10.悪役令嬢がいなくなった世界③
【公爵家の衰退】
アリシア・ローデンブルクがいなくなり一月ほど過ぎただろうか。
世間ではローデンブルク公爵令嬢を悲劇のヒロインとした話で盛り上がっていた。
実の父親の虐待。
婚約者の裏切り。
アリシア以外の登場人物は全て悪者として描かれた作品として。
それも仕方がない。
アリシアの最初の手記の報道に対しての王家の対応はアリシアに予測されており、その後に公開された第二、第三の告白によって、王家の対応の矛盾や公爵家の闇が表に晒されお互いに悪い状況となっていた。
「父上、モーリス商会が我が領との取引を止めると告げて来ました!」
「モーリス商会までもか」
ここ最近、ローデンプルク公爵宛には届いた娘の手紙が公開されてから次々と商会から取引終了の連絡を受けている。
終了の内容が皆『娘でさえ道具として簡単に切り捨てる相手と信頼は築けません』であった。
だが、モーリス商会とは祖父の祖父の頃に我が領地で育てた商会であり、我が領とは旧知の関係でもあった。そのモーリス商会から取引終了の連絡が届いた時は他の商会からの連絡よりも衝撃が大きかった。
しかし、それは全て私が悪い事は知っている。私は融通がきく他の取引先と一生懸命となりモーリス商会の事を蔑ろにしてきた。裏切ったのは私が先なのだ。
モーリス商会からは『公爵様との取引がなくなりましたがアリシア様は頻繁に我が商会を使って下さいました。そのアリシア様もいなくなり公爵様から肩を叩かれる前に自ら身を引きたいと思います。長年の恩もあり悩みましたがご迷惑お掛けするわけにいきません。長年、我が商会を使って下さりありがとうございました』
アリシアだけは使っていたのか・・・
そのアリシアがいなくなればモーリス商会からも身限られて仕方がないだろう。長年続いたモーリス商会との関係を私の代で潰してしまった。
誰でもない私だったのだ。公爵家としての恥は。
そして明日の議会で我が公爵家の今後が決まる。
いや、既に決まっている。
明日の議会の議題は『公爵家の断罪』そして『第一王子の廃嫡』についてであった。
第一王子の廃嫡はまず大丈夫であろう。
ハミルトン王子は件の男爵令嬢によって『不貞者』のレッテルを貼られたが、政治力は確かで一時期はアリシアがずっと後ろに控えていた時もあったぐらいだ。
恐らくハミルトン王子は王位継承権の剥奪に留まるのではないだろうか。
だが、公爵家は違う。世間を騒がせた罪。公爵としての資質。アリシアが第一王子の婚約者となった事で態度がでかくなっていた私に対しいつか転落するチャンスを伺っていた者達がこの機会を逃すものかと皆賛成して来るだろう。
あんなに大事に思ってきた公爵家・・・
娘を犠牲にしてまで守ろうとした公爵家・・・
それももう終わる。
公爵家を潰した戦犯は誰でもない私だろう。
私は娘が第一王子の婚約者となった事で気が大きくなり世間に対しても横柄な態度であった。もしかしたら、件の男爵令嬢も他の貴族が私への仕返しに企てた者かもしれない。
私はなんて愚か者なのか。最初は確かに娘の幸せを願い、娘の幸せのためにハミルトン王子との婚約を結ばせた。そのはずであった。
だが、いつの日からであろうか。
世間が第一王子の婚約者の父親として見てくるように何か自分が大物になったかのような態度をとっていた。
公爵としても充分な地位でいたにも関わらず更なる上にいるものと勘違いしていた。
それがこの結果なのだろう。
私は明日の議会では意義を申し立てる事はない。
【弟でなくなった弟】
父上は覚悟を決めたようだ。
姉がいなくなり、父上宛に届いた手紙が公開されたた事により、私は初めて姉の置かれていた状況を知ることが出来た。
「父上、姉上の背中を傷付けたのは本当ですか?」
「ああ」
何て言うことだ。知らなかった。知らなかったで済むはずがない。同じ家に住んでいたのだから。
それでも僕に優ししくして下さっていた姉を僕は突き放してしまった。
僕の態度が・・・僕の言葉が・・・姉さんから家族として思われなくなった。
昔を思い出す。
『仕方がないわねロイドは。ほら見せなさい。傷口を水で綺麗にしてあげるわ』
『熱は下がった?ルーに頼んでリンゴをすって貰ったから食べる?』
『雷が怖い?しょうがないわね、私と一緒に寝れば怖くないでしょ』
優しかった姉・・・
僕だけは姉さんの味方になれたはずなのに。
僕だけが・・・
何故突き放してしまったのだろうか。
素直に謝ればまた家族に戻れるのかな?
また『仕方がないわね』と言って許してくれないだろうか。
【道化と化していた王子】
「ハミルトン様、そろそろお休みになりませんか?」
「すまない。もう少し夜風に当たりたいのだ」
「・・・解りました。ご就寝の際は及び下さい」
「ああ」
最近、使用人達の態度がどことなく冷たい。
それもそうであろう。あの手紙の公開によって私は不貞者として王家の恥とされているのだから。
恐らくであるが明日の議会で私は王位継承権を剥奪される。
こんな恥さらしで国民からも信用を失った者が国王になどなれるわけがない。
明日の議会でローデンブルク公爵家の降格、私の王位継承権の剥奪、リーファ男爵令嬢の処分が決まる。
私も愚か者だ。
あんな令嬢に騙されるなんて。
リーファ男爵令嬢は私だけでなく、複数の男と関係を持っていた。驚いた事に私の側近もその一人であった。
アレのあざといところは事を終えた後に血糊を使い皆に自分が初めての相手と思わせていた。
リーファと関係を持った者達が集められた時の『リーファの初めての相手は私だ!』と意味のないマウントの取合いは端からみて滑稽だったであろう。
私も一月前まではあんなに浮かれていたのに今ではこんな状況だ。自分の変わりように笑いが込み上げて来る。
そして何故か昔を思い出してしまう。
アリシアと初めて出会った時の事。
アリシアと婚約を結んだ時の事。
アリシアとのお茶会をした時の事。
そして学園生活は記憶喪失になったかのように思い出せるものが何もなかった。何て無駄な三年間を過ごしてしまったのだろうか・・・
最後に私は願う。もう一度で良いからアリシアに会えないだろうか。
【アリシアの罪が裁かれる】
王家の者全員と侯爵・公爵・各大臣及び宰相が集まり様々な議題について協議する議会が始まろうかとしている。
この議会で語られる事は秘密厳守に守られ外に漏れる事はない。もし漏らした場合は漏らしたものだけでなく知ってしまった者まで含め処罰となってしまう議会で世間からは金城鉄壁な議会といわれている。
そして今回の議会は特別であった。
それは、今回の議会で題材と上げられている人物が二人も参加しているからだ。
「おお、カーネリウス侯爵お久しぶりです。お噂を聞きましたが新しい商会との取引を始められたとかで羨ましい限りですな」
「いやいや、その商会のお話を聞いて可哀想に思い、手を差し伸べたでけですよ。かなり優秀な商会でしてな、そういえば貴殿の領地も海に面しておりましたな。例の商会は海産物の取扱いが得意でしてもし宜しければ貴殿の領地とも縁を繋げたいですな」
「それは嬉しい申し出ですな。是非お願いしたいもんですな。それにしてもそのような商会がどうして突然に取引出来たのでしょうな?」
「いやいや、私も聞いてビックリしました。なんでも数年前に別の領で商いされていたそうなのですが、税収を5割請求されていたそうなのです。その領主は王家とも関係性があると言う事で文句を言えなかったそうなのですが、此度に王家との関係性が薄くなったとの事で契約の更新を辞めたそうなのです」
「5割とは暴利ですな。あそこは10年前から娘さんが第一王子の婚約者になってから変わられましたからな」
二人は会話が終わるやいなやローデンブルク公爵の方を見る。ローデンブルク公爵に態と聞こえるように話す。公爵は白々しい会話を無視するかのように目を閉じ静かに座っている。貴族は弱ったものに対しては容赦ない。ここぞとばかりに他の者も公爵の反応を楽しむかのように会話を始める。
「聞いたところによるとモーリス商会の本店がそちらの領に移られたと聞きましたが?」
「それが私も驚きました。あそこは100年以上続く大商会で、とある領が育てたと言っても可笑しくないほど旧知の仲であったそうなのですが、10年前から取引が徐々に減り近年では令嬢としか取引しなくなったそうなんです。その令嬢がいなくなり長年の恩もあり悩んでいたところ新聞に令嬢が受けていた仕打ちをしり決心がついたそうなのです。商会長が『親子の絆でさえ簡単に切れるのだから旧知の絆など期待していたら危険だ』とその領を見限る事にしたそうです」
「なるほど、そのご令嬢だけは商人との取引と言うものを理解していたのですな。それにしてもあそこのお嬢さんは本当に可哀想であったな」
また、視線がローデンブルク公爵に集まる。嫌みったらしい世間話が全て公爵に関わる話ばかりであった。そしてその者達は必ず会話を終えると公爵を見てニヤつく。
公爵は変わらず目を閉じたまま無視を貫いている。そしてそこに他の者と少し違った会話が聞こえてきた。
「レイバス海運大臣は何処か難しい顔をしておりますがどうなさいましたか?」
「私は妹が相思相愛で嫁いだ先だから姪も幸せに暮らしているとばかり思っていた。だが、あの内容を見る限り姪が幸せであったはずがない。こんな事なら私が無理矢理にでも引き取っていれば良かった」
ローデンブルク公爵はここで始めて会話への反応を示し目を開けレイバス伯爵の方を見る。
そこにはレイバス伯爵が私の事を睨みつけている姿があった。公爵は彼よりも爵位が上だが公爵は彼に何もいい返すことや苦言を述べる事はしなかった。
レイバス伯爵にもハミルトン第一王子の心変りの噂が届いていたらしく、『婚約破棄されないのか?』『アリシアは大丈夫なのか?』とアリシアの事を心配する手紙が届いていた。だが全て公爵が握り潰していた。
ガチャッ!
もう一人の主役のハミルトン第一王子が現れた。
どうやら向こうには噂話や世間話はしないらしい。
だが、第一王子派の者達は裏切られた思いが強いせいか、当事者を強い視線で見つめていた。
彼や私の行いのせいで今後は自分達の立場が悪くなるのだから仕方がない事だろう。
「皆の者、良く集まってくれた。これよりカントール国代表議会を始めるとしよう」
国王の宣言により会議が開催された。
進行は宰相が務める。
ローデンブルク公爵及びハミルトン第一王子にとって地獄の審判が始まろうとした。
「それでは第一議題であります、現在世間を騒がせておりますアリシア・ローデンブルク令嬢について、この騒ぎの責任をどうするか決めて頂きたいと思います」
一番最初にアリシア・ローデンブルク令嬢について話し合う。今回の議題の中で一番軽い議題であった。
「少し良いだろうか?」
「どうしましたレーニン大臣」
「彼女は自身に課せられた罪に対し意義を申しただけであって罪はないと思うが?」
「何を言います。あの令嬢のせいで我々貴族や王家の信用が崩れ初めているのですぞ」
「それは、彼女が弁明出来る機会が他になかったからであろう。令嬢があのパーティーに出ていたら第一王子の権限で証拠の有無関係なく処罰され離島や国外に飛ばされれば弁明が出来ようもない。追い詰められた彼女が出来た最後の弁明に罪などあるはずがない。
それに、王家の信用が崩れたのは彼女の責任ではない。彼女は偽証罪の濡れ衣を晴らしたであろう。
もし、この件で罪を問わなくてはならないとすれば、彼女の声を聞こうとしなかった者達ではないだろうか?」
彼は話の矛先を父親であるローデンブルク公爵の方に向けた。皆の視線がまた公爵に集まる。
この話の流れでアリシア令嬢は罪に問われない事が確定した。アリシア令嬢の罪は全て父親である公爵に持っていく算段となった。
「ローデンブルク公爵、貴殿はご令嬢から何か聴いていなかったのか?」
「ハミルトン殿下が男爵令嬢と親しくして娘との婚約を蔑ろにしていると報告を受けている」
「それで貴殿はどうお答えになられた?」
「・・・」
「無言ですか?ここでの無言は手紙の通りととらえられますが良いのですな?」
「それで良い」
「他にはご令嬢からハミルトン殿下について何か相談されませんでしたか?」
「娘は一度ハミルトン殿下との婚約を白紙にして欲しいと言って来ました」
「ほうそれは・・・」
今度は皆が一斉にハミルトン第一王子に視線を向ける。ハミルトン王子は皆と視線を合わせる事が出来ず顔を俯いたままでいた。
「それで貴殿の返答は?」
「・・・」
「ローデンブルク殿下、最後くらい公爵として気品ある真実の言葉を述べて下さい。返答はどうしたのですか?」
「・・・わ、私に恥をかかせるきかと娘を叩き、一週間ほど牢に入れ鞭で背中を叩き続けた」
ハミルトン第一王子が驚愕の顔で私の方を見ている。アリシアは体調不良として学園を一週間ほど休んだ時があった。その真実は自分の親に牢に入れられていたと言うのだから驚くのも仕方がない。
議会に参加していた者達もここまで酷いとは思っていな次の言葉が出てこない。このまま沈黙したままでは議会が進まないため進行役の宰相がどうにか言葉を絞り出した。
「公爵は娘を愛していなかったのか?」
「愛は・・・あったはずだ。ハミルトン殿下と婚約させる事が一番の幸せだと思い婚約を結ばせた。だが、廻りから担ぎ上げられ勘違いした私はいつの間にか自分の幸せのために娘を利用していた」
「・・・」
相変わらず、議会の空気が重い。ハミルトン王子も貴族達も誰も知らなかったであろうアリシア令嬢の家族からの冷遇になかなか次の言葉が出てこない。
「私はアリシア令嬢に罪はないと言う意見に賛成だ。私が令嬢と血縁関係にあるから言っているわけではない。
彼女は犯罪を侵した訳ではないからだ。誰もが持ちえし権利を使っただけだ。確かに世間を騒がせた事は貴族として罪を問われる内容かも知れないが、だが彼女はそれまでの生活で充分に罰は与えられたはずだ。彼女については救済を考えても良いのではないだろうか」
長い沈黙を破ったのはレイバス伯爵であった。
皆がレイバス伯爵の意見に賛成する事となった。
公爵は娘の無罪が確定したことにホッとする自分に驚いた。今更であるが娘の事を心配する心があることに気付いたからだ。
小説で断罪される運命の公爵令嬢アリシア。
世間を騒がせ問題を起こしたアリシア。
アリシアが知らない所で無罪となっていた。
【失う者と与えられし者】
「其では議題は次に同内容及び王家に届いた各商会からの陳情について公爵の品位を問いたいと思います。
1つ目としてアリシア令嬢がハミルトン殿下と婚約を結んだ事により王家と親しい関係になったことを良いことに商人に強迫紛いな発言にて税収5割と暴利を働いていた事。また、ローデンブルク家と100年以上の旧知の商会と専売取引を結んでいた商品をより利益になるからと別の商会との取引を行っていた事であります。尚、此方の陳情は調べたところ全て真実であることか解りました」
「これに対しローデンブルク公爵は弁明御座いますか?」
「ない」
「では、次にローデンブルク領内から陳情書が上がってきてあります。ローデンブルク領内は他の領に比べ税率が倍ほどと高く、領民の生活を苦しめております。これについて弁明は御座いますか?」
「ない」
「では、これらを踏まえローデンブルク公爵の処罰を検討して頂きたい」
「ローデンブルク公爵については、アリシア令嬢が侵した騒ぎの責任も含めての降格が望ましいのでは?」
「どこまでの降格が宜しいでしょうか?」
「そうですな。『伯爵』あたりはどうですかな?」
公爵から一気に伯爵に降格など前代未聞である。この言葉に他の議員達がざわめきだした。
「降格は侯爵として領都とその隣町迄を領地としてその他の領地を王家に返納すると言うのはどうだろうか?」
「領地の返納か・・・其れは面白い」
「脱線されては困ります。ここは面白がるところではありません。正規なる罪の裁きをお願いします」
宰相が場違いな発言をした者に叱責を飛ばし、口を滑べらした貴族は俯く。他の貴族はまたかと呆れたように彼を見ている。
「私は侯爵に降格での領地返納に賛成だ。今回の件で問題を起こしたがローデンブルク家がカントール国に貢献してきた歴史は大きい。それを一代の過ちで伯爵位まで降格させるのは歴代の公爵殿に申し訳ない。だが申し訳ないが貴殿の品位は貴族として異を唱えたい。よって私は彼には爵位の譲位を希望する」
多勢がこの意見に賛成しだした。
どうやらローデンブルク家は侯爵となり領地の一部を王家に返納する事になるようだ。私は伯爵までの降格を覚悟していただけに少しホッとしている。譲位もこの議会が終わればロイドに譲位するつもりであった。
このままこの意見で可決するかと思ったが一人の議員が意見を述べた。
「私も賛成だが、この件は王家にも責任があるはずだ。それを王家に利となる判決は如何なものかと思っている。
それにどの様な事が起きてアリシア令嬢が姿を眩ましているのか解らないがこの判決では先程のアリシア令嬢への救済にはならない。
被害者であるアリシア令嬢が戻ってきたら王家が預かっている領地をアリシア令嬢に返しアリシア令嬢に爵位を与えてはどうであろうか?」
「良いが、令嬢は戻って来ないだろう。生きているかも解らないしな」
「死んでいるならそれで構わないのでは?。そうなれば、先程と同じように王家が領地を預かった身となるのですから。だが、もし戻って来たのならローデンブルク公爵の領地を分領させる罪に変えても良いのではないでしょうか」
「成る程、分領か・・・」
「アリシア令嬢は我が領の治水について真剣に取り組んでくれた。それにアリシア令嬢は父親とは違って話が解り権力を振りかざす事はしないだろう。私もその意見に賛成しよう」
会議に参加した貴族の殆どがアリシアが第一王子の婚約者の時に助力を受けており何かしらの恩を感じていた。それによりこの意見が議決される事となった。
公爵にはない人望がアリシア令嬢にはあった事に公爵は複雑な気持ちでいた。
アリシアに分領される領地はローデンブルク領の2/3ほどである。
「そうなりますと、アリシア令嬢の爵位はどう致しますか?」
「分領される領地の大きさや重要性を考えると伯爵位が妥当ではないだろうか?」
『伯爵位』に良い顔をしないものがいる。それもそうだろう、簡単に自分と同じ爵位になられては面白くもないはずだ。
「少し良いだろうか?」
手を挙げたのはアズベルト王子であった。
「アリシア嬢が先日結んだ隣国との条約は我が国にとって素晴らしい者となるはず。私はその功績も讃え彼女に伯爵位を与えて良いかと思っている」
アリシア令嬢の伯爵位が決まった。
今やハミルトン第一王子の王位継承権の剥奪は確実である。
そうなれば次の王位継承権は弟であるアズベルト王子だ。そのアズベルト王子の意見に正当な理由なく異を唱える者などいない。鶴の一声であった。
こうしてアリシア・ローデンブルクは知らず知らずのうちに伯爵となってしまった。
【悪女とされたヒロインの罪】
「それでは、もう一人の令嬢であるオーウッド男爵家リーファ男爵令嬢の処罰を検討したい」
議題がリーファ男爵令嬢に変わった途端、議会参加者の顔つきが変わった。件の令嬢の被害者や悪事に加担した者達は議会に参加している貴族の寄り子もいる。また、王家の者達も顔が険しくなった。
「リーファ男爵令嬢ですが、ハミルトン殿下に婚約者がいることを知りながら王子に近付き体の関係を持った事。また、体の関係を持った令息は他にもおり調べたところ学園の教師とも関係を持っておりました」
「なんとハレンチな!」
「ハミルトン殿下がパーティーでアリシア令嬢を断罪しようとした罪について当方で調べたところ、まずアリシア令嬢が叩いた後に体の関係がある令息に同じ場所を3回ほど叩かせて腫れを酷くしたと証言を得られております。
また、アリシア令嬢が机の上の物を凪払った後に自分で筆箱を踏み潰しているのを目撃した者がおりました。
更に、ワインを溢した件ですが、こちらも体の関係を持った令息がアリシア令嬢に態とぶつかりワインを溢させたようです。
最後に階段からの落下はリーファ令嬢がアリシア令嬢に態とぶつかり自ら階段から落ちました。こちらは王家の陰が承認です」
「これは・・・」
「決まったようなものだな・・・」
罪状を上げればきりがない。アリシアを悪役令嬢と罵っていたが実際の悪役令嬢はリーファであった。
既にリーファの罪状は決まっている。後は誰が提案するかであった。
「処刑に決まっておろう」
ガルディア王が口を開いた。
国王陛下が処分内容に意見を述べるのは珍しい。余程、リーファと言う令嬢について思うところがあるのだろう。
ガルディア王の一声で処罰内容は決まった。
リーファは翌日に処刑されることになった。
物語のヒロインとして断罪劇により第一王子の新しい婚約者として幸せな未来を過ごす予定だったリーファ。
断罪劇によって第一王子の婚約者から離島での強制労働となるはずであった悪役令嬢アリシア。
『断罪劇』がなくなったことでこの二人の運命は真逆なものとなった。
【裁かれる婚約者だった者】
「最後にハミルトン殿下の責任の所在について話し合って頂きたい」
「申し上げにくいのですがハミルトン殿下は婚約者がいるにも関わらず男爵令嬢との関係を持ってしまいました。また、その事実を国王陛下に虚偽の報告をした罪が御座います。更に宰相が調べたら簡単に解った事をハミルトン殿下は調べようともせず、男爵令嬢の讒言を信じアリシア令嬢を貶めようとしました。これ等の罪は重いのと同時にこんな讒言に騙される者を将来の国王とすることは危険でございます。つきましては私は王位継承権の剥奪を望みます」
「これに対しハミルトン殿下から何かご意見は?」
「何もない」
これによりハミルトン王子は王位継承権の剥奪の処罰となった。
【ヒロインの最後】
ここは王家に対する罪人が幽閉される地下深い牢である。ここに世間を騒がせたもう一人の令嬢がいた。
この令嬢はヒロインであったはず。
この令嬢は主人公であったはず。
だが、今は地下深い牢にいる。
令嬢はここでの日々を悶々と過ごしていた。彼女は何故ここにいなくてはいけないのかが解らなかったからだ。
そしてこの日も令嬢は憤っていた。
何故?
どうして?
何がいけなったの?
私は小説の通りに行動したはず・・・
そう、彼女はここが小説の中の世界だと知っていた。彼女は前世の記憶があり更にはこの小説を読んだ事があるからだ。
彼女は前世では普通の看護婦として働いていた。だが、働いていた病院にはセクハラ、パワハラ、モラハラの三種のハラスメントの医師がいて毎日、何かしらのハラスメントを受け彼女は爆発寸前であった。
そんな彼女の働く病院には生まれた頃からベッドの上にいる女性がいた。女性は心臓を患っているらしい。たまに退院してご自宅まで戻られる時もあったが直ぐに体調を崩し入院する事になる。
私は小説と言う趣味もあった事もあり、どんなにイライラしていてもその女性と仲良くすることが出来た。この小説を貸してくれたのもその女性であった。
その女性が二十歳のなった年に事件は起きた。
女性に投与すら薬の量をハラスメントの医師が間違えたのだ。この量を投与すれば間違いなく女性は死ぬだろう。だが、カルテをそのままにした。
医師に対しての復讐心もあったが、女性の生に対し『もういいのではないか』と言う気持ちが混み上がって来たからであった。
女性は亡くなった。
女性の家族が泣きながら別れを惜しんでいる姿を見て少し胸が苦しく感じた。
その裏で病院は大慌てだ。医療ミスで患者を殺してしまったのだから。
だが、病院はミスを隠蔽しようとした。納得がいかない。隠蔽してはあの医師が罪を負わなくなる。それでは女性が死んだ意味がない。必死に異義を唱えたが、そんな私が邪魔に思ったのかハラスメント医師に首を絞められ命を落とした。
が、目を覚ますと見たことのない世界にいた。暫くするとこの世界が小説の中の世界で自分が主人公ヒロインであるリーファだと解った。
だから小説に書かれていた通りに動いた。
動いたはず。
多少は無理矢理シナリオの通りになるように強行手段もとったが問題なく話しは進んでいった。
なのに私は王子と結婚するどころか牢に入れられている。
全ては上手くいっていたはず。
最初は悪役令嬢のアリシアの悪女ッぷりがもどかしく少し私が加筆してしまったけど小説通りだったはず。
どこで間違えてしまったの?
そう言えば、彼女は何故パーティーに来なかったの?
リーファは考える。
何故アリシアはパーティーに来なかったのか?
ユーザックの馬鹿が会場前でアリシアの姿が消えたなど誰もが嘘と解る嘘ついた。きっとアイツが逃がしたのに違いない。こんなことなら胸を触らせるだけでなく一発ヤらせてやれば良かった。
でも・・・
いつ?
私はアリシアの悪女ッぷりがもどかしくもしかしたら前世の記憶があるのではとそれとなく探って見たけど彼女に前世の記憶があるとは思えなかった。
最後にあった時も異変はなかった。
それじゃ・・・いつ・・・
もしかして・・・
前日!?
前日に記憶が戻ったのならばアリシアが逃げる行動も解るわ。あの手記や手紙も前日に記憶が戻ったからこそ最後の悪足掻きだった・・・
私は・・・
その悪足掻きに負けたってこと?
たった前日に記憶か戻っただけで?
それだけで?
・・・・
クソがーーーーーー!!!!!
こんな、こんなふざけた話があって言い分けないわ。
私はヒロインなのよ。主人公よ。
そんな私がなんで前日に記憶を戻した悪役令嬢に負けなければならないのよ!
こんな事があっていいはずないわ。
ここは小説の中の世界のはずよ。
私が主人公なのよ。
勝手にシナリオを変えていいわけないわ!
「本当に早朝からブツブツとうるさい女だな」
「煩いわね。ここから出すつもりがないなら私に話しかけないで」
「いや、指示でお前をここから出すことになったから迎えにきた」
ほらーーーーーー!!!!!
やっぱり私はこの世界の主人公なのよ。ヒロインなのよ。
あのアリシアなんかにどうにか出来るわけないのよ。
リーファは勝ち誇った顔で牢屋番の後をついていくと、とある部屋に連れていかれた。部屋の中には1つのベッドがある。
「ちょっとあなた、もしかして外に出す条件に体を求めるつもりね。私は王妃になる人間なのよ。貴女と身分が違うと言うのに仕方がないわね。早く済ませて頂戴」
「お前、早朝から何をいっているか解らん。早くそこへ座れ!」
私は牢屋番に腕を掴まれると強引にベッドに座らされた。
「ちょっと何なのよ。もしかしてそう言うのが好きなの?」
牢屋番は私の言葉を無視してベッドに備え付けてある手枷と足枷によって私の自由を奪うと「じゃあな」と一言告げ部屋の外に出ていった。
牢屋番が外に出ると直ぐに老人が一人部屋に入ってきた。
「ヒャッヒャッヒャッ、この刑が行われるのは久しぶりで興奮してしまうね~」
「貴女が私の相手なの?無理じゃない。もう少し歳を考えた方がいいわよ。まーこのあと王妃になる勉強をしなければならないんだから仕方ないわね。早く済ませましょ」
「・・・」
「どうしたの?」
「ここまでイカれた令嬢とは思わんかっわい。確かにこの刑に処するしかないと言う訳か」
「何言っているの?」
「娘さん、この注射の中には○○○と言う薬が入っていてね。これは少量なら害はないのだが多量に接種すると命を失う事になる。ちょっと苦しむ事になるがほんのちょっとだよ」
えっ!?
私は知っている。
だってその薬は『寝たきりの女性』が投与された薬だもの。
えっ!何故私に投与されるの?
「何で?私はどこも悪くないわよ」
「どこも悪くないか・・・
本当にとんだ令嬢に捕まったものだね。いいかい、良く聞きな。お前は『王家が命じた婚約を潰した罪』『王家の者以外に関係をもっていながら王家と関係を持った罪』『公爵令嬢を罠に嵌めた罪』これらによってこれから処刑されるのさ」
「処刑!?」
嘘よ。私は小説の通りに行っただけ。なのに何で私が処刑されなければ行けないの?
「だが、安心せい。お前の事は病にかかってなくなった事になるからな」
私は私の幸せを願っただけなのに・・・
あの時、病院の隠蔽に賛成していたら・・・
いえ、あの時彼女を殺さなければ・・・
今、解った。これは小説の中の世界ではなく、私に天罰を与える世界だったのだと。
私は救えた筈の彼女を救おうしなかった罪に問われるのだ。
ああ、可能であれば最後にもし彼女も転生していたら一言謝りたかった・・・
その後、世間に発表された。
ハミルトン王子と懇意のなかであったリーファ男爵令嬢が病気に伏せって一年後、快復されることなく亡くなったと。
【ヒロインの過ち】
リーファは最後まで気付く事がなかった。
自身が起こした過ちを。
リーファの間違えは体の関係を持ってしまった事である。小説でもそのように書かれていたからリーファも油断したかも知れないが、小説の世界の話はバレない事が前提であった。
それを同じく小説の話を知っていたアリシアによって暴かれてしまった。
それでも小説の通りだけなら処刑されることはない。
公爵令嬢を貶める行動をとったり、他の男性と体の関係を持ったりと小説には書かれていない事をしてしまった事がリーファの犯した間違えたであった。
本来のヒロインであるリーファなら間違えない事であった。
アリシアにハミルトンとの関係を暴露されても離宮送りか王位継承権が剥奪されたハミルトンと添い遂げる事は出来たかもしれない。
処刑となったのはヒロインとあるまじき行動をしたからである。
言うなれば、リーファは転生さえしてなければ裁かれる事はなかった。なので、リーファの罪は転生してしまった事であった。
~おまけ~
「いやぁぁぁぁぁあーーーー!!!」
一人の女性がベッドから飛び起きる。
女性は薬によって処刑されたはずであった。
女性は周辺を見渡すと男爵家ではあり得ないほど豪華な部屋にいた。
まるで城の中にいるようであった。
暫くすると、女性は記憶が鮮明になってきた。
私は・・・この国の王女。
私は・・・転生した?




