19.悪役令嬢のスタートはここから
【グレマエイスの特使】
「許可がおりた?」
許可とはアリシアの住居の事である。
「ああ。だが、その前に特使の方が一目君に会いたいと来られている。申し訳ないが時間あるか?」
こちらの世界に呼ばれて翻訳家として仕事をしているが、ほぼ自由に仕事をさせて貰っている。
これはレイドスにも内緒にしている事だが、日本語で書かれた紫蘇さんが残した書物をこちらの言葉に等価交換の能力であっと言う間に写す事が出来る。
その為、本来なら数日あれば全ての書物(漫画も含む)を翻訳出来るのだが、そうなると直ぐに無職となってしまうため、1日2~3冊だけ成果として提出している。
なので、時間は腐るほどある。
腐るほどあるのだけど、ここにきてアリシアに会いたいと言う事が気になる。
しかし、ここは断る選択肢も理由もない。
「解ったわ。直ぐに準備するわね」
アリシアはレイドスに返事をするとメイに準備をして貰う中で何故に特使がアリシアに会いたいと言われたのか考える。
十中八九、住居の件が関係しているはず。
あのお茶会での会話を一つ一つ思い出す。
レイドスの発言やこのタイミングでの特使の訪問を考えると、『前世』が関連している可能性が高い。
(そうなると、グレマエイスの特使も前世の記憶持ちと言うこと?)
グレマエイスの特使が前世の記憶持ちとすると、アリシアに会いたい理由は一つ。
(値踏みね)
おそらく、グレマエイスの特使はアリシアが本当に前世の記憶を持ち合わせているのか確かめに来られたはず。
ならば、前世の記憶持ちでなければ解らない質問をされるに違いない。
メイの準備が終えたと同時にアリシアの心の準備も整い瞼をゆっくりと開く。
全ての準備が整ったアリシアはレイドスが待つ場所へと向かった。
「・・・」
「どうしたの?」
待ち合わせ場所に訪れるとレイドスは呆けて特使が待つ場所になかなか案内してくれない。どうしたのかとアリシアは首を傾げた。
「いや、何か何時もと違わないか?」
何時もと違う!?
何時もと同じにしている方が可笑しいのでは?
今日のアリシアは視線の角度から肩の力、歩く早さや歩幅と、全てに神経を尖らせていた。
そんなアリシアにレイドスは戸惑いながらも特使が待つ部屋まで案内する。
アリシアが特使が待つ部家のドアを開けると、室内には国王夫妻と一緒に談笑されている女性がいた。おそらく彼女が特使に違いない。見た目はアリシアと同年代と思われる。アリシアもスタイルには自信があったが、彼女には白旗を上げるしかない。
「初めまして、私はグレマエイス国で外交を担当しておりますリーサオーラと申しますわ。ラッドフィールド国ビスマルク国王陛下からアリシア様の事をお伺い致しまして、この国にあります我が国の邸宅への居住をご希望されておられると伺っておりますわ。勿論、エマ女王陛下は当初の条件通り無償でお譲りしますと申しております。その前に条件に当てはまるかどうか質問したいのですが宜しいでしょうか?」
やはり値踏みのようだ。
これから前世に関わる質問が来る。
「それでは、私は目玉焼きには塩コショウ派なのですが、アリシア様はどうですか?」
何を聞かれるかと思ったら目玉焼きにかける調味料を聞かれるとは思わなかった。身構えていたところにあまりにも拍子抜けした質問であったため、危なくアリシアの貴族スマイルが崩れそうになった。
「私はケチャップ派です」
「えっ!ケチャップ!?そ、そのような方もおられるのですか?」
はい、ケチャップ派です。
家族からも不思議がられましたが、特使の方に嘘を付く訳にはいきません。
そのせいで特使のリーサオーラ様に動揺させて申し訳なく思ってしまう。
「で、では、好きなお味噌汁の具は何ですの?」
「えーと、納豆です」
「えっ!納豆!?」
すみませんマニアックで。
ですが、味噌汁も納豆も共に大豆ですから合わない訳がないのです。
だけど、リーサオーラ様は目が泳ぎ始めている。もしかしたらマニアック過ぎて不合格するかもしれない。
「そ、そうですわね。思いもしない返答ですわ。それでは最後にお好きな映画は何ですの」
「そうですね。『○ンドラーのリスト』は何度も見ても泣けました」
「そ、それって、どのような映画何ですの?」
「○ンドラーと言う実在する人物の実話を題材にした映画です。戦争から大勢の方を助けた凄い方です」
「わ、解りましたわ。少々斜め上を行くご返答で困りましたが、アリシア様が日本の記憶を持ち合わせていることは間違いないようですわ。遅くなりましたが、私もそして、我が国王様も日本の記憶を持ち合わせておりますわ。つきましては、我が国の国王様が一度お会いしたいと申しておりますわ」
「この島の北にあるアルルカン帝国からもアリシア男爵にお会いしたいと親書が届いている。アルルカン帝国にはグレマエイス国と往き来出来る転移門がある。よって、アリシア男爵には我が息子と共に特使としてアルルカン帝国に訪問し、それが終わると直ぐにグレマエイス国へも訪問をして貰いたい」
住居を探していると言っただけで、まさか特使として他国に行く羽目になるとは思わなかった。
しかし、アリシアも日本の記憶を持つグレマエイス国女王に興味がある。
なのでアリシアは迷うことなく返事をした。
「私ごときが特使として務まるか解りませんが、誠心誠意取り組ませて頂きたいと思います」
「良き返事を頂けて嬉しいですわ。準備もございますでしょうから、先ずは新居での生活を楽しまれてはどうでしょうか?色々と感動する事になりますわよ」
屋敷に行くだけで感動?
リーサオーラが言う感動する事が気になり待ち遠しい。
「では、アルルカン帝国への出発は一週間後とする」
国王陛下により、出発は一週間後に決まった。
そして、いよいよ噂の邸にリーサオーラが案内してくれる事になった。
【新居は魔法の家】
まさか新居が王宮を出て目の前にあったなんて・・・
何度か街に出たけど全く気付かなかった。
それも当たり前だ、何処からどう見ても普通の民家にしか思えない。
一国の王の許可が必要な邸と聞いていたけど、それが普通の民家だと誰が思うだろうか。
「実はこちらの邸には鍵がございませんの。扉に設置された文字盤に暗号を入力すると施錠が解除されますわ。そして暗号は前世の記憶持ちしか解らないようにしてありますわ」
「そうなると、前世の記憶がある方は全員出入り出来ると言うことかしら?それと、記憶持ちの誰かが暗号に関わる話をしていたら入られてしまうのではなくて?そうなりますと、普通の鍵の方が安全に感じてしまいますが?」
「・・・」
どうやら気付いていなかったようね。
だけど、アリシアが知る限り前世の記憶持ちが三人はいる。全員が女性だから良いけれど、男性の前世持ちがいないとも限らない。
そうなると、このセキュリティはガバガバとしか思えない。
「これって暗証コードって変えられないのですか?」
「変えられますわ。一度解除が必要ですが」
一先ず、解除が必要らしいので、アリシアはリーサオーラに暗証コードを聞くが、扉に書いてあるとしか答えて貰えない。
しかも扉に書いてあるって、暗証コードの意味がないように思ってしまう。
アリシアは扉に近付き書かれていた文字を読む。
『日本一高い山は?』
「・・・」
「どう致しました?」
やっぱり、セキュリティ的に暗証コードは変えた方が良さそう。
アリシアは暗証コードに『フジサン』と入力すると、ドアが開く音がした。
そして、新しい暗証コードの入力方法をリーサオーラ様から聞き新しい暗証コードを登録する。
扉を開けると車が悠々と通れそうなほど広く長い廊下があり、両脇には扉がある。
「両脇の部屋は従者専用となっておりますわ。左右に別れているのは女性用と男性用にですわ」
従者用の部屋にはそれぞれベッドが5つずつある。女性用・男性用共にトイレ・浴室・調理室が設置されている。ここだけで一世帯が十分に過ごせるほどの広い。
廊下の奥は扉で塞がれており、そこが私の住居地となるらしい。
再び扉を開けるとテニスコート二面はあるかと思われる部屋に繋がっていた。
部屋は二階まで吹き抜けとなっているが室内には絵や花瓶が飾られている以外家具などは何も置かれていない。
それはそう、建物は無償だからといって家具まで着いてくるはずはない。
家具は何処かで取り寄せようと考えていると、リーサオーラ様よりここはホールだと告げられる。
テニスコート二面ほどのホールって・・・
って、驚く所はそこではない。
もっと明らかに可笑しいところがある。
「リーサオーラ様、明らかに外観と室内の広さが違いませんか?」
そう。外観では一世帯(8名ほど)が住む程度の広さであるが室内はその何十倍もある。明らかに広さが違う。
「ふふふ。やっと驚いて下さいましたわ。こちらの建物は魔道具となっておりますのよ」
建物が魔道具。
この国とレベルが違う。
だけど、一つ疑問に思える事がある。
「リーサオーラ様、魔道具だとすると建物が壊れますとどうなるのですか?」
「安心して下さい。そちらの魔法のポーチと同じように破損したら中の物は潰れず外に飛び出す事になっておりますわ。しかも落下速度軽減の魔法が自動的に発動しますから、お怪我をする心配はございませんわ」
「と言う事は入浴中に建物が壊れますと裸のままゆっくりと晒し者になると言うことですね」
「・・・」
入浴中はバスローブを手に届く場所に置いておく事にした。
それにしても無償で譲って頂けるにしては豪勢過ぎる(幾つか改善点があるけど)。
その後は、細かい説明はメイさんがしてくれると言う事でリーサオーラ様の案内はここで終わった。
(メイが?)
メイはそれほど優秀な侍女だったのか。
そもそも、何故かリーサオーラ様はメイの事を知っている素振りだった。
疑問に残る事はあるが、一先ず新居を得られたアリシアは翌日にレイドス・シンシアを新居に招待した。
【侍女の秘密】
「「・・・」」
「どうしかしました?」
アリシアは二人を新居に招待するもあまりの豪華に言葉を失っていた。その気持ちが痛いほど解るアリシアだった。
「凄い技術何ですねグレマエイス国って」
最初に現実に戻ってきたのはシシリアであった。
シシリアの言う通りグレマエイス国の技術は凄い。
一週間後にはアルルカン帝国とグレマエイス国に訪ねるのが楽しみになってきたが、あまりにも両国の事が知らなすぎる。
特使として赴くのならば少しでも情報収集が必要に思えた。
「ねぇ、グレマエイス国やアルルカン帝国について知っている事があったら教えて欲しいのだけど?」
「ああ、謁見前に事前に知っておく必要があるな。先ずはアルルカン帝国だが歴史は古く、統治されてから千年以上経つ。それでも昔は隣国との戦争で領地が減ったり増えたりしていたらしい。
だが、そこへ異世界者であるシソ様の出現により戦争がなくなり平和が訪れた。そして異世界者であるシソ様はこのラッドフィールドの魔物を封印して、褒美としてこの島が与えられ島の統治を任せられた。それがラッドフィールド国の誕生だ。
そして、この国の初代王妃はアルルカン帝国の王女様だ。その恋愛話は有名で現在も劇として上演されている。そんな事があってか、アルルカン帝国とラッドフィールド国は創設当初から友好関係が続いており、百年に一度、互いの上位貴族が婚姻を結ぶ事になっている。
最近ではラッドフィールド国の王妃様やラッドフィール国王弟がアルルカン帝国の公爵家に婿として嫁がれた」
「そう、紫蘇さんの転生先って最初はアルルカン帝国だったのね。いつか、その恋愛劇を観てみたいものね。それで、グレマエイス国については?」
「ああ、グレマエイス国についてだが俺よりメイの方が良いだろう。何せメイはグレマエイス国出身だからな」
「えっ!」
レイドスからメイがグレマエイス出身であることを知らされる。
メイが話してくれるか心配になり、メイの方をチラ見すると、メイは目を瞑ったまま立っている。
特に話したくないと言う素振りは見られない。
「メイ、話せる程度でいいから教えて貰える?」
「畏まりました。グレマエイス国の国王は女王エマ様でございます。エマ様はアメリア国と言う遠い国のご出身ですが、一度目に元婚約者であるアメリア国の王子に冤罪によって処刑せれたそうです。
それが切っ掛けで国が滅んだらしいのですが、それを憂いた守護神がエマ様の時を戻されたそうです。その時に前世の記憶が蘇ったと聴いております。
とある事故にてグレマエイス国に転移する事になったそうなのですが、当時のグレマエイス国は無人島でエマ様が人材を集め、一から開拓されたそうです。
それが十年ほど前で建国されて五年ほどと、建国は最近の話でございます」
(建国五年!
それよりも、無人島から建国って普通じゃあり得ないわ。グレマエイスの女王様ってどれだけ凄いの。)
「今回は王子に断罪されずに済んだのかしら?」
「はい、巻き戻し後の王子はエマ様にベタ惚れだそうですが、裏切られ無実の罪で家族皆と共に処刑した王子との婚姻だけは絶対避けたく必死だったようです。
政略的に他国の姫と婚姻が決まった後もエマ様に未練タラタラでエマ様を王城に囲い込もうとしていたそうですが、エマ様が上手くお逃げになったそうです。
ただ、今でもエマ様の事をしつこく探しておられるようです」
「そ、そうなのね、それにしても随分と詳しいわね」
「はい。実は私もグレマエイス国出身ではないのです。私はドワーフとエルフのハーフでフェアリーという種族です。エマ様が獣人国に再び訪れた際に島へ勧誘されました。その島へ勧誘される際に秘密厳守として色々と教えて頂きました」
「秘密厳守なのに細かく話してくれたみたいだけど大丈夫なの?」
「あっ!」
メイに「秘密厳守でお願いします」と頼まれたので、今回の話は聞かなかった事にしよう。だけど、これからはメイの前では秘密の話はしないでおこうと思う。
「メイはどうしてこの国に来たの?」
「はい。メイド喫茶にはまってしまって通い詰めておりましたら、私自身もメイドに憧れまして、どこか募集しているところを探しておりました。丁度こちらの国が募集されておりましたのでこの国に来ました」
メイのドワーフとエルフのハーフと言う事にも驚かされたけど、グレマエイスにはメイド喫茶があることにも驚かされる。私も雑誌では見たことがあるが、行った事はない。是非、グレマエイス国に訪れた際は行ってみたいと思う。
「もしかしてメイがこの国に来る切っ掛けって私?」
「ああ、召喚の義の前に召喚された者に従者が必要だろうと募集していたらしい。君からも要望があったらしいが、既に侍女の件は召喚前に考えられていたんだ。しかし、募集しておいてなんだが、現れた者が人外過ぎた。戦闘技術・魔法技術共に優れていて能力持ちでもある。王家は侍女としてではなく、王家の影として雇いたいと話したのだが、侍女として雇って貰えないのならグレマエイスに帰ると言われ、悩んだ末に護衛も兼務出来る侍女として採用したそうだ」
それで、冒険に加わっても誰も何も言わなかったのね。
メイを見ると私の方を向き、どうだ凄いだろといわんばかりに胸を張る。
(メイさん、低いお胸が余計に目立ちますわよ)
だけど、メイの漏らした秘密厳守のお蔭で、グレマエイスの事を知ることが出来て助かった。
しかし、私の前の世界といい、アメリア国の王子といい、何故『王子』と言う生き物はクズしかいないのかしら?この国の王子がまともなのが異質なのかも?
もしかしたら、グレマエイスの女王とはクズ王子の話で盛り上がる予感がしてならない。
アリシアは前世の記憶を戻し断罪前に悪足掻きをしたが断罪される事は覚悟していた。しかし、断罪前にこちらの世界に召喚され最初は聖女かもと思っていたが、こちらの世界も小説の中の世界でアリシアは再び悪役令嬢であった。
しかも、こちらの世界では魔物に喰われると言う死が待っていた。その為、シナリオと言う運命から全力で回避するため色々と踠く事になったが、今ではかなりシナリオから逸れてきている。
しかも、特使と言う話は小説には書かれていない。
まだ、魔物に喰われる運命から逃れられていないかもしれないが、シナリオから回避出来る事が解った。
ならば、これからもアリシアは全力で回避してみせると心に強く誓った。
第一章 完
第一部として終了致しました。
只今、第二部である『特使編』を執筆中です。
第二部ではアリシアとレイドスの関係が少し近付くかもしれません。
ストーリー的には第三部『運命編』と第四部『運命の先編』まで考えており、少し長くなってしまいますが、御愛読して頂けると嬉しいです。




