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#28 君の名を呼ぶ距離

 #28 君の名を呼ぶ距離

 最初に感じたのは、距離がなくなったという感覚だった。

 ニカの視界は、もはや“光の揺らぎ”ではなかった。

 輪郭があり、奥行きがあり、そして――温度があった。

「……見えてるの……?」

 呟いた声は、アガルタの空間に吸われなかった。

 代わりに、まっすぐ届く感触があった。

 目の前。

 確かにそこに、人影がある。

 暗い背景。

 石と土の匂い。

 そして、こちらを見上げる少年の顔。

 ――良太。

 写真でも、想像でもない。

 声の奥に思い描いてきた像が、現実として存在していた。

「……ニカ?」

 少年の声が、空気を震わせて届く。

 その瞬間、ニカの胸がきゅっと縮んだ。

 声だけだったときよりも、ずっと近くて、ずっと怖い。

 (……ほんとに……)

 彼は瞬き一つ分だけ遅れて、はっきりと息を呑んだ。

「……見えた」

 良太の視界にも、同じ異変が起きていた。

 井戸の奥は闇ではなかった。

 闇の向こうに、別の空間が重なっている。

 淡い白光。

 幾何学的な構造物。

 そして、その中心に立つ少女。

「ニカ……?」

 名を呼ぶと、彼女の肩がわずかに震えた。

 視線が合う。

 ――その瞬間。

 世界が、一拍、遅れて追いついた。

 空気が歪み、

 音が二重になり、

 視界の端が揺れる。

 それでも、二人は目を逸らさなかった。

 (これが……“繋がりすぎる”ってこと……)

 ニカの脳裏に、祖母シラの言葉がよぎる。

 ――境界は、完全に越えてはいけない。

 だが、もう遅かった。

 良太の背後で、影が動いた。

「……っ!」

 ニカは思わず叫ぶ。

 同時に、アガルタ側でも異変が起きていた。

 光導路の白光が一斉に揺れ、警戒音が低く鳴る。

 〈共鳴層、重なり率臨界〉

 〈観測対象、視界接続確認〉

 ――光議会の観測網だ。

 レオンは監視室で、その数値を見て立ち尽くしていた。

「……視界、確定か……」

 誰にも聞こえない声で呟く。

 彼が恐れていた未来。

 そして、どこかで望んでしまった未来。

「ニカ……」

 再び、二人の世界へ。

 良太は、井戸の縁に片手をついていた。

 視界が不安定で、足元が定まらない。

 だが、それでも――彼女から目を離せなかった。

「……やっと…初めて、ちゃんと……会えたな」

 ニカは、小さく息を吸った。

「……うん」

 たった一言。

 それだけで、胸がいっぱいになる。

 だが、次の瞬間。

 視界の縁に、冷たい光の輪郭が浮かび上がった。

 観測者。

 干渉者。

 世界の“管理”そのもの。

 ニカははっきりと理解した。

 ――このままでは、良太が危険になる。

「良太……聞いて」

 声を、震えないように絞り出す。

「今は……触れないで。

 視界が重なっただけで、もう限界なの」

 良太は歯を食いしばった。

「……でも、やっと……」

「分かってる」

 ニカは、微笑んだ。

 泣きそうなくらい、優しく。

「でも、逃げないで。

 これは“終わり”じゃない」

 光が、さらに強く揺れ始める。

 引き離される感覚が、確かに迫っていた。

「次は……ちゃんと、同じ場所で会おう」

 その言葉を最後に。

 視界は、ゆっくりと――

 だが、確実に引き剥がされていった。

 闇が戻る。

 光が遠のく。

 しかし。

 もう、二人は知ってしまった。

 相手は幻じゃない。

 世界は、確かに重なった。

 そして――

 この一度きりの“視界確定”は、

 もはや、

 誰にもなかったことにはできない。

 #29へ続く


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