表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『吉田松陰、令和を動かす』  作者: 長州萩人
5/7

第四部:危機と決断

「賛成多数。よって、未来創造教育法案は可決されました」


議長の宣言に、傍聴席から拍手が沸き起こった。松陰はゆっくりと席に着き、深い安堵のため息をついた。彼の初めての法案が、ついに国会を通過したのだ。


しかし、喜びに浸る間もなく、五条貴司が演壇に立った。彼の表情は冷たく、声には怒りが滲んでいた。


「議長、動議を提出します。ただいま可決された法案は財政規律を完全に無視するものであり、現内閣の政策運営能力に重大な疑義があります。よって、内閣不信任案を提出します」


会場がどよめいた。松陰の隣に座っていた山口操が息を呑む。

「まさか…」


不信任案の提出は、松陰たちにとって想定外の展開ではなかった。しかし、それがこれほど早く、しかも彼らの勝利の直後に来るとは思っていなかった。


---


翌日の国会。内閣不信任案の採決が行われる。与党内にも未来創造教育法案に賛成した議員が多数おり、党内は混乱していた。首相は苦しい表情で答弁に立った。


「確かに、新しい視点での教育改革は必要です。しかし、財政的な裏付けなしに進めることはできません。我が党としては…」


首相の言葉は歯切れが悪く、明確な方針を示せないでいた。


午後三時、大時計が静かに時を刻む中、内閣不信任案の採決が始まった。


「内閣不信任案、賛成多数により可決!」


議長の宣言に、与党席からはため息が、野党席からは歓声が上がる。五条貴司は、静かに微笑みながら手元の資料を畳んだ。長年の政治経験から練り上げた戦略が、完璧に機能した瞬間だった。


一方、議場の片隅で全てを見つめていた吉田松陰の顔には、意外にも落胆の色はなかった。むしろ、その眼差しには決意の炎が宿っていた。


「松陰先生、これからどうするんですか?」と山口操が小声で尋ねる。


松陰は静かに立ち上がり、「今こそ、真の勝負が始まるのだ」と告げた。


---


首相官邸で緊急記者会見が開かれた。首相は厳しい表情で記者団の前に立った。


「本日の内閣不信任案可決を受け、私は衆議院を解散し、総選挙を実施する決断をしました。投票日は三週間後の7月10日となります」


全国のテレビがこの会見を中継する中、各政党は急速に選挙モードへと切り替わっていった。


松陰はこの知らせを自宅のテレビで見ていた。西園寺翔太、久坂玲子、山口操らが集まり、今後の戦略を議論していた。


「先生、我々はどうすべきでしょうか?」西園寺が尋ねた。「志士連合は議員連盟であって、政党ではありません。このままでは選挙に出られません」


松陰はしばらく黙っていたが、やがて静かに、しかし力強く語り始めた。


「我々は新党を結成する。名前は『令和維新党』だ」


その言葉に、部屋にいた全員が息を呑んだ。


「維新…ですか?」久坂が小声で繰り返した。


「然り。明治維新が封建社会から近代国家への転換点だったように、令和の時代に新たな日本を創る—それが我々の使命だ」


松陰の目には、かつてない強い決意の光が宿っていた。


---


1. 新党結成


「令和維新党」の旗揚げ記者会見は、予想を上回る報道陣で埋め尽くされた。松陰が壇上に姿を現すと、カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。


「本日、私は令和維新党を結成し、次期総選挙に臨むことを宣言します」


松陰の声は力強く、会場全体に響き渡った。


「この党名には、令和の時代に新たな維新を起こす—そんな決意を込めました。明治維新の志士たちが命を懸けて成し遂げようとした『新しい日本』の創造。その未完の夢を、現代において実現する時が来たのです」


記者たちが一斉にペンを走らせる中、松陰は続けた。


「我々の政策は明快です。第一に教育改革—全ての子どもたちが自らの『志』を見つけ、追求できる教育を実現します。第二に行政改革—中央集権から地方分権へ、官僚主導から国民主導へと転換します。第三に経済改革—若者の挑戦を支援し、イノベーションと伝統技術の融合で新産業を創出します」


「そして何より、我々は『対話』を重視します。国民の皆様と直接対話し、共に新しい日本の姿を描いていく。それが我々の政治姿勢です」


壇上の松陰の背後には、山口操、西園寺翔太、久坂玲子、そして多くの若手議員や支援者が並んでいた。その顔ぶれの若さと多様性が、既存政党とは一線を画していた。


記者会見の模様は全国にライブ配信され、SNSでは瞬く間に「#令和維新」がトレンド入りした。


---


2. 政敵の策略


五条貴司の事務所は、高層ビルの最上階にあった。窓からは永田町の街並みが一望できる。


「松陰の新党は、どうやら予想以上の反響だな」


五条は窓から遠くを見つめながら、側近に告げた。


「彼の支持率はすでに20%を超えています。特に若年層と地方での人気は驚異的です」と側近が報告する。


「なるほど」五条は静かに頷き、「ではあの計画を実行しよう。まずは過去の言動を全て洗い出せ。SNSの発言も含めて、何か突っ込める弱点はないか」


「それから、明智には緊急対策会議の招集を伝えてくれ。メディア戦略の見直しが必要だ」


五条の机上には、すでに松陰と令和維新党を標的にした綿密な作戦書が広げられていた。そこには「若者の夢物語」「非現実的な政策」「外国人の血を引く疑惑」などのキーワードが並んでいた。


「松陰が言う『志』なんてもので、現実の政治は動かせない。その事実を国民に知らしめる時だ」


翌日から、主要メディアでは松陰への批判的な論調が目立ち始めた。特に明智勝也が司会を務める人気政治討論番組「日本の針路」では、松陰の政策を「現実離れした理想論」と切り捨てる特集が組まれた。


「松陰氏の教育改革案は、年間10兆円以上の財源が必要になります。これはどこから捻出するのでしょうか?」と明智は鋭く問いかけた。


各地方局でも、令和維新党への批判的なニュースが連日流された。SNS上では「#松陰の嘘」というハッシュタグが組織的に拡散され始めた。


---


3. 全国行脚の始まり


選挙戦が本格化する中、松陰は異例の選挙戦略を採用した。大都市での大規模集会ではなく、全国の中小都市や町村を一つ一つ訪問する「全国行脚」だった。


「我々の戦いは、テレビの前ではなく、国民との対話の中にある」


松陰はそう宣言し、最初の訪問地として、自らが蘇った萩の地を選んだ。地元高校の体育館で開かれた集会には、予想を上回る市民が詰めかけた。


「私は皆さんに対して、希望を持って未来を見据えようと訴えています。しかし同時に、その道が容易でないことも承知しています」


松陰は丁寧に語りかけた。


「我々の改革案は『現実離れしている』と批判されています。しかし、考えてみてください。もし明治の志士たちが『現実的』に考えていたら、果たして日本の近代化は成し遂げられたでしょうか」


会場からは深い共感の拍手が湧き起こった。


「財源については、行政改革による無駄の削減、デジタル化による効率化、そして何より教育と産業イノベーションによる経済成長で確保します。具体的な数字はこちらです」


松陰は壇上のスクリーンに財政計画を映し出した。西園寺翔太が中心となって作成した緻密な計画は、反対派の批判を覆すに十分な説得力を持っていた。


集会後には必ず、松陰は市民との直接対話の場を設けた。そこでは批判的な意見も含め、全ての声に耳を傾けた。


次の日の夜明け前、松陰は次の訪問地へと向かう車中で、当時の門下生たちへの手紙を思い出していた。


「おのれを捨ててこそ、人も生かされる」


その言葉は、今も自分の胸の内で脈打っていた。


---


4. 逆風の中で


全国行脚が中盤に差し掛かった頃、状況は急変した。大手全国紙に「松陰氏の過去に疑惑」という見出しの記事が掲載されたのだ。


記事は、松陰が現代に「蘇った」という公式説明に疑問を投げかけ、「過去の言動に矛盾」があると指摘。さらに過激な表現を含む「松陰の著作」とされる文章が匿名の情報提供者から寄せられたとして、紹介していた。


SNS上では「松陰の正体」を疑う投稿が一斉に広まり、支持率は一時的に急落した。西園寺翔太が緊急記者会見を開き、捏造された文書であることを証明したが、すでに疑惑の種は撒かれていた。


沖縄での集会では、抗議者が会場前に集結。「戦争推進者」「ナショナリスト」などのプラカードを掲げ、松陰の演説を妨害しようとした。


緊張が高まる中、松陰は警備の懸念を押し切り、抗議者たちの前に単身姿を現した。


「皆さんの不安や怒りは理解できます。どうか、まずは私の話を聞いてください」


松陰は低く、しかし力強い声で語りかけた。抗議者たちはしばし動きを止めた。


「私が生きていた時代、日本は欧米列強の圧力に晒されていました。その中で、私は『国の独立』を守るために行動しました。しかし、その後の歴史が示すように、日本は軍国主義への道を歩み、多くの国々と国民に苦しみをもたらしました」


松陰の瞳には深い悲しみが浮かんでいた。


「現代に生きる私は、その歴史から学びました。真の独立とは、軍事力ではなく、教育と文化、そして諸外国との平和的な協力関係の中にこそあると確信しています」


一人、また一人と、抗議者たちがプラカードを下ろしていく。


「どうか、私の政策を批判してください。しかし、対話を拒絶しないでください。我々が目指すのは、多様な意見が尊重され、共に未来を創る社会なのですから」


その日の夕方、沖縄の集会は予定を大幅に超える参加者で埋め尽くされた。


---


5. 最後の対決


総選挙の投票日を一週間後に控えた日曜日、全ての党首が参加する最後の討論会が開催された。国営放送の特別番組として全国放送される重要な機会だった。


五条貴司が率いる自民党、前原誠二が率いる立憲民主党、そして吉田松陰の令和維新党の三つどもえの戦いが焦点となっていた。


討論の序盤、五条は持ち前の政治的手腕で松陰を追い詰めようとした。


「松陰さんの理想は素晴らしい。しかし政治は理想だけでは動きません。現実的な解決策が必要です」


松陰は静かに答えた。


「五条さん、おっしゃる通り、理想だけでは国は動きません。しかし、理想なき現実主義も、国民に希望を与えることはできないのではないでしょうか」


会場にざわめきが広がる。


「我々の政策には、全て具体的な工程表と財源が示されています。例えば教育改革案には...」


松陰は数字を交えながら説明を続けた。その説明は、西園寺翔太と高杉翼が徹夜で準備した緻密なデータに基づいていた。


討論が核心に迫ったとき、明智勝也が司会者として意図的な誘導質問を投げかけた。


「松陰さん、あなたは『現代に蘇った』と主張していますが、その科学的証明はありません。この点について、視聴者に説明できますか?」


スタジオ内が静まり返る。松陰の支持者たちは息を呑んだ。この質問は明らかに彼の信頼性を揺るがすための罠だった。


しかし、松陰の表情は穏やかなままだった。彼はゆっくりと立ち上がり、カメラを見つめた。


「私が誰であるか—それは国民の皆さんがご判断ください。しかし、私の政策や理念は、名前や経歴とは関係なく、その内容で評価されるべきものです」


松陰はさらに続けた。


「私は『志』を大切にする男です。志とは何か。それは自分一人の利益ではなく、国家や社会全体の幸福を願い、行動する心です」


「今、日本は岐路に立っています。過去の栄光にすがるのか、新たな未来に向かって踏み出すのか。私は後者を選びます。なぜなら、未来を創るのは、過去ではなく、現在を生きる我々の決断だからです」


スタジオは完全な静寂に包まれた。その瞬間、視聴率は総選挙関連番組として過去最高を記録していた。


---


6. 決断の時


総選挙の投票日、全国の投票所には早朝から長蛇の列ができた。特に20代、30代の若者たちの投票率が過去最高を記録していることが、出口調査で明らかになっていた。


夕方、松陰は萩市内の選挙事務所で、静かに開票結果を待っていた。山口操、西園寺翔太、久坂玲子、村田茜、高杉翼らの側近たちも、緊張した面持ちで彼を囲んでいた。


「先生、Xのトレンドが『#新時代の幕開け』で埋め尽くされています」と村田が報告する。


「開票速報が始まりました」と高杉が告げた。


テレビの画面には、各選挙区の開票状況が次々と映し出される。令和維新党の候補者たちが、予想を上回るペースで当選を確実にしていく。


「東京、大阪、福岡...主要都市はほぼ維新党が押さえています」

「地方選挙区でも、若手候補の躍進が目立ちます」


深夜に入り、大勢が判明した。令和維新党は294議席を獲得、単独過半数を大きく超えていた。


松陰は静かに起立し、支援者たちに向かって深々と頭を下げた。


「国民の皆様が、私たちに新しい日本を託してくださいました。この重責を全身全霊をかけて果たすことを、ここに誓います」


松陰の眼差しは、遠い未来を見つめていた。明治維新から160年余り。彼の「志」は、いま令和の時代に新たな花を咲かせようとしていた。


決意に満ちた言葉が、松陰の口から静かに発せられた。


「変革の時は来た。今こそ、世界に誇れる新しい日本の創造を始めよう」

蒼い炎 〜新しい時代へ〜

https://suno.com/song/fe63684d-8e90-43da-87bf-e6997a1f7571

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ