#25 光が君を結ぶとき
#25 光が君を結ぶとき
アガルタの光が、震えていた。
ニカは足を止め、思わず胸元を押さえた。
アンリフィスの光導路が、いつもより遅く、重く脈打っている。
(……来てる)
それは音ではなかった。
声でもない。
“視線”が近づいてくる感覚。
良太の存在が、これまでになく鮮明に――。
――怖い。
けれど、それ以上に、心が引き寄せられていた。
共鳴は、これまで「声」だった。
感情で、温度で、想いで触れるもの。
でも今は違う。
世界そのものが、
「彼を見せようとしている」。
ニカの視界の端で、光が歪んだ。
アンリフィスの白い流線が、
水面に落ちた雫のように、輪を描いて揺れる。
「……っ」
思わず息を呑む。
光の揺らぎの中心に――
“影”が生まれた。
最初は輪郭だけ。
人の形をした、淡い影。
それは、アガルタの誰とも違った。
光を内側から放つこの世界の人間とは逆に、
影は“外から照らされて”浮かび上がっている。
(……これが……)
地上。
良太のいる世界。
胸が、苦しいほど高鳴った。
声で何百回も呼んだ名前。
心の中で何度も描いた姿。
なのに――
実際に「見えかけている」だけで、足が震える。
同時刻。
地上、旧校舎裏。
良太は、井戸の縁に手をついていた。
空気が、歪んでいる。
夜の闇が、ただ暗いだけじゃなく、
奥行きを持って“割れそう”になっていた。
「……ニカ……?」
呼びかけた声が、
自分の耳に届く前に、吸い取られる。
井戸の底。
そこに――
“光”がある。
今までの反射でも、錯覚でもない。
確かに、向こう側に“空間”があった。
光の向こうに、
誰かが立っている。
(……え……)
輪郭が、揺れる。
白い光に包まれた、細い影。
長い髪。
こちらを――見ている。
その瞬間。
ニカの視界が、はっきりと“固定”された。
――見える。
完全じゃない。
けれど、確かに。
闇の中に立つ少年。
夜風に揺れる髪。
驚いたように見開かれた目。
その瞳が――
まっすぐ、自分を捉えている。
「……良太……」
声にならなかった。
喉が、震える。
(……ほんとに……いた)
想像じゃない。
夢でもない。
同じ“今”を生きている人。
良太の方でも、胸が爆発しそうだった。
「……ニカ……?」
声が、初めて――
“届きそうな距離”で揺れた。
だが、その瞬間。
世界が、軋んだ。
光が、急激に濃くなる。
アガルタ側で、警告の波動が走る。
地上側で、空気が凍りつく。
――観測限界。
――干渉危険域。
見えすぎてはいけない。
世界が、必死にブレーキをかけている。
ニカは悟った。
(……今、触れたら……壊れる)
だから。
だからこそ――
彼女は、微笑んだ。
泣きそうなほど、優しく。
「……ちゃんと……見えた」
それだけで、十分だった。
次の瞬間。
光が弾け、
像は霧のように崩れ落ちる。
井戸の底は、再び闇へ。
アンリフィスは、静かな脈動へ。
だが。
もう、戻れない。
良太は、確信していた。
「……今のは……夢じゃない」
ニカも、胸に手を当てる。
まだ、温かい。
声の時代は、終わった。
次は――
触れるための世界が、動き出す。
#26へ続く




