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#11 恋の記憶を守る者

#11  恋の記憶を守る者


 研究棟の裏側へ続く小さな扉を開けると、そこは人ひとり通るのがやっとの光導路だった。

 本来は緊急時に研究員が逃げるための隠し通路で、今ではほとんど使われていない。


 ニカは祖母の手帳を胸元に抱きしめ、暗い通路を走り出す。

 靴音だけが反響し、胸の鼓動と混じって耳鳴りのように響いた。


 「ニカ! 開けろ! そこは立入禁止区域だ!」


 レオンの怒声が、研究棟のほうから響いてくる。


 でもニカは振り返らなかった。

 今止まったら、すべて祖母の記憶が消されてしまう。

 そして良太との声も――あの温かさも。


 それだけは、絶対に嫌だ。


 光導路の先は、アカデミアの裏庭へと繋がっていた。

 夜のアカデミアは静まり返り、光樹の並木だけが淡く光っている。


 その光の下に、一つの影が立っていた。


 「……ニカ?」


セリアだった。

 ニカの親友であり、ニカの相談相手にもなっていた少女だ。


 「こんな時間にどうしたの。顔色……悪いよ」


 ニカは言葉を失う。

 助けを求めるか、巻き込まないように黙って行くか――迷った。


 だが、迷う間もなくセリアは近づき、ニカの肩に手を置いた。


 「言って。隠すような顔じゃないよ」


 その優しさに、ニカは耐えられなくなった。


 「……私、光議会に追われてるの」


 「えっ!?」


 「おばあちゃんの記録を見てしまったの。

  “光喪の恋”……地上との恋の記録を」


 セリアの目が驚きで見開かれる。


 「それで、光議会が?」


 「うん。記録を没収して、私の記憶も……」


 そこまで言って、声が震えた。


 セリアは数秒の沈黙のあと、深く息を吐く。


 「……分かった。逃げるよ」


 「え?」


 「行き先はあとで考えよう。議会に捕まるよりマシよ」


 ニカの目が揺れた。

 怖い。

 だけど…一と人じゃないというだけで、足が前へ動き出せる気がした。


 二人は裏庭を駆け抜け、光導路の影へ飛び込もうとしたその時。


 「――待て」


 低く、響く声がした。


 レオンだった。

 影から姿を現し、光樹の淡い輝きの中に立つその顔は、怒りでも憎しみでもなく――苦悩に満ちていた。


 「ニカ。

  君が何を見たかは知っている。

  だが、それは……触れてはならない真実なんだ」


 セリアが身構える。


 「監察官が学生を追い詰めてどうするつもりよ!」


 「セリアくん。君は関係ない」


 「関係ある。ニカは私の友達よ」


 レオンの目がわずかに揺れた。

 だがすぐに表情を固くする。


 「ニカ。戻ってくるんだ。

  議会は君の記憶を浄化して終わりだ。苦しいことは何も――」


 「記憶を……消すことが、苦しくないなんて……!」


 ニカは叫んだ。


 「おばあちゃんの気持ちも、私の気持ちも、良太との“声”も全部……っ光を保つために消されるなんて、おかしい……!」


 レオンの身体がわずかに揺れる。


 「……分かっている。

  だが、掟は掟だ。

  世界の光を守るためには――」


 「その“掟”が世界を暗くしてるのよ!」


 ニカの声が、光樹の葉を震わせた。


 その瞬間、奇妙な現象が起きた。


 ――周囲の光が、ゆらりと揺れたのだ。


 セリアが目を見開く。


 「今の……!」


 レオンは息を呑み、震えた声で言った。


 「……共鳴が起きている。

  ニカ、君と――地上センマリョウタの間で」


 ニカが胸元を押さえる。


 良太の声が、届こうとしている。


 ――その瞬間、アガルタ全体の光が一度、ふっと弱まった。


 光の揺れ。

 光議会がもっとも恐れている現象。


 レオンは顔を覆った。


 「これ以上は……もう、見逃せない」


 足音。

 光議会の兵が、複数近づいてくる。


 セリアがニカの手を握る。


 「行くよ、ニカ!」


 「でも……!」


 「今は逃げるしかないよ!」


 ニカは迷わず頷いた。


 二人は裏庭の光導路へ全力で駆け出す。


 レオンは追おうとして――

 しかし、一歩だけ遅れた。


 その表情は苦しみに歪んでいた。


 「……なぜだ、ニカ。

  どうして“地上人との恋”なんて……

  どうして……俺じゃない……」


 その呟きは、光に溶けていった。       #12へ続く

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