#27 重なった焦点
#27 重なった焦点
アガルタの光が、止まった。
正確には――
止まったように見えた。
ニカは走るのをやめ、思わずその場に立ち尽くした。
逃げているはずなのに、足が前へ出ない。
胸の奥が、熱い。
いや、熱いというより――引き寄せられている。
(……これ、声じゃない)
今までの共鳴は、音だった。
感情だった。
想像の中でしか触れられない“気配”だった。
でも、今は違う。
視界の端で、光が歪んでいる。
アンリフィスの白光が、鏡のように薄く伸び、
そこに――影が映り始めていた。
人の輪郭。
見慣れない服。
知らない色の空を背負った、ひとりの少年。
「……良太……?」
声にした瞬間、歪みが“焦点”を結んだ。
——見える。
はっきりと。
井戸の縁に立つ良太が、
こちらを見上げている。
◆
地上。
良太は、息を忘れていた。
井戸の底が、もう“底”じゃない。
暗闇のはずの向こう側に、白い光の都市が広がっている。
そして。
その中央に――
「……ニカ……」
声が、自然に零れた。
夢じゃない。
幻覚でもない。
光の向こうで、
確かに“彼女がこちらを見ている”。
目が合った。
その瞬間、世界が音を取り戻す。
風。
心臓の鼓動。
遠くの街の生活音。
すべてが一拍遅れて、戻ってきた。
「……見えてる?」
問いかけは、井戸を越えて、
アンリフィスを越えて、
そのまま届いた。
ニカの唇が、震えながら動く。
「……うん」
たったそれだけの返事なのに、
良太の胸が壊れそうになる。
声じゃない。
通信でもない。
同じ瞬間、同じ場所を見ている。
それが、どれほど危険なことか――
二人とも、もう分かっていた。
周囲の光が、不自然に暗くなる。
アガルタの空間が、きしむ。
地上の空気が、重く沈む。
――観測が、成立した。
どこかで、誰かが“記録”を取っている気配。
ニカは、はっとして周囲を見た。
「……良太、だめ……!」
その瞬間、背後で光が裂ける。
レオンの気配。
光議会の“介入”。
だが、もう遅い。
良太は、はっきりと見た。
ニカの世界を。
ニカが、追われている現実を。
「……逃げるな」
良太は、低く言った。
それは命令じゃない。
誓いだった。
「今度は、俺がそっちを見る番だ」
井戸の奥で、光が爆ぜる。
視界は一瞬、真白になり――
二つの世界の境界が、“戻れない線”を越えた。
観測は完了した。
もう、知らなかったふりはできない。
――ここから先は、
「見てしまった者たち」の物語になる。
#28へ続く




