#21 監察官レオン ― 観測者という名の罪Ⅱ
#21 監察官レオン ― 観測者という名の罪Ⅱ
光議会・中央観測層最上階。
無数の光晶板が、円環状に並ぶ室内で、レオンはひとり立っていた。
壁面を走る数値。 共鳴波形。 干渉指数。 視界接触ログ。
どれもが、異常を示している。
だが彼は、声を上げなかった。
「……視界共鳴、初期接触を確認」
淡々と、記録用の音声を残す。
――本来なら、ここで即時遮断。 ――対象隔離。 ――記憶消去準備。
それが、監察官の職務だ。
だが、レオンの指は止まっていた。
光晶板に映る波形。 その中心にある、二つの反応。
《Nika Elferia》 《Senma Ryota》
数値が、重なっている。
ありえない。 声の共鳴を越え、視界情報が流入した。
それは理論上――“心象が物質層へ干渉を始めた”ことを意味する。
「……馬鹿な」
思わず、言葉が零れた。
レオンは、自分の胸に手を当てる。 そこには、何もない。 光も、熱も、揺れも。
(なぜ……君たちだけが……)
彼は知っている。
アガルタが恐れるものの正体を。
それは“地上”ではない。 それは“恋”でもない。
選び合う意志だ。
光議会が作った秩序は、 「均衡」を理由に、 人が人を選ぶ自由を切り捨ててきた。
――過去にも、同じ事例があった。
レオンは、古い非公開記録を呼び出す。
《案件:光喪の恋》 《対象:Sila Elferia》 《結果:記憶欠損処理・交信路封鎖》
画面に表示された文字を見つめ、 彼は、わずかに歯を食いしばった。
(……また、繰り返すのか)
彼は、ニカを思い出す。
逃げる背中。 震えながらも、光を抱え込むように守っていた姿。
そして―― 最後に向けられた、あの視線。
恐怖ではなかった。 憎しみでもなかった。
問いだった。
――なぜ、奪うの?
その問いに、レオンは答えを持たない。
彼は、監察官だ。 観測し、判断し、命令を下す側。
だが。
「……俺は」
レオンは、記録入力欄にカーソルを合わせる。
本来入力すべき文言。
《即時介入を推奨》 《対象は危険》
だが、彼の指は――別の文字を打った。
《再観測を提案》 《感情波形:未確定》 《即時処分は、均衡を乱す恐れあり》
送信。
光晶板が、一瞬だけ強く光る。
――上層部へ、届いた。
レオンは、ゆっくり息を吐いた。
これは裏切りではない。だが、忠誠でもない。
彼は初めて、“観測者”であることをやめたのだ。
「……ニカ」
名を呼ぶ。 返事はない。
だが、彼は知っている。
もう止まらない。 あの二人は、声を越え、視線を越え、 存在そのもので触れ始めてしまった。
レオンは、静かに決意した。
次に動くとき、 自分は――
光議会の監察官ではいられない。
観測者という立場は、 もう、彼自身を守ってはくれなかった。
――選ばれる側になる覚悟を、彼は、まだ持っていない。
だが。
選ばずに奪うことだけは、もう、できなかった。
#22へ続く




