3.悪役令嬢がいなくなった世界 ①
【悪役令嬢の父は父にあらず】
「アリシアが消えた?」
「はい。私が会場に着いた頃には姉はまだ着いておりませんでした。姉が着いた際に側にいたユーザックが会場の前で突然に姿が消えたなどとよく解らない事を言われておりまして」
「ユーザックと共謀して姿を眩ましたと言う事か?」
「その可能性があるとユーザックは現在取り調べ中なのですが、ユーザックの他にもお姉さんがパーティー会場に向かう姿を見掛けておりますので彼が嘘を言っているようにも思えません」
「では、何処に行ったと言うのだ!」
アリシアの父であるリガルドは机を叩き大きな声を上げたが、朝から娘の様子が可笑しかった事を思い出す。
ロイドの右手にはアリシアの除籍の紙が握られたままであった。
今日のパーティーでアリシアが断罪される事をロイドから知らされていた。
ローデンブルク家としては被害を最小限にするためにもアリシアを除籍するしかない。私は何故そこまで放置していたのかとロイドを叱責し除籍の書類を書きロイドに持たせた。
だが、朝の様子から娘は断罪される事を解っていたかのようであった。最後に交わした娘との会話も思い出すと最後の別れのような会話であった。
今回の娘の姿が消えた事は娘の計画だったと言う事か?
其にしては部屋の荷物はそのままだ。
取りあえず、リガルドは現実としてあるのが、
・娘アリシアが消えたと言うこと
・娘アリシアが断罪されなかったと言うこと
・娘アリシアを除籍していないと言うこと
リカルドは考える。この娘の失踪と言う大事件から如何にしてローデンブルグ家を守ろうかと。
そして、その考えの中に娘を心配する気持ちは何処にも含まれていなかった。
【弟の愚考】
姉は優しく美しかった。
だが、ハミルトン第一王子の婚約者になると王妃の教育として日々勉強となり私と一緒にいる時間がなくなり、私は今の姉が大嫌いになった。
姉がハミルトン第一王子と親しくしている令嬢を苛めていると知り、このまま行けば婚約が破棄となり昔の姉に戻るのではないかと思ってしまった。
だが、ハミルトン第一王子から聞かされたのは断罪し離島で強制労働を課すと言うものであった。
姉がいなくなる?
もし、早く姉を諌めていたらこうなることはなかったのではないのか?
私は父リガルドに相談すると激しく殴られた。この状況は父を持ってしても手遅れであった。
更に姉アリシアを除籍しなければならないと言う事を知らされ自分の愚かな考えが起こした結末に愕然とした。
断罪当日の朝、姉の様子が可笑しかった。私がつまらないことでも突っ掛かっても何時もは優しく返してくれていたのがこの日は違った。
パーティーのパートナーとしてハミルトン王子は来ない事はロイドは知っていた。なので、自分が代わりのパートナーとしてエスコートする事になるだろうと準備をしていたところ姉は既に出たと言う。
私は理解した。この日より私は姉に拒絶されたのだ。
多分であるが、今日のパーティーで断罪される事をどこかで知ったのだろう。その計画に私も加わっていることにも。もう姉でなくなる姉。
落ち着いた頃に離島に行けば会ってくれるだろうか・・・
だが、その思いは叶わず、パーティー会場に行っても姉に会うことが出来なかった。姉と最後にあったのがあの朝食の時、話したのも朝食の時が最後となってしまった。
姉の失踪によりパーティーは中止となり父から渡された姉の除籍の書類をそのまま持ち帰る事にした。
私に残った現実は姉がいなくなったと言う事であった。
【歪んだ騎士道】
皆の気持ちは解るユーザックであった。
突然に目の前から姿が消えたなど誰が信じるであろうか。
パーティーが中止となったがユーザックはそのまま衛兵に尋問される事となった。どんなに尋問されてもユーザックの主張は変わらない。
そのためこのまま尋問が続くのかと思ったが、朝明ける前に解放された。彼女とすれ違った者達が皆が彼女の事を覚えており私の供述に嘘がないことが解ったからだ。
ユーザックは解放されストロング家への向かう馬車の中で思っていた。
(俺はアリシア・ローデンブルクの護衛騎士であるが騎士道としてアリシア令嬢がリーファを害そうとする事に我慢ならなかった。だから私はアリシア令嬢がリーファを害さないようリーファを護衛する事にしたのだ。
リーファはただ真面目に学園の業務をこなしているだけだ。それを嫉妬して害そうとするのは間違っている。これは俺の正義だ。だが・・・)
ユーザックは思った。
パーティー会場で読み上げた『貫通罪』と言う言葉を。
もしアリシア令嬢の手紙が正しければハミルトン王子とリーファ令嬢はアリシア令嬢を裏切っていたことになる。
ならば被害者はアリシア令嬢でありアリシア令嬢がリーファに苦言を言うのは間違っていないのではと思う。
ユーザックの正義は歪んでしまっていた。
ユーザックに残されたのは護衛対象であった令嬢を護衛せず、護衛対象者の令嬢の婚約者を寝取った令嬢を護衛していたと言う事実であった。
そしてこの事実が世間に知られる事となる。
【王家の密談】
「ハミルトンよ理由を述べよ」
国王がハミルトン王子を睨み付ける。ハミルトン王子はその眼光の鋭さに体に震えを覚えた。
「私はリーファ令嬢を害そうとするアリシアに度々叱責したのですがアリシアは態度を改める事がなかった。
そして、リーファ令嬢が階段から落ちると言う事件が起き我慢の限界となりあのパーティーで断罪するつもりでした」
「それがアリシア令嬢を疎かしした理由か?」
「疎かなど・・」
「しているじゃないですか兄上。学園では何時も例の男爵令嬢と一緒でアリシア様と一緒にいたところを私は見たことがありません。
学園の皆からも本当の婚約者は男爵令嬢なのではと言われていたのを知っていたはずです。その声をよしとしたのが兄上で、よしとしなかったのが姉上では?
私としては王家の者としてその声をよしとする兄上の方がどうかしていると思いますが?」
「そ、それは・・・」
一歳年下のアズベルト第二王子が私に歯向かってきた。アズベルトは学園での私の行動に注意を促さしてきた一人であった。昔は私に懐いていたが、学園に入ってから弟は私を軽蔑するような目で見ていた。
「皆は解っていない。アリシアは人を害そうとした。私は彼女が王家の妻となる器ではないと考え婚約破棄をするつもりであった」
「皆の前でか?」
「・・・」
「ねぇハミルトン?貴女がアリシアさんの事をそのように思い婚約破棄をする思いに至った事は解ったわ。
でも、あの場でする必要はあったの?
彼女は貴女のために一生懸命王妃教育を受け一生懸命外交も行って来たわ。その思いを無視してまでそうする必要があったの?」
確かにあの場で何故断罪しようと思ったのだろうか?あの時の私はあれが必要な事と思っていた。
「確かに母上の申します通り断罪の仕方にもう少し考慮すべきだったかと思います」
「ハミルトンよ。この次の会議で今回の件を扱うこととなった。お主は暫く自室から出ることを禁ずる」
この日よりハミルトン第一王子は謹慎処分を国王陛下から申し付けられた。
(何故俺が・・・)
【悪役令嬢の告白】
アリシア・ローデンブルクが失踪した翌々日、世間を騒がせる手記が新聞の一面に載せられていた。それは失踪した令嬢が失踪前に新聞社に宛てた手記であった。
本来なら断罪された令嬢の言い訳みたいな手記など載せる事はしない。アリシアも半分諦めて送ったようなものであった。
だが、アリシアが失踪したことで話が変わった。
今を騒がせる失踪した令嬢の手記だ。
これ程のスクープはないと新聞一面に大きく失踪した令嬢の告白と称して彼女の手記が載せられていた。手記の内容はこのような感じであった。
『私、アリシア・ローデンブルクはパーティー会場にてハミルトン第一王子から断罪をされることでしょう。
先ずは私ごときが世間を騒がせる事となり申し訳ございません。
ですが、全て私が悪しと裁かれる事に納得がいかず、手記と言う形で皆様に知って頂こうと思いました。
断罪の1つ、彼女を階段から突き落としたと言う内容ですが彼女とぶつかり彼女が階段から落ちたのは事実でありますが突き落としたりはしておりません。
私は手を差し伸べようとしたのですが間に合いませんでした。
次に彼女のドレスにワインを掛けたとはありますが、これも私が彼女に苦言を申している際に給人がワインを持ってきたのでワインを掴もうとしたところ後ろから誰かに押され彼女にワインを掛けてしまいましたのでこれも事実でありますが態とではありません。
その証拠に彼女にはドレス代の弁償をしております。
ですが残りの二つである彼女の私物を壊した事と彼女を叩いた事は事実であり、この二つは故意によるものでございます。この故意により前の二つも偶然から必然へと変わり前の二つの無実の証明は厳しいものとなるのでしょう。
ですが、私は無実を述べたいのではありません。私は自身の罪を認めております。認めている上で言いたいのです。私だけが悪いのでしょうか?
婚約者と言う者がいる事を知りながら一線を越える二人は悪くないのでしょうか?私が王妃教育をしているとき二人は王家の保養地で男女の関係を結ばれました。
私が外交の準備をしている時に生徒会室で二人は楽しんでおりました。
婚約者よりも先に夜の営みを行い昼間も愛し合う二人を見て嫉妬しては行けないのでしょうか?
二人は知らないのです。二人が夜も共にしている事について私が知っている事を。
だから苦言を言う度に「生徒会の打合せだ」と見え透いた嘘が着けるのです。
私の嫉妬が罪と言うならば断罪を受けましょう。
ですが、二人が全く罪がないと言うのは納得いきません。
ですので、ここに私の本当の言葉を残したいと思います。
アリシア・ローデンブルクより』
この手記により世間は朝から大騒ぎであった。
アリシア・ローデンブルクの婚約者は第一王子ハミルトンであることは誰でも知る事実であった。
ここに書かれている事が正しければアリシア令嬢よりもハミルトン王子の方が悪い事が解る。
この手記により民や貴族の婦人達が怒りを露にしていた。また、パーティー会場に残されたアリシアの手紙らしきものに書かれていた言葉も記事に書かれていたため、『好色王子』『貫通罪』と言うワードが世間に知られるようになった。
そのためハミルトン王子は世間からも好色王子と呼ばれるようになった。
ただ王家もこのまま黙りを決める事は出来ない。
何らかの返答をしなければ行けなかった。
【第一王子の斜陽】
新聞の記事が掲載後、直ぐに王室に第一王子ハミルトンを始め王家の者が集まった。
「息子よ呼び出された理由は解っておるな?」
ハミルトンは元気ない返事を返すが父であるガルディア王はハミルトンに冷たい視線のままであった。
「お前はアリシア令嬢に非があるように述べていたが、ここに書かれているが真実だとすると非があるのはお前のように思えるのだが?」
父上の目は父親としてではなく国王として問い掛けていることが解った。なぜ、私が罪人扱いされているのかとハミルトンは理解が出来ないでいた。
「これはアレの言い訳でございます。アレは往生際悪く己の罪を逃れようとしているのでございます」
「その証拠は?」
「はい?」
「アリシア令嬢が罪を逃れようとしている証拠はあるのかと聞いているのだ」
「アレが行った罪の証拠ならございます」
「では、あの手記を否定出来る証拠はないのだな?」
「・・・はい」
確かに階段転落事件はその場にアリシアがいた証明は出来るが実際に押したと言う証言はない。
また、ワインの事件も故意がないと言われればそれを否定する根拠はなかった。
そして私とリーファの関係だが何時アリシアにばれてしまったのだろうか・・・
「では、どちらの言い分が正しいとは言えず。アリシア令嬢を裁く事は出来ない。アリシア令嬢は公爵家の令嬢だ。公爵家の令嬢を簡単に裁ける事は出来ない事はお前も知っているな?」
「ですが、アレは公爵から除籍されるはずでした」
「それは、この度の断罪があってこそであろう。順番が違うと思うが?」
「・・・はい。」
「それで男爵令嬢との関係はアリシア令嬢が書かれた通りなのか?」
「それは・・・」
「ハミルトンよ。ここが一番大事なところだ。次の議会で確実に問われる事になるだろう。間違えるでないぞ!男爵令嬢と一線を越えたのか?」
「リ、リーファとは生徒会の関係でそれ以上はございません」
「ですが兄上、学園の生徒会室の使用書を調べましたらその日確かに使用されていたようでした。そしてその日は兄上と件の令嬢の二人だけだったようですが?」
「それはリーファと一緒に生徒会の仕事をしていただけでアレが誤解をしているだけだ」
「では保養地ですが、確かに兄上は保養地に数日行かれていた時がありましたよね?調べましたら件の令嬢も馬車の迎えが来て何処かに出掛けていたようです。帰りは兄上と同じ日だったようですよ」
「それは・・・」
「もう良い。アズベルトよ、これ以上の詮索はするでない。ハミルトンも黙っておれ。後日にナイル医師にてその令嬢が純潔であるか調査する」
「そんな、そこまでする必要は・・・」
「必要はあるであろう。男爵令嬢が純潔であれはアリシアの手記は全面的に否定出来るのだからな」
「リ、リーファが純潔出なくても、それは私と関係を持った事にはなりません」
「お主はそのような尻軽女をパーティーでエスコートしたのか?」
「それは・・・」
「それと先程から件の男爵令嬢は名前で呼ぶも婚約者のアリシア令嬢に対しては『アレ』と一貫して名前で呼ばないのだな。
これは学園内でも同様であった事は調査済みだ。アリシア令嬢の言う通り一線を通り越したかどうかは解らないがお主の心は既に婚約者から件の令嬢に移り変わった事は理解した。
もう良い、結果が出るまで外出は禁止とする」
私が王の間から出ようとした時、父から『こんな愚息とは思わなかった』と言う呟きが聞こえた。
私が愚息!?
私の何がいけなかったのであろうか!?
後日、ナイル医師によりリーファの純潔の調査を行った。リーファはかなり抵抗したが、王家の騎士に囲まれ従うしかなかった。
結果は『純潔であらず』であった。
~おまけ~
「大変です、局長!」
「なんだ、なんだ?どっかの貴族が浮気でもしたのか~?」
「それが、あのアリシア・ローデンブルグ令嬢から手紙が送られて来ました!」
局長は驚きのあまり飲んでいた紅茶を吹き出す。
危なく、大事な手紙に掛かるところであった。
局長は令嬢からの手紙を読む。そこに書かれていたのは衝撃的な内容であった。
「これはスクープだぞ!直ぐに号外の準備をしろ!」
局長は手紙の日付を見ると令嬢が姿を消した日であった。
おそらく、姿を消す前に投函したものに違いない。
そして、局長の手元にはまだ未開封のアリシア・ローデンブルグ令嬢の手紙が何通かあった。




