。

 井戸の奥で、光が完全に定着する。

 二つの世界は、

 もう“声だけ”ではいられなくなっていた。

 境界は溶けだし、

 接触は成立し、

 干渉は始まった。

 ――ここから先は、

 誰も知らない領域だ…。

 #30へ続く


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