6.魔物討伐イベントの前に・・・
【悪役令嬢が求めるもの】
アリシアはこの日、王宮の中庭にある庭園を散策していた。目当ての物を探すためである。
(ここにもないわね)
「アリシア様、何か探しておられるのですか?」
私と共に中庭の庭園に来ていた侍女のメイが話し掛けて来た。庭園に行きたいと言った令嬢が庭園に咲く草花を見ても見向きもしないでキョロキョロと辺りを見渡していれば不思議に思っても仕方がない。
「ちょっとね。ねぇ魔法部隊で神樹の葉があったけどあの葉ってこの王宮で取れた物じゃないの?」
「神樹の葉ですか?確かに王宮で取れた物ですよ。確か裏庭の庭園に『神樹の木』が植えられておりますよ」
(裏庭だったのね。小説には『王宮の庭で取れた』としかなかったから解らなかったわ)
「申し訳ないけどその場所教えて貰えるかしら?」
「解りました。それでは『裏庭の鍵』を借りて参りますね」
「ちょ、ちょっと待って!裏庭行くには鍵が必要なの?」
「ええ、必要ですよ。あそこは魔法部隊が管理されている場所ですから魔法部隊にお借りしないとなりません」
(選りに選ってレイドスの所か~)
「因みにだけど他には誰も鍵を持っていないの?」
「持っておりますよ。ですが、王家の方も含めどのような方も裏庭に立ち寄った用件を魔法部隊に報告しなければならないのです」
アリシアは覚悟を決めて魔法部隊の詰所に向かうことにした。レイドスだけには知られたくなかったのだけど仕方がない。
私達が魔法部隊に向かおうと中庭の庭園を出ようとしたときシンシアと出会った。書庫に向かう途中だったようであった。
「あら、アリシア様。今日は中庭の庭園をご見学でしたか?ここの庭園凄いですよね。薔薇だけでも数十種類あるなんて驚きです」
「え、ええ。本当に驚きですわ」
(どうしましょ?神樹の木を探していて庭の草花なんて全く見ていなかったわ)
アリシアはどうやってシンシアと話を会わせようかと思っていたが隣にいた侍女のメイがアリシアの思考を全て台無しにした。
「アリシア様は『神樹の木』を探していてらしたようでして、これから裏庭の庭園に行くために魔法部隊に鍵を借りに行くところです」
「神樹の木!?」
(バレてしまったーー)
侍女のメイに悪意がないことはアリシアは知っていたからメイを責める事は出来ない。アリシアはここは正直に話すしかないと嘘を着くのを止めた。
「実は今度、森に行って魔物の討伐に付き添う事になったでしょ?それで少しでも皆の邪魔はしたくないと思ったの」
「アリシア様の能力には神樹の木が必要なのですか?」
「正式には神樹の葉ね。この間、属性調査した時に能力について何か閃きを得られたように思えたから討伐の日までに研究しとこうかと思って。ただ、討伐に行く人達に知られるのが恥ずかしくて内緒で動いていてご免なさいね」
アリシアの行動は物凄く怪しかったと思う。よく侍女のメイが文句を言わず私に従ってくれているとアリシアは思った。
【ヒロインとの約束】
「それじゃ明日、私と一緒にお買い物に行きませんか?」
「???」
「アリシア様は来たばかりで解らないかと思いますが神樹の葉は王家から市井に定期的に卸されているのです。なにせ神樹の葉は回復薬の材料の1つですから」
(それは気付かなかったわ。王宮にしか生えていない木って書いてあったから王宮でしか手に入らないと思っていたわ。でも・・・)
「お誘いして頂いて大変に嬉しいのですが、私はこの世界に来たばかりでこの世界のお金を持ち合わせておりません。ですのでお買い物をすることは難しいかと思います」
「あら、私が奢りますよ」
「えっ!?」
「神樹の葉は安くはありませんが私の手持ちのお金でも数枚は買うことが出来ますから安心して下さい」
「そんな、シンシア様にお借りするなんてそんな事出来ません。今回は私が恥ずかしがらずに鍵を借りれば済むことですので大丈夫です」
「私、無理しているのではなくアリシア様と一緒に出掛けたくお誘いしているだけなんです。そうですわ!アリシア様、今回はお貸しすると言う事でどうですか?」
「お貸しですか?」
「はい。私はお金をお貸しするだけですから後で返して頂ければ良いのです。ですので一緒にお出かけ致しませんか?」
(こ、ここで主人公の破壊的な笑顔が・・・眩しくて直視するのがやっとね。メイはどこから取り出したのか解らないけどサングラスをしている。やるわね)
「本当に宜しいのかしら?」
【悪役令嬢は価値を知る】
「はい。それでは明日この時間にここでお待ちしておりますね」
(私、まだ行くとは言ってないのだけど・・・)
シンシアとほぼ強制的に市井へ見学しに行くことになった。シンシアが嬉しそうに書庫へと向かって行った姿を見たら今さら行かないとは言えない。残されたアリシアにメイは「どう致しますか?」と問い掛けられる。
その夜、アリシアの部屋をノックする者がいた。小説には書かれていない訪問であったためアリシアは反応出来ていなかった事に侍女のメイが驚いている。
訪れたのはロードス殿下であった。
「聞いたよ。明日、シンシアと一緒に街に遊びに行くらしいね。私も一緒に行きたかったけどシンシアに止められてしまったよ」
(それはシンシアに感謝しないと。これ以上ロードス殿下と一緒にいるところは見られたくないわ)
「ロードス殿下、シンシア様は私の事を気遣って下さっているのですわ」
「私が行かない事がかい?」
「ええ。私がロードス殿下と一緒にいる所を多くの者に見られますと良からぬ噂が飛び交います。例えシンシア様が一緒にいて下さってもです。噂はあくまでも噂ですが、その噂を信じて良からぬ事を考える者も出てきてしまいます。身分が高ければ高いほどその危険性は高くなります(だから貴方はご自分の身分を理解して行動して下さいね。)」
「そ、そうか。私も今後は気を付けるとしよう」
「ところで本日お越し頂いたご用件はその事でしょうか?」
「いや、アリシア嬢はこちらの世界に召喚されたばかりでこちらの貨幣について知らないであろう。貨幣を少し持ってきたから明日好きなものを買われると良い」
ロードス殿下はそう言うと貨幣が入った袋を私に手渡した。袋の中には数枚の貨幣が入っている。
「そんな、これは申し訳なく頂けません!」
「これは国王陛下からなのだ。返さないで使ってくれ。私達の罪滅ぼしだと思ってくれていい」
「国王陛下から・・・申し訳ございません。それでは明日ありがたく使わせて頂きます」
アリシアは「国王陛下から」と言われ遠慮することは逆に国王陛下の顔に泥を塗る事になると思い頂く事にした。
ロードス殿下が、部屋から出て行かれてから侍女のメイに通貨の価値を教えて貰おうと袋の中の貨幣をテーブルの上に出すとそれぞれの貨幣が1枚ずつ入っていた。
「メイ、この国の貨幣とその価値を教えて欲しいのだけどこれは何かしら?」
「そちらは帝国銅貨になります。帝国銅貨はバゼル大陸共通の通貨となっておりまして銅貨1枚でパンが購入することが出来ます」
「こちらは?」
「そちらは帝国銀貨になります。そちらは銀貨1枚で王都で食事付きのグレードの良い宿屋に泊まる事が出来ます」
「こちらは?」
「・・・そちらは帝国金貨になります。こちらは王宮で働く文官の1月分のお給料になります」
最後に一際輝く通貨だ。今までの銅貨・銀貨・金貨は前の世界でも似た貨幣があり価値も似たものであった。だけど最後の貨幣は前の世界にはないものであった。
「こちらは?」
「そ、それは帝国白金貨だと思います。も、申し訳御座いません。私も初めて見たもので確かな事が言えません。価値としては王都でそれなりの良い邸宅が買えるかと思います」
「・・・(アリシア)」
「・・・(メイ)」
「ねぇ、メイ?」
「何で御座いましょうか?」
「ロードス殿下は私に何を買わせようとしているのかしら?」
「私には解りかねます」
翌日、アリシアは最後の貨幣は王宮の金庫番に預けることにした。
【悪役令嬢が得たものとは?】
アリシアは三枚の貨幣を袋に入れシンシアが待つ場所へと向う。待ち合わせ場所には街を散策出来るラフな格好で待っているシンシアがいた。
(何て可愛らしいの!?リーファに見せて上げたいわ)
何処かでクシャミをする声が聞こえたがアリシアは気のせいと思いシンシアに声を掛ける。
「待たせてご免なさいね」
「いえ、私も今来た所ですから」
私達は王都の街に出る事となった。尚、街に出るのは私達二人だけではなく侍女のメイも一緒。メイ曰く護衛兼務らしい。
また、遠く離れた場所に二人ほど騎士らしい方がお城を出た辺りから着いて来られていたのが解る。彼らが本当の私達の護衛なのだろうとアリシアは思った。
「ここは私のおすすめの場所です」
シンシアが勧めて来たのは薬局であった。ここに神樹の葉が売られているらしい。
店に入ると何処と無く薬品の匂いが漂う。如何にも薬局らしい匂いであった。
私は討伐に必要な神樹の葉を5枚と念のため幾つかの薬品を買う。全部で銀貨3枚であった。
私は最初にシンシアは私にこんな大金を貸そうとしていたのかと驚いてシンシアを見るがシンシアは笑顔を返すだけであった。
私は袋から金貨を取り出すとお釣りで大銀貨9枚と銀貨7枚を貰った。何となくこちらの貨幣が理解できたかと思う。
店を出ると侍女のメイが私に話掛けて来た。
「アリシア様、そのままでは手荷物が多くて大変でしょうから魔法のポーチを買われては如何でしょうか?」
「魔法のポーチ?」
「魔法袋ほど大容量ではありませんがアリシア様の手荷物程度なら簡単に入れられるかと思います。容量も少ないので魔法袋ほど高価ではないですよ」
「何処で売っているか知っているの?」
「少々お待ち下さい」
メイは私達にそう伝えると踵を返しトコトコと歩き出す。歩いた先には私達の後を隠れて着いて来ていた騎士がいた。メイは慌てる二人を無視して二人に話し掛けた。
(メイって意外と恐ろしいわね)
護衛の騎士をまさかバレているとは思わなかっただろうけど街中で騎士二人が隠れるようにしていれば、ただただ怪しいだけ。その証拠に街の人達も彼らをジロジロと見ていた。こんな明白な姿など気付かれて当然だと思う。
(怪しい人が近付かないようにするには大正解よね)
「あんな所に騎士の方達も来ていたのですね。知りませんでした」
(前言撤回。誰でもではなかったわ。ここに例外がおりました)
私達がそんなやり取りをしているとメイが私達の元に戻って来た。
「場所が解りました。この先にあるパイプ屋を左に行くと魔道具屋があるそうです」
「そうなのですね。ところであの方達はお知り合いなのですか?」
シンシアはメイに問い掛けると私達の視線は騎士達へ向ける。騎士達は私達の視線を感じると慌てて目を反らし始めた。アリシアは何て残念なのだろうと思い額に手を当てた。
「ええ。偶然そこで出会いまして。世間は狭くて驚いております」
メイはさらっと嘘を着いたがシンシアは「偶然ってあるものなのね」と信じているところが凄い。
メイは「何か?」と言う顔で私を見たが私は何も言わないでおくことにしよう。
はっきりしたことはあの騎士の二人よりメイの方が頼りになることが解った。
メイの案内に着いて行くと魔道具屋を発見する。お店に入ると様々な魔道具が置いてある。店員に話を伺うと遠い島国で女王を国王とした所から仕入れているらしい。
メイからその国は人間以外にエルフやドワーフ、獣人など多種族が住む国だと教えて貰う。『エルフ』『ドワーフ』と言えば転生したら1度は会ってみたいと思う種族。アリシアは運命を変える事が出来たら1度行ってみたいと思った。
魔法のポーチを発見。
どれがいいか悩むんでいると、メイが最新型のものを進めてくる。メイが言うには最新のポーチは時間停止効果もあるため、ポーチの中に入っているものは腐らないらしい。
どうしてメイがそこまで詳しいか気になってしまうが、メイが進める最新型の魔法のポーチを買うことにした。
メイにも買おうかとしたら、メイがいつも下げているバッグは実は最新型の魔法のバッグだと知らされて驚く。
メイの謎が深まるばかりである。
魔法のポーチは大銀貨5枚とそこそこ高価な物であった。(そうすると、ポーチより更に大きいメイのバッグはいくらするのかしら?)
アリシアは支払いを済ますと先ほど買い物品物をポーチの中にしまう。普通のポーチならこれでパンパンになるのだけど、まだまだ余裕があるから凄い。
「どう?似合うかしら?」
「ええ。可愛らしいポーチで似合ってますわ」
【感謝を形に】
「お目当ての物も買えた事ですし少しお茶にしませんか?」
「ええ。その前にちょっとポーチの調整をして貰えるかお店の方と少しお話したいからちょっと待ってて頂けますか?」
私がシンシアとメイにそう告げると二人は店の前で私が出てくるのを待っていてくれた。
私は程なくして店から出ると二人に謝りシンシアがお勧めのお店に向う。
シンシアに着いて行くと全体が蔦で覆われていて木造建築で建てられたお店を紹介された。
外見もお洒落であったが、お店の中に入ると様々な花が飾られており長居してしまいそうな落ち着いたお店であった。
「アリシア様、ここのパンケーキがとてもふんわりとしていて生クリームも優しい甘さで大変美味しのです」
シンシアがお勧めのパンケーキのメニューを見る。シンプルなものから色々な物が載せてあるものがあった。
価格的にはシンプルなものはお手軽な値段であったが色々な物を載せたものはそれなりの値段がする。
が、払えない程ではない。
「それではこの『スペシャルパンケーキ』を五つお願い出来るかしら?お飲み物はアイスコーヒーを1つ、皆さんは何にされますか?」
「わ、私はアイスコーヒーだけで大丈夫です」
「シンシア、それにメイも、ここは私に奢らせて下さいませんか。これは私からの感謝の気持ちですし、まだ王宮に預けてありますので心配は要りません」
シンシアは申し訳なさそうにアイスコーヒーを頼む(メイはミルクセーキ)。
暫くして運ばれて来たスペシャルパンケーキを見る二人は目を輝かせて見ていた。アリシアも前世でも食べた事がなかったため同じように目を輝かせている。
パンケーキの上には大量の生クリームと一緒に二種類のアイスが載せてありその回りを様々なフルーツで飾られていた。そこへフルーツのシロップらしきものが掛けられており、まさしくスペシャルであった。
口に入れるとフワリとした食感に驚かされる。三人は幸せそうな顔をしながらパンケーキを嗜んでいる。アリシアはふと店の奥を見ると騎士がアリシア達と同じ物を恥ずかしそうに食べていた。
(ふふふ。私からの奢りよ)
アリシアは誰かと買い物に行くのは初めてであったためシンシアとのこのお出掛けは一生忘れられないものとなった。
城へ戻るとアリシアは二人に指輪を渡す。
実は魔道具屋で二人を待たせていたのはこれを買うためであった。
魔道具屋で売られていたのでこの指輪も魔道具である。本人が脅威に感じた時に光の壁が発生し守ってくれる防犯機能がついている(メイには脅威を感じる時が来ないかも)。
手持ちのお金があまりなくて、たいした物は買えなかったがシンシアは泣きながら喜んで指にはめてくれた。
メイは「ありがとうございます」と業務的に礼を言うとそのままポケットに仕舞い込む。ここにもメイらしく無頼を通り越して清々しく思えた。
~おまけ~
ある日、ロードス殿下はシンシアが指輪を填めているのに気付く。
(シ、シンシア・・・どこの男から貰ったんだ・・・)
暫く、シンシアに近付く男性を睨み付けるロードス殿下が目撃される。




