#22 猶予という名の嘘
#22 猶予という名の嘘
光議会・上層判断室。
円卓の中央に、淡い光が浮かび上がる。 複数の議員の意識投影が、次々と接続されていく。
レオンは、少し遅れてその場に立った。
「監察官レオン。例の《視界共鳴案件》について、説明を」
長官代理の低い声。 感情はない。ただ、結果を求めている。
レオンは一礼し、光晶板を操作した。
空間に、波形データが展開される。 視界干渉ログ。 共鳴指数。そして――“未確定”の赤い表示。
「本件は、想定外の段階に入っています」
静かな声だった。
「声の共鳴を越え、視界情報が部分的に同期しました。 ですが――完全な接触には至っていません」
議場が、わずかにざわつく。
「ならば尚更、危険ではないか」
「早期遮断を行うべきだ」
「前例――シラ・エルフェリアの件を忘れたのか」
その名が出た瞬間、 レオンの内側で、何かが動く
だが、顔には出さない。
「前例があるからこそ、慎重であるべきです」
彼は、あらかじめ用意していた資料を表示した。
《補足解析:即時遮断時の反動予測》
数値が浮かび上がる。
共鳴反跳率:高
精神干渉リスク:未測定
境界層不安定化:上昇
「現在の二人は、強く“結びつこうとしている”状態です。 ここで力づくの遮断を行えば――」
レオンは、一拍置いた。
「逆に、境界層へ亀裂を生む可能性がある」
沈黙。
議員たちは、数値を睨む。 彼らにとって重要なのは感情ではない。 均衡だ。
「……つまり」
長官代理が言った。
「放置しろと?」
「いいえ」
レオンは、はっきりと首を振る。
「観測を継続し、段階的に切り離す猶予が必要です」
彼は、最後の一文を提示した。
《提案:72時間の再観測期間》
「三日、ですか」
「はい。
その間に、感情波形の自然減衰、あるいは安定化が確認できれば、 より安全な処理方法を選択できます」
嘘だった。
少なくとも、半分は。
自然減衰など、起きないと分かっている。 あの二人は、もう“戻れない”。
だが―― 時間だけは、必要だった。
長官代理は、しばらく黙考したあと、言った。
「……分かった。
72時間の猶予を与える」
その言葉に、議場が静まる。
「だが、監察官レオン。 その間に事態が進行した場合――」
「責任は、私が取ります」
即答だった。
議会の光が、ひとつ消える。 会議終了の合図だ。
観測層を出たあと、 レオンはひとり、通路に立ち尽くした。
72時間。
短い。 だが、無ではない。
(……逃げろ、ニカ)
彼女は、もう追われている。 議会が本気で動き出す前に、姿を消さなければならない。
(……動け、地上の少年)
方法は分からない。 だが、彼は知っている。
“門”は、もう反応を始めている。
レオンは、個人端末を開き、 非公式チャンネルをひとつ立ち上げた。
《監察記録:更新遅延》《理由:観測層ノイズ》
小さな操作。 だが、これで追跡精度は落ちる。
完璧ではない。 見逃しでもない。
時間を買うための、微かな歪み。
レオンは、壁に手をついた。
「……これで、いいのか」
答えはない。
ただ、胸の奥に残った感覚だけが、彼に選択の重さを教えていた。
彼は、英雄じゃない。 救世主でもない。
ただ―― 奪う側でいることを、やめただけだ。
72時間後、 世界は必ず、次の段階へ進む。
それが救いか、破滅かは―― もう、誰にも分からなかった。 #23へ続く




