『前章:Fliege im Mondlicht』
<土曜日 10/25> AM 0:00
月夜に任せた骸骨は、星々にフリーズ。頭から血を吐く、弱音に迷子を問いたくない。心に狂ったバラードを聞かせてくれ。孤独な愛情に口付けた影踏みの花嫁よ...。
産まれ直したから、夜明けに乾杯。飲み干したエールは迷わず、既婚者と甘い毒針に酔いしれて。僕は誰よりも悲劇の審判者だ。冷たい輝きに惹かれ、夢から醒める水を呑む。
「花束を口に突っ込んで、棺桶に僕を沈めたいな…。」
人知れず泣いて、宝石のボタンを人さし指で突いている。その紅が、とても悲しい。これはRubyかGarnet?それともCoral。二つを選んで君に見立てなら、収まらぬ衝動…。僕何者だ?ベンチに座って落ち込む男。三日月が意地悪に嘲笑う。溜息に想い詰めた恋を誑かせ。
「詩人を気取って何してるんだか。」
バサリと落とした薔薇色の花束。美しく僕の瞳を覗く、街路燈の灯。黒く伸びた影と、付随する格好良く、垂れ下がったコート。寂しさが募って輝いた。黄金の月、星、惑星の渦中で手を伸ばしたが、後に残るのは闇の悪魔しか知らない虚無。微笑んだ唇に影の聖人とキスをして、笑い飛ばした悪夢が現実だと…今、気付いた。
「ああ…。」
終わったと花束の本数を数えて涙を溢そうと呼吸を浅くする。あまりに醜い己の姿に、僕は自分の身体を抱きしめていた。Crabは歓声と耳元で鳴り響いた残忍さとなって、僕に孤独を与えている。
「もう…僕は終わりだ。」
唐突に背筋を駆け上がる甘い痺れに歯軋りし、その瞬間溢れ出した本当の涙に僕は顔を手で覆った。ぐちゃぐちゃとした、欲深い頭が整理される。
「死にたい…。」
呟いた言葉は本物で、浮かべた嘲笑は僕を酷く苦しめた。冷た過ぎる水を被って、呑んで融けた瞳で死神を望んだら、そこには月夜に煌めく少女が立っていた。
「…へ?」
暗闇に靡く髪と、艶が隠せない唇。涙が溢れたら、きっと可愛いだろう黄金の瞳。胸に添えられた指先を思わず視線で追ったら、罪悪感で俯いた。
「あ…。」
彼女が僕を見る。綺麗な白銀のワンピースはまるで花嫁みたいで、この手で抱きたくなってしまう。痩せた身体が撓る姿を、一瞬想像して目が眩むのを感じた。
「あ…貴方は…。」
「…。」
無言のまま会釈のみ返すと、彼女は困ったように微笑んだ。街灯に照らされた絵本の登場人物みたいな雰囲気。
「君は随分と、可愛い人みたいだな。知らない男に、こんな夜中に話し掛けるなんて。」
僕がわざと無愛想に返せば、彼女は楽しげに笑って応えてくれた。
「そんな…独りでいたから。誰かさんが夜更かしする悪い子だから、私はお散歩中なの。」
「ふーん。それは可哀想だな。」
適当な相槌が彼女へ喜びを与える。分かりやすい仕草に、僕は思わず口角を上げた。
「そう。だからこうして、寂しくベッドから出てきたのよ?お化けみたいでしょ?」
「意味が通っていないが…。まあ、そうだな愛らしい女性だな。君は。」
そう告げると三日月へ口付けるように、彼女はフワッとターンして、僕から遠ざかるように、夜の街道を歩き始めた。
「もう行っちゃうのか…寂しいな…。」
その背中へ僕が甘えると、少女は振り返って優しい表情を浮かべてくれた。
「ううん、また明日会えるわ。また此処で。」
「そうか…じゃあ、また。」
離れていく影。名前も知らない女性の後ろ姿を熱のある余韻を纏ったまま、ボーッと見惚れている。
「最低だな…僕は。」
自嘲気味に言葉を吐き出せば、持っていた薔薇を地面に投げ捨て、過剰に呑んだ酒に酔い潰れたのだった。
<日曜日 10/26> PM 13:00
「んで?どうなったんだよ。リヒテン。」
「知らないさ。気付いたら朝になってて、俺はベンチで熟睡してた。」
痛む頭を癒すために氷水を飲んで落ち着かせようとする。軽いため息と共に、目の前の男へ視線をやったら、普通に笑われた。
「聞く限りでは堕落の極みだな。女性に振られ、酔って別の女性を口説くとは。なあ。」
「全くだ…。つくづく自分が嫌になる。」
そして今いる場所も酒場。そこ以外に居場所がないのだから仕様がないが、浪費するだけで、脳がない自分は世の中の害虫だと自覚していた。
「まあまあ、そう悲観すんなって。それにお前ちゃんと仕事して金稼いで、何だかんだ真面目な気質だし。いずれはいい人が捕まえてくれるよ。」
適当すぎる友の解答に、俺は不機嫌さを全開にして、睨み付けた。
「…嫌味か、意味が分からん。」
「神は人間に万物を与えはしない。恋に敗れて意気消沈しているとは言え、お前は裁判官として同期の間で誰よりも出世してる。それは、誇るべきことだろ?」
ムッとして氷水を煽る。俺には、只々嫌味にしか聞こえない。というか嫌味だ。ノンアルビールを片手に、楽しそうな表情を浮かべる青年を、更に鋭く睨み付けた。
「うるっせぇ…知っての通りだが、俺は仕事をしてないぞ。裁判官なんて以ての外だ。今の俺は金もない、何なら財布も持ってない。つまり、今から食う昼飯は、お前の奢りだ。」
意地悪く瞳を歪めて、気持ち良く嘲笑う。そんな俺に、彼が項垂れて溜息を付きながらも、降参したように首を振った。
「まじかよ…。そりゃないぜ…。俺よりお前のほうが稼いでるのに…。」
「なんだって?」
短く刈り込まれた黒髪を突いたら、諦めたように男は頷いた。どうやら、観念したらしい。メニュー表をこちらに渡して、彼は一気に手にしていたノンアルビールを飲み干した。
「まあ…いいか。いつものことだし…。で、何が食いたいんだよ?」
メニュー表をパラパラと捲ったが、内容があまり頭に入ってこない。
「んー、サンドイッチあるか?」
「意外と可愛いもん食うんだな…。」
人によりかかって生きている。自分一人では生きていけない。昨日煽った酒だって、知らない女性が奢ってくれた。その前に食べた朝食も、その前には…何があったんだっけ。
「卵のやつと、肉挟まってる奴があるが…。」
「あー…胃に優しい方。逆流しそうだ。」
「そりゃ、困ったな。」
記憶を遡ろうとした為か…込み上げてきた気持ち悪さに眉をひそめて、あまり人のいない酒場を見渡す。アルコールの匂いと、見知った顔のマスターが、グラスを拭く姿。美味しそうな肉の匂いと、微かな騒めきは心を蝕んで殺される。
それは何も変わらない日々の光景だった。俺がよく知る無様で、生きる価値のない自分に相応しい寂れた酒場の一角だった…。
「はぁ〜美味かったな。」
「んあ…腹いっぱいで死ぬ…。」
「お前は、サンドイッチ1切れしか食ってないだろうが…。」
苦笑いする顔を見上げて、直ぐにそっぽを向く。嫌味な奴だが、やっぱ嫌いではない。真っ黒のコートが暑過ぎて脱いだら、彼に奪われた。
「自分で持てるぞ…。」
「そう言いながら、お前はすぐポイ捨てするからな。信用ならない。」
花屋の前を通って煉瓦壁が美しい街並みを歩いていく。今日は祝日か休日なのか…人通りが多くて頭がクラクラした。
「…もうホテルに帰って休むよ。じゃあな。」
「…またか、今度は誰に借りたんだよ?」
誰だったのか思い出そうとしたが、顔も名前も出て来ない。
「えー…忘れたな…。」
「いい加減、自分のアパートに帰れよ。」
おかしな事を言う。俺はため息をついて彼に首を振った。
「だから、俺には家なんてないって。いい加減覚えてくれよ。」
「…少し休んだら食事に誘うよ。一緒に俺の家で食べよう。住所を教えてくれ。」
一瞬だけどうしようかと考えたが、俺はズボンのポケットに入れてあったメモ帳とペンを取りだして、ホテルの住所を記した。
「分かったよ…これだ。」
「ありがとう、じゃあまた。夜に会おう。」
彼が去っていく。遠ざかっていく。ふと、寂しさが心に募っていく。街の喧騒が気持ち悪すぎて、俺は震える手を抑え込もうと唇を噛んだのだった。
――同日 PM 17:00――
「おーい。起きろ、せめて鍵開けてくれ。」
声がした瞬間、僕は視界が熱を帯びている事に気づいて、目を開けた。恐らく、彼がもう来たのだろう。ベッドから起き上がろうとしたが、目眩が酷くて床に倒れてしまった。過去の出来事が蘇って、脳裏に痼。嘲笑われる。ボロボロになった心を抱くよう、もう一度深く息をする。
「居ないのか?死んでないよな、リヒテン?」
対価に歪んだ身体が激痛で、震え出す。僕はごめんと声を枯らして、弱く左手を爪で引き裂きながら、静寂を求め。眠りに落ちたのだった。
――数十分後――
「…んん…夕方…なのか。」
ぐらぐらする頭を抑えて立ち上がる。軋む背中と、質の悪いベッドで寝てたせいなのか痛む腰を抑えつつ、ノックをし続ける客人を俺は出迎えた。
「…なんだ…お前か…。」
「随分とお疲れのようだな…。」
「寝てたはずなんだが、疲労が増した。」
欠伸を噛み殺し、追い払うように部屋へ入って来ようとする彼を押しのけた。
「10分で支度して来るから、ちょっとぐらい待ってろ。」
「俺は既に30分以上待ってるんだが…。」
その言葉を聞いて、少し驚く。そんなに気付かなかったのか…。
「やっぱ、俺疲れてたりする?」
「飯食って、酒を控えて、夜は寝ろ。」
「素晴らしい。どれも出来そうにない。」
俺はそう言って笑うと、なるべく早く支度すると告げて、部屋の中へと戻ったのだった。
――同日 PM 18:00――
「悪かったな…。」
「何を今更、別にいいさ。本当に、死んでるかと思って焦ったけどな…。」
なんとも悲壮な発言を聞いたので、隣を歩く男の顔を伺おうと視線を送ったが、よく分からない。仕方なく俺はこう告げた。
「…恋に破れたからと言って死ぬ程、ヤワじゃないぞ。」
「そんな事は知ってる。そういう意味で言えば、お前は図太い。」
「…やな奴だ。」
玄関を開けて招かれる。脳裏に風船がチラついたが、それは俺の妄想だ。いつもの通り、お邪魔しますとも言わず、彼に導かれるまま家に入っていった。
「靴は脱げよ。うちはアメリカ式じゃない。」
「分かってるって…何回来てると思ってるんだよ?」
やれやれと彼の神経質さに首を振ったら、お前が適当過ぎるんだと言い返された。暖色系を身に着ける彼…ラモンが住む家は、何度来ても落ち着きを感じる。パッチワークが施されて、可愛らしい雰囲気のクッションや毛布が、そこかしこに配置されていて、取り合えず一つ抱きしめてみたら、背後から楽し気なラモンの笑い声が聞こえた。
「…なんだ?」
「まあいいさ。お気に召したようで何よりだ。」
「…。」
無言を返せば、彼が肩を竦めてキッチンの方へと歩いていく。俺はクッションを抱えたまま彼に後について行った。
「そうだな…取り敢えず軽めに何か腹に入れるか?」
「ああ、生ハムとかサラダ食いたい。」
良く片付けられたキッチンテーブルには、既に料理が並んでいた。俺が嫌いなものを省いたサラダに、エビグラタンと生ハムやチーズに…何かの豆。更にキッシュまで、俺の好きな料理ばかりが並んでるあたり…まあ色々と彼なりに考えてくれたのだろう。
「はいはい。じゃあ、お前はソファに座ってろ。」
「ああ…お前は…?」
何か手伝おうかと、ふらふら視線をさ迷わせていたら。彼に邪魔だと、どかされた。
「俺は料理を運ぶ。いいから、座れ。」
「へーい。」
家主には従っておくのが吉か…。苦笑いするグリーンの瞳に追い立てられるよう、俺は静かに柔らかくて心地良い、キルト生地のソファへ座ったのだった。
「んー、お前ってトマト平気だっけ?」
「ダメだ。食うと吐き気がする。」
「そうだっけか?じゃあ、お前のにはパセリでも添えとこう。」
「…苦い草をわざわざ乗っけて、意味があるのか?」
「料理には彩りが必要だ。黙って食え。」
「はいはい。」
ハムにチーズを包んだものを渡され、俺はその傍に添えられたパセリだけ、ラモンの皿に移した。呆れたような声を出されたが、知らん。オリーブオイルが掛かった美味しい料理を食べ、俺は思わず微笑んだ。
「美味いか?手抜き料理だけど。」
「んー全然、十分だろ。美味いぞ。」
「そりゃどうも。」
隣に座る彼は早速グラタンを食べ始めていたが熱そうだ。冷ましてから食べればいいのにと零せば、うるさいと言われた。
「言っとくが酒は出さないからな。ソーダか何かで我慢しろ。」
「まぁ…確かに今日は控えるか…。」
「お前そんな言う程、普段から飲まないけどな。一応。」
その言葉に少し引っかかりを覚えて、俺は反論した。そんな、酒豪だと思われたい訳では無いが…でも…。
「そんな事はないぞ。お前の記憶違いだ。」
「全く、嘘をつけ嘘を…。」
はぁっと溜息をつかれたが、俺の記憶では毎日のように飲んでいる…筈だ。何だか困ってラモンの瞳を見つめたら、まあ気にするなと返された。
「ま、そんな事はどうでもいい。それより結局どうなったんだ?」
「何が…?」
「いや、何がって。お前の想い人だよ。」
そう言えばそうだった。この暖かさに満ちた空間と淡々と続いていく今日に、何だか遠い夢を思い出そうとする様な、感覚を覚える。
「あー…正直、あんまり覚えてないが。振られたんじゃないか?」
「なんともアバウトな…。何を言われたとか覚えてないのか?」
何を言われたのか…酒も飲んでいないのに少しだけ視界がぐらつく。差し出されたグラタンを1口食べてから、俺はラモンの視線を捉えて、喋り出した。
「ん…伝えようとした想いが、告げられないまま終わったんだ。」
「なるほど…告白もできなかったのか?」
少し熱くて火傷をする。顔を顰めたのが分かったのか、彼が冷たい水を渡してきた。支えを失った体の軸に身を任せたら、ラモンが俺を受け止めた感触があった。
「そうだ…何も言えなかった。心が締め付けられたように感じて、気付いたら彼女が僕とは違う男のことを、大切な人だと呼んでいた。」
暗がりから覗き、愛嬌を分かち合う醜い花弁。痛々しい程、空虚に満ちて悲惨な精神を病弱なまでに、壊して苦しめた成れの果てに…愛が終わった。
「僕はそして薔薇を買った。美しい彼女に似合うと感じて…そしたら、僕は愚者の極みに絶望した。疑いもない、僕は彼女にキスをした男が赦せないばかりか彼女すらも憎んでいた。」
「…白熱するもんだな。」
卑しい紫から喉を掴まれた気がして、身を捩ると隣に座る男が僕から手を放した。持っていたグラスをテーブルに置き、震える身体を抑えるため短い息を吐く。背を突かれたので、驚いて彼の方へ顔を向けると、そんなに怖がるなと言う。でも、僕は怯えてなんかいない。
「今日はこれで失礼するよ。これ以上は君に迷惑をかけるだろうからね。」
「…気にしなくていいんだけどな。」
玄関へ足早に向かうと、肩にコートが掛けられた。一番上のボタンだけ留められ、失くすなよと忠告をしてくる。悪魔は僕を罵るが、人間はどれ程までに心臓を…僕の中枢を食い潰せば気が済むのか…。全てを覆い隠す様に、覚束ない足取りで僕は男から逃げた。
「…っ。」
気付いたら僕は走っていて、勢い余ったのか街灯のすぐ傍へ倒れ込んでしまった。身体の震えが収まらない、喉がビリビリと破れそうに痛いが、それより溢れる涙が熱くて堪らない。
「…っ…ぅ…。」
もう、何者かに強く束縛されてしまいたい。何も考えたくない、脳みそが揺さぶられて、小さな悲鳴を上げたが、涙でたちどころに潰されてしまう。
「死にたい…なんて嘘だ…。」
誰よりも彼女を愛したかった。誰よりも傍で、僕が愛情を…でも、僕は結局…あの娘の何を知っていた…?
「…はぁ。今夜も眠れそうにないな。」
「可哀想に…。貴方また、此処に居るのね。私もだけれど。」
いつの間にか隠れていたらしい月が、美しく輝き出す。聡明で慈悲深い女神が、僕の身体を声がした方へ傾ける。少し腫れた、仄かに色付く瞼がまるで僕と同じだ。
「…!君は…。」
黄金色のキャッツアイが沸騰しそうに、僕を狂わせる。喉奥に触れて、彼女を啼かせてみたい、そんな妄想で頭をいっぱいにしたら、もう堪らなくなって彼女の頬にそっと触れていた。
「また来てくれたんだね…。」
「私はMoonlightが映す夢を、お散歩してるだけ。偶々、貴方が眠りを忘れてしまったの。」
キスが出来そうな程、近くに彼女を感じてる。でも、僕はその唇へ愛を誓える、強い男じゃない。ただ虚しく頬を撫でていたら、彼女が僕から身を離した。
「もう行かなきゃ怒られちゃうわ。」
「誰に?」
「そうね…もう1人の貴方に…。」
「…?」
ランプの灯は、風でふわりと靡く彼女の長髪と照らし合って共振する。それに指先を絡めさせて、彼女の夜風に悴んだ耳元へ囁いた。
「君、名前は?僕はリヒテン。」
「そうね…私の名前…。シェインよ…そう呼んで…。お願いね。」
輝きを含んだ淡く蕩けた名前。口の中で呟くと、脳が焼けるように痛んだ。
<土曜日 11/01> AM 02:00
「シェイン…。シェイン…。」
声が掠れる。ふらつく足が徘徊する僕を、誰より悲劇的に映し出す。聡明な知性を、ありありと奏でるバラッドを、愛情と括って片付けた。
「裁かれもしない…自由で、キラキラと輝く。三日月の灯りをスポットライト、リップ音をBGMにして、君はまるで蝶みたいだ。」
奇麗な物語にしか登場しない。掴みどころがなくて、本当に…ため息が出てしまう程。僕の理想。欲に身を任せて、貪りたいと下衆な悪魔に身を堕とす。恍惚と、充血した瞳で満月を見上げたら、夜風に頬が触れた。気持ちいい感覚が途切れてしまう。搔き集めようとしたけれど、やっぱり駄目だった。脳の奥がぐしゃぐしゃになって正解の烙印が、ポンっと押される。
「ああ…。」
彼女は、Moondustで輝く妖精の末裔で、僕は心を殺した悪魔。どうして、その物語に僕が選ばれたと錯覚したんだ?名前を呼んでと、心の熱をくれたから?君だけが唯一にして無二、愛情のまま犯してくれると思ったから?
「そんなの…違う。」
ボロボロと涙が溢れてくる。妄想に綴られた彼女の情欲を煽る姿が、僕を苦しめ膝を折らせた。抱いた欲望には限りがない。肩が震え、止まらない涙が弱者を気取るように、僕の存在凡てを嘲笑っていた。
「違う…違う…違う。」
痛みに眼球が震える程、目を見開く。苦痛が背中を這い上がって、蟲のように悲鳴を溢す。喉に手を掛け、力一杯に締め上げても、不甲斐ない僕は未だ手加減をするらしい。
赤黒い花束にトランプのカードを切るが、ブラックジョークに21を破る。ドロドロと花が腐り果て、まるで恐ろしい毒蛾になってしまった。
「誰も…僕を見るな…。」
<金曜日 10/31> PM 19:58
辛くて、一杯と決めたのにジョッキが増えていく。何杯呑んだか分からない。でも、もう何だって良いと思った。金曜日が終わって、次の土曜日が近づいてくる。
「ラモン…。」
知らない男の名前を呟く。熔けて爛れた瞳では、正常な思考が定まらない。ふあふあとした、何にも代えがたい悦楽で、頭をバカにしたところまでは憶えているが。
その後に僕が何をしたのか、優しく唇に触れた感触が誰の物なのかも、考えたって分からないのだから、もう諦めてしまった。