#19 視線の向こう ― 観測者の影
#19 視線の向こう ―観測者の影
夜の旧校舎裏は、昼とは別の顔をしている。
風が止まり、虫の声も遠のくと、
世界は音を失ったみたいに静かだった。
良太は井戸の前に立っていた。
ポケットの中のルミナ鉱石の欠片が、
指先の体温に反応するように、微かに熱を帯びている。
「……ニカ」
名を呼ぶだけで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
声は闇に溶け、井戸の底へと落ちていった。
――返事は、ない。
それでも、今日の空気は“違った”。
ざわつくような感覚。
誰かに背中を向けているような、落ち着かなさ。
(……なんだ?)
良太は、無意識に周囲を見回した。
旧校舎。
木々。
フェンスの向こうの住宅街。
誰もいない。
それなのに。
見られている。
はっきりと、そう思った。
「……気のせいか?」
自分に言い聞かせるように呟く。
だが、胸の奥の“熱”が、それを否定した。
ニカと声が繋がったときと、同じ感覚。
偶然じゃない。
(……上?)
ふと、空を見上げる。
夜空には星が瞬いているだけ。
もちろん、何も見えない。
なのに――
視線だけが、そこにある。
まるで、透明な窓越しに覗かれているような感覚。
良太は、はっと息を呑んだ。
「……まさか」
ニカの世界には、光議会がある。
監視し、管理し、危険を排除する存在。
もし――
もし本当に、二つの世界が近づいているなら。
(……俺たち、見つかってる?)
その瞬間。
胸の奥で、何かがカチリと噛み合った。
ルミナ鉱石の欠片が、淡く光る。
同時に、井戸の底から――
ごく微かな振動が伝わってきた。
……ザ……。
……ザザ……。
「……っ!」
良太は思わず一歩、後ずさる。
これは、ニカの反応じゃない。
もっと冷たい、無機質な感覚。
観測されている。
声も、意思もない。
ただ、存在だけを測られている。
「……見てるなら、聞いてるか?」
良太は、井戸に向かって言った。
震えを押し殺し、言葉を選ばずに。
「俺は、壊すつもりなんかない」
返事はない。
けれど、空気が張り詰める。
「ニカを取り戻したいだけだ…声だけの世界でもいい……消されるくらいなら…」
胸が、強く脈打つ。
「――逃げない」
その言葉を口にした瞬間、
“視線”が、わずかに揺れた気がした。
(……聞いてる)
確信が、静かに落ちる。
敵か、味方かは分からない。
だが――もう戻れない。
良太は、拳を握りしめた。
「ニカ。もし向こうで何か起きてるなら……」
声を低く、強く。
「俺は、そっちへ行く」
風が吹いた。
井戸の奥で、光が一度だけ脈打つ。
それは、返事ではない。
だが――
引き金が引かれた合図だった。 #20へ続く




