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『追記:das Leben lieben』


<土曜日 11/1> PM 15:00


「まだ寝てるのか…?」

 自分の寝室に運んで転がしておいた酔っ払いの男が、いつまでたっても起きて来ない。さすがに心配なので、様子を見に行くかと俺は立ち上がった。

「リヒテン…?」

2階へ上がっていくと誰かの話し声がした。彼以外には居ないと分かっている。しかし、まるで別人の高く澄んだ声。優しさを帯びた、美しい波打ちに。俺は立ち止まった。

「…。」

 彼と出会ったのは大学生の頃だった。彼はベンチに寝転がっていて、俺は風邪を引かないかと心配だった。痩せて細い体に、目の下はクマが濃く刻まれ、死んだように眠っている姿を、今も覚えている。

「大丈夫。私達はきっと物語のページを捲るように次のステージで、月夜を見つめるわ。」

 ドアノブを掴んだ手を離す。ゆっくりと目を閉じて、俺は静かに待った。ドアの隙間からは心地良い風が吹いていた。

「…ラモンか?」

「ああ。」

 よく知った声が数十秒の後に聞こえた。俺はリヒテンに招かれたことを確信し、ゆっくりと扉を開けたのだった。


「すまんな。よく寝てしまった。」

「構わないさ。調子はどうだ?なにか食えそうなら、持ってくるぞ。」

 ベッドの上で片膝を抱えるように座っている。奥の窓は全開になっている為、カーテンが風に吹き上げられ、青空がその色を染めていた。

「いや…大丈夫。腹減ってないし。」

「そうか。」

 金曜日に着ていたスーツのままで、ジャケットは脱いでいるものの、いつもとは違う彼に感じる。ベッドの上に俺も腰掛けて、視線を合わせようとしたが、顔を逸らされた。

 お互い何も喋らない時間だけが過ぎる。午後の柔らかい風だけが通り抜けていく。俺が何か喋ろうと口を開いたら、彼が肩に寄りかかってきた。

「疲れたのか?まだ休んでいてもいい…。」

「ありがとな…。」

 俺の言葉に被せるように、掠れた声で言葉が呟かれる。少し驚いて曇りがちな、灰色の瞳を見つめると、リヒテンは溜息を付いて微笑んだ。

「やっぱ…忘れてくれ。俺に感謝の言葉なんて似合わないし。」

「無理だな。俺は記憶力が良いんだ。」

 顔を見合わせる。互いの間に風が流れ、諦めたように彼はベッドに横になると、目を瞑った。その目の端から涙が溢れて、思わず拭いたくなるが我慢する。

「本当にこの世界は…つれないよなぁ…酷いくらいに…。」

「そうだな…。」

 寂しいと(ひさ)ぐ感情は、美しいと塞ぐ夕映えの憧憬は、優しさと忘れた咎人の羨望だろうか?けれど、その思考は傾きかけた陽光に、押されて愛おしさへと変わった。

「俺でも良いんだぞ?」

 不意に口からこぼれ出た言葉。それを聞いて、彼が一瞬何のことかと言う顔をしたが、直ぐに吹き出して笑った。

「バカだなぁ。全く…だけど嫌いじゃないよ。」

「はいはい。」

 小馬鹿にしたように眉を上げてリヒテンが楽しそうに笑っている。橙に染まり出した空を、背景にして、俺は今日の夕食を何にするか。静かに想いを巡らせたのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

では、またいつか別の作品で。

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